第6話 家族になろう


 カピバラ家の屋敷一階にある広い応接間、円卓に座る三人の領主たち。


 若き主催者、カピバラ家の命運を背負う新たな主人カピ。

 寡黙ながら、その場の誰よりも圧倒的な存在感を放ち続けるアザガーノ侯爵。

 そして、多くの台詞を用意された舞台の主役の様に、おしゃべりなサザブル伯爵。


 また、サザブルのターンが回ってきた。

 目玉をぐるりと回し、呆れたようにカピに問う。


 「何の気苦労もない、せっかくの都会暮らしを捨て……、好き好んで、こ~んな何も無いボロ屋敷に住むなんてねぇえ? ……よもや、田舎暮らしに夢を抱くようなお歳でもまだあるまいに……」


 「……」


 言葉に詰まるカピ。


 その様子を見て、サザブルは得心する。

 やはり、この青年は、自ら望んでやって来たのではないと。


 「まあ、そのうち実際に、君ご自身で身に沁みて分るでしょうが……傍で見るより、領主という立場は何かと面倒が多い。大変ですぞ? まだまだお若いのに、色々やりたいこともありましょうぞ」


 太ってはいるが奇麗に手入れされた両手を、テーブルに載せ、やや前のめりにカピの方に顔を寄せる。


 「そんな歳で、数々のうっとおしい事柄に構って行けますかな? ……う~ん、どうでしょう……ここはひとつ、考え方をチェンジしてみては? こんな重荷になるだけの領土など…………売り払ってしまうのです!」


 先輩領主の語るその言葉には、カピにも、うんうんと納得することもあり、素直に肯いて聞いている。


 垂らした釣り針に、大きな手ごたえを感じ、サザブルは詰める。


 「そうそう! 私たちの誰かに、お任せいただき……併合するならば、マックス御爺様からのよしみ、……今の価値の倍、いや! 三倍でお受けしても構いませぬぞ」


 ニタリと、欲深そうに笑って最後にこう言った。


 「君は、得たその莫大な財産で……王都に豪邸を構え、悠々自適に、本物の貴族らしい優雅な暮らしを今から一生送るのです! その若さ! おお! 羨ましい」


 「そ、それは、いいなぁ~」


 その言葉を聞いてカピは、天井を見つめ、夢でしかなかったお金持ちの暮らしを想像してしまうと、幸せ笑いが自然と出てしまう。



 (…………でも、カピバラ家が無くなると、ゲームオーバー……なんだよね)





 ―――― 数日前のカピバラ家、夕食の場。


 実はカピはもう、この「家じまい」について、使用人のみんなと話し合っていた。


 少し言いにくい話題だったが、カピが切り出した。


 「あの~みんな、ちょっと聞いて。……ルシフィスは、もちろん反対だろうけど」


 改まったご主人の声に視線が集まり、執事が訝しげに見つめる。


 「僕が、家を継がずに、カピバラ家を……ここで終わらせる。…………そっちの道について、聞いておきたいんだ」


 新たなカピバラ家頭領の、思いもよらないその言葉に、全員の食事の手が止まった。



 予想以上に、重苦しくなってしまった空気を、敏感に感じ取ったカピは、わざと務めて明るいトーンで話の続きをする。


 「ちょっとぉ! 心配しない! もちろん財産は、みんなで公平に分けるよ、好きなもの、お気に入りの物を何でも持って行っていいから! 今後は、それぞれ好きな人生を、十分楽しんで行けるように」


 カピは今告げた言葉に、特別さを感じることは無かったが、実際のところ、この封建社会において、使用人と財産を平等に分け合う事など有り得ない、発想自体が考えられない事だった。

 つまり、この提案は、破格すぎる条件だ。


 長い間が過ぎ……、メイドのプリンシアが、泣き出しそうに口を開いた。


 「……カピお坊ちゃまが……どうしても……そうしたいと、おっしゃるなら……あたしは……し、従いますけど…………。あたしは……、あたしは何もいりません」


 マイスターのロックも、どこか遠くを見つめ、急に歳を感じさせる表情になる。

 浅黒い顔を曇らせ、独りごちる。


 「そうだなぁ…………、結局、一番大事なのは、坊ちゃんの気持ちだからなぁ……。王都へ帰りたいってんなら、仕方ないのぉ。……ま、そん時にゃあ、あの工房を……俺はどこも行く当てないし、のんびり余生を穴蔵で過ごすかな……」


 コックのリュウゾウマル、スモレニィも無言のままで一点を正視している。


 執事のルシフィスは、何かを言いたそうだが……言えない。

 どうしようもないもどかしさを口元にたたえながら、じっと大きな瞳でカピを見つめるのみ。



 「フフフ……フフッ……フフハハハッ」


 重苦しい空気を、上空に巻きあげるように、愉快な笑いが!

 カピの気持ちは決まっていた。


 もしかしたら、この考え方が自分勝手なただの思い込みで、本音のところでは、実はみんなにとって迷惑な道……それが気がかりだった。

 無理に家を存続させることが、彼らの幸せだとは限らない。


 だけど、やっぱり、心配無用。気持ちは一つだった。


 「アハハハ! みんな、おかしいよ? そんなに落ち込んじゃって、これじゃあ本当の家族より家族らしいや……。まあ~、そうなると…………解散はありえないかぁ。だって、ファミリーの最後は……いくら主人様と言えども、決められやしないからねっ」


 カピの真意が伝わったのか、花咲く波紋が広がるように皆の顔が明るくなっていく。


 執事のいつもの十八番が、さっそく口から飛び出した。


 「カピ様、言わせて頂きますと、まだあなたは、正式な跡継ぎではありませんので……このような決定は、今度開かれる会談を上手く過ごし、さらに、王の承認をしっかり頂いてから、お考えになられるべきでは?」


 打てば響くように、相方のプリンシアが。


 「なに言ってんだい? この偏屈狐! カピお坊ちゃまが正式な跡継ぎなのは、とっくのとうに決まってるんだよ! みんなのココで決まってるじゃあないかさ!」


 立てた親指で、トントンと自分の胸を突く。


 そしてそのまま、満面の笑顔で彼女が全員の気持ちを代表する。


 「あたしは、誰が違うと言っても……そうさ、たとえ王様でもねっ! 堂々と目を見て言ってやるよ、お坊ちゃまこそがカピバラ家の領主様だって」


 「執事殿、これは完全に、お主の負けでござるなぁ」


 リザードマンのリュウゾウマルも大きな口を満開にして笑う。


 「さすがのルシフィスの屁理屈も、この新カピバラ家では、通りそうもないな」


 ロックの親父さんの言葉が締めくくった。


 ぐうの音も出ない執事ルシフィス、この時ばかりは、負けて良しといった笑みを口元にたたえていた。




 ―――― 円卓の戦いの場に戻る。


 サザブルが親身なフリをしてカピに話している。


 「このままこのド田舎で、お爺さんにいらぬ義理立てなどして、ご自分の大事な人生を無駄にするおつもりかな?」


 カピも、親切心がありがたい、というフリをして答える。


 「価値の無い……このカピバラ家を、高く買ってくれるなんて嬉しいです。僕も、政治も統治の仕方も何も知らない無知な領主。独りでは、とても大変で、手に余る事ばかりですし……」


 「そうでしょう、そうでしょう! では、前向きに、考えていただけますかな?」


 にんまりして、握手を交わそうと、ゆっくり重たい尻を上げカピの方へ近寄ろうかとするサザブル。

 カピの語り口調が、少し変わる。


 「う~ん。…………で、どうしてそんなに……売れ残り物件のような、無価値の家を、高く買ってでも……手に入れたいのでしょうか……」


 彼は交渉相手を見つめる。


 「アザガーノさん?」


 瞬間、カピに宿る眼の光が、理知の岩戸から漏れた。


 不意に向けられた言葉、しかし、動ぜず、アザガーノ侯爵が鼻で笑う。


 「フッ、ただの酔狂。……深く考えるな、少年」


 サザブルが、完全に無視された形にもなり、とたん顔を赤くする。


 「おいおい! カピ君。少々失礼では? 我々に、何か裏があるとでも? こう言っちゃなんだが、マックス卿も確かに冒険者としては一流、誰も及ばぬ…………あっ、いやいや、当然、アザガーノ侯殿を除きですが……、そっそれは認めよう」


 人差し指を顔の辺りまで上げて、振りながらカピに向かい、言葉を続ける。


 「だがねぇ、領主としては、統治者としては如何なものだったのかな? はっきり言って、カピバラ家、もう火の車でしょう!」


 「……ま、まあ」


 そこを突かれると、頭の痛いカピ。


 サザブルのボルテージが上がる。


 「カピ君! もうこうなれば、忌憚なく言わせて頂く。君自身もなっちゃあいない! 何も知らない、無知すぎる! 貴族としての常識、しきたりを。本日の会談もなんだ? 我々のような、超VIPを招く態勢がこれかね? え? 全くできているとは、とてもとても思えんね!」


 「……あ~、あのお土産……けっこう喜んでたのに……」


 なんだか少し、イラっとしてきたカピ。心の呟きが漏れ出す。


 首を大きく振りながらサザブルは、まくし立てる。


 「口の悪い誰かに言わせれば、何処ぞの馬の骨とも分からぬ只の若造、それが君だ! まぎれもない現実。その様な状態で、今後も領主としてやって行けるのかね? いいかね? こういった実情を踏まえた上で、君のことを心配しての親心ではないか。そ、それを! そんな風に勘違いされるとは! ……ったくもって、憤慨ですな」


 頬肉を揺らす言葉の雨が、一旦止んだところで、カピはヒョイと肩を上げ一言。


 「馬の骨かぁあ。ええ、ええ……でしょうねぇ、僕自身でも、実は何の骨なのか? 皆目見当つかない状態でして……」


 軽口が出始めたご主人を、執事が後ろでこっそり足をつつく。


 太った貴族は、演じながらも自分で高めたムカムカが、我慢できなくなって本音を吐き始める。


 「ここはもう終わった家! 主が死に、残ったのは、ろくでもない使用人たちのカスの掃き溜め。奇妙奇天烈なカピバラ家なんてもんは過去の遺物! ……そうそう、これまたとんでもない滑稽なヒーローだった、道化マックスの幻想と共に、御破算にしてしまうがいい!」


 カピは、少し後ろを振り向き、ルシフィスの顔色を見る。

 サザブルの限度を超えた屈辱的発言の数々に対し、カピ自身はさほど怒っていなかった。なんとなく回りくどい話に、いら立ちと退屈を覚えていただけだった。


 しかし執事は! カピバラ家や、マックスに対する冒涜が、ボディブローの様に効いて来て……沸々と、心の奥底が激しく煮立って来ている。

 この場にいる他の誰にも察知できない表れ、微かな頬の赤み、無表情すぎる表情、彼が怒り心頭に発す、一歩手前まで来ていることがカピには分かった。


 何のことは無い。

 散々皆に、何を言われようとも冷静にと、あれ程くどく言っていたのは、実は己に言い聞かせていたのだと、カピは理解した。



 カピは突然立ち上がり、両手で制するように掌を招待客の二人に向け、タメ口で切り出した。この先にちらりと見えた、修羅場への突入を水際で止め、方向修正を計るため。


 「あ~、御忠告は、分かりました。まあまあ、とりあえず……今日のところは、耳の痛い話はそれぐらいにしてもらって、さっそく、サインの方をくださいな」


 サザブルの顔の表情が失せ、アザガーノが歯をむき出しにして不敵に笑う……、これ見よがしに鋭い犬歯が背筋を寒くする。

 力無き、知恵無き、身の程知らずのガキが、こちらが下手に出ていることを良いことに、容易に手を出せない、出さないのを良いことに、とんだ勘違いをしだしたぞ……と、声なき声が言っている。


 上手く幕を下ろせそうだったかにも思えた会談。

 早急さからか、最後で詰めが甘かったカピの軽率な物言いに、またまた先の読めない急流が発生し始めた。


 ルシフィスは、この劇の展開が、……触れた程度ではあるが、アザガーノまでも刺激してしまったことで、非常にまずい方向に進みだしたという匂いを嗅いだ。

 と同時に、いつの間にか自分の怒りが薄らぎ、冷静になれていることにも気が付いた。



 ドアがノックされ、メイドのプリンシアが入って来る。


 「失礼します。お飲み物をお持ちしました」


 それは、異様な静けさの舞い降りた直後だった。

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