第5話 円卓の舞台


 これから繰り広げられるドラマの主役、崖っぷちカピバラ家の新たな当主カピは、広い応接室の中で独り、こちらへ近づく廊下の足音を聞いていた。


 何やら、笑い声も聞こえてくる。


 (な~んだ。けっこう和やかな感じじゃない……これだと、心配なく、うまいこと終われそうだな)


 カピは目の前の大きな円卓のワックス仕上げされた縁に両手を這わせながら、ゆとりの笑顔で思っていた。



 ノックがして、執事ルシフィスが挨拶の後、ドアを開けた。


 「カピ様。アザガーノ侯爵様です」


 全身黒を纏った、大きな男が空気を揺らして入ってきた。

 カピバラ家で一番の巨漢、使用人のスモレニィと変わらぬほどの背丈、190センチは軽く超えている。


 彼ら、今日の客人たちが『冒険者』であるということは知っていた。

 『冒険者ユニオン』に所属する戦士、魔法使い、一般人とは違う、特殊な力、クラスを持ったエクスプローラーたちだ。

 とは言え、所詮は貴族の人、身分の高いセレブリティと聞かされると、カピは、もっとぽっちゃりした、よくいる中年おじさんみたいな人を想像してしまっていた。


 ところがどうだ、大剣こそ背負っていないが、これではまるで最前線で戦う屈強な戦士そのものだ。


 無口な時の、ルシフィスにも似た匂い。

 漆黒の髪を固くオールバックにして、肌の色は、ハーフエルフの彼の白よりいっそう白い、青白いと言ってもいい白。

 彫の深い目鼻立ちは、確かに人間、西洋人の特徴的美形。

 カピより明らかに遥か年上、年輪を感じさせるのだが、どこか若くも感じる不気味さ。


 「これは、カピ殿。…………初めまして、アザガーノです」


 太い筋肉質の右腕を前に腰辺りで曲げ、軽く頭を下げた。

 聞く者の腹に響く深く低い声だ。


 面を上げながら、白銀の双眸がカピを捉え……値踏みするようにじっくり動く。


 カピは思わず思う。


 (なんだ? この目、この人……人間なの?)


 「はい……初めましてアザガーノさん。僕がカピです」


 カピはそう言葉を返しながらも、そっと胸をなでおろしていた。


 (握手を求められなくてよかった~。初対面のシーンでありがちな、力比べにでもなったら、軽く握りつぶされそうだった)



 「カピ様、サザブル伯爵様が、お入りになります」


 ルシフィスが部屋の様子を注意しながら、サザブルを紹介する。


 第二の客人は、カピの想像する貴族に近い見た目だった。

 太めの体型で薄い頭の中年男が、親し気な笑みを浮かべながら入って来る。


 「おお! こりゃあ思っていたより若い。カピ殿、……カピ君? ハハハッハハ……いいねぇ若さは! っと失礼。私はサザブル、以後お見知りおきを」


 カピを一目見るや否や、陽気に挨拶を交わすサザブル。


 彼の後をすぐ、続けて二人の護衛の剣士たちが入ってきて、カピに対して頭を下げた。



 応接室には、どっしりとした造りの円卓が中央に備えられていた。

 客人を呼び入れた入り口の反対側、遠い位置の奥にカピが座り、手前の窓側にアザガーノ侯爵、同じ並びの対面で入り口近く側にサザブルが着席する形で落ち着いた。


 カピから見れば、右にアザガーノ、左にサザブルが見える。


 最初の簡単な挨拶が済むと、ルシフィスはドアを閉め、カピの後ろに回って立つ。

 サザブルの護衛剣士も、ご主人の背後左右に立っていた。

 メイドのプリンシアに任せることをしなかった外套は、脱いで無造作に壁際の棚に載せ、腰に携帯している剣の柄を握り、据わり具合を確かめている。


 全員が位置に着いたのを確認すると、本日の会のホストとして、カピが多少戸惑いながらも、改めて挨拶の弁を述べる。


 「アザガーノさん、サザブルさん。今日は、わざわざ僕のために、お越しいただいてありがとうございます。僕……右も左も分からない全くの未熟者なので……どうか、お二人の力を貸してください」


 サザブルが猫なで声で答える。


 「何をおっしゃる。カピ君、そう、かしこまりなさるな。カピバラ家と私たちの親しき間柄ではないか! 本日も、マックス伯からのご招待を受けた事、本当にもって名誉。喜び勇んで参りましたぞ……なんの遠慮がいりましょうぞ」


 カピは、非常に友好的な雰囲気でスタート出来て、ホッとひと安心し、微笑んで相づちを打ち、太った気の良さそうな貴族を見る。


 すっと、笑みがサザブルの顔から引き。


 「おっと、失礼失礼。マックス……殿は……もうとっくに死んだ御人でした……手紙を頂いたのは…………そこの執事。妙に気が利く亜人の執事殿からでしたわぁ」


 そう言いながら、意味ありげにカピとルシフィスを交互に見るサザブル。

 少し声を抑えて続ける。


 「カピ君……。頭の切れる執事というのは、使い勝手が良く、我々、上に立つ者としては、つい、ありがたがるものですが…………そうですなぁ……あまり、出過ぎるというのも困りものですぞ」


 執事の表情を伺うが、変化はない。


 彼は、プニプニふっくらした奇麗な手を口元に当て、カピにしっかり聞こえるようにつぶやく。


 「中には、主人を意のままに操りたいという、腹の底では何を思うか分からぬ、とんでもない輩の側近も多い。世間知らずの君に、一応、老婆心ながらご忠告を…………」


 手を口から離し、ちょっと胸を張ると大声に変え話を続ける。


 「だがまあ、こちらの……ちょいと不気味な執事は、先代からの古株さん。今回の過ぎた行動も、カピ君のためを思っての……。よもや、己の欲のためなんてことはねぇえ? 心配のしすぎというものでしょうかな、ハッハッハッ!」


 ただの冗談ですよ、と笑うサザブル。


 笑い目の隅でさりげなく、今一度、執事の顔色を見るが、相変わらず無表情。

 彼は嫌味な笑みを加え、もう一歩踏み込んでみた。


 「フフフ……人間に忠実な部下のふりをして、鬱陶しい年寄りの主人を密かに始末! ……お次はその孫を上手くたぶらかし、いずれは全ての力を手に入れるのが亜人の本当の目的……だった。な~んてサスペンスドラマみたいな事、いくら面白くても……現実にはありませんわな?」



 サッ! 突然まさかの行動をとる。

 太った男の妄想を、カピの後ろで黙って聞いていた……ルシフィスが!


 僅かに目元に力が入り、燕尾服の内に手を忍ばせる。


 サザブルが笑いと緊張の混じる眼差しで、その動きを逃さず目に捉えた。

 同時、護衛の剣士も構えの動作を取り始め……。


 ルシフィスが、カピの前に割り込んで来る。


 懐から取り出したのは、短剣だ!


 狡猾な大貴族が大金を出して雇っている親衛隊の剣士は、さすが相当な手練れ。

 執事が胸元から短剣を取り出すか出さない間に、すでに二人とも、艶めかしい光を軌跡に残し、腰に差していたブロードソードを抜き放っている。


 今さら取り出した短剣で、さしもの俊敏なルシフィスといえど、どうしようとも無駄なあがき、彼らの双剣に切って捨てられる運命は逃れられない。


 クラス:マジックマスター。

 偉大な魔法使いとしても、名の通っているサザブルも侮れない!

 いつの間にやら、上着の内隠しに差しておいた、携帯の杖、マジックワンドを愛でている。

 

 剣士の一人は、エルフの首をいつでもぶった切れると、余裕の笑いを満面に浮かべ、この場を圧倒している自分たちの優位性に酔っていた。


 サザブルもまた、酔う程ではないが、自信に満ちて思う。


 (愚かな奴。つまらぬエルフのプライドとやらを傷つけられ……耐え切れず、ついに暴挙に出たか。……それとも? もしや、わしの言ったことが図星だったのではないだろうな…………ほほほっ予想外に、早く潰せそうだ)


 「さあ! やってみろ。宣言しようじゃあないか! 指一本でも、私に触れたなら……触れようとしたなら、その瞬間、その腕切り落と~す。お前が、どれほど素早かろうが無駄!! 絶対になぁ!!」


 護衛の剣士のスピードに、揺るぎない確信があったサザブルは、ゆとりのニヤケ顔でそう言い切った。

 これでカピバラ家の側近の失態を理由に、この鬱陶しい会談を早々に終わらせられる。


 (もし次があったなら、その間抜けな坊主を連れて、平身低頭で、わしの屋敷にやって来るがいい! さあどうする? その短剣を使うか? ああそうだ、使え使え! かかってこい古狐……このまま殺してしまっても面白い。お~お……その冷めた目付き! 何かを思い出すようで虫唾が走るわ!)


 サザブルは、慇懃無礼な鼻持ちならぬ執事の牙城を崩せたことが非常に心地いい。



 一気に緊張が高まった彼らを前に、執事ルシフィスはその短剣を……。


 丸いテーブル中央に、そっと滑らせて置いた。

 美しく装飾された鞘に収まったまま。


 「おや? どうなされました……サザブル様」


 全く意味が分からないサザブル。


 ルシフィスは続けて話す。


 「本題に入ります前に、ご主人様からのささやかな心付け、プレゼントをと……まずはこちら、最上級純度のミスリルを高硬度に鍛え上げた小刀をサザブル様に。当然、あしらいました宝石に複数の上級魔法を付与できますので、大魔術師様には、ピッタリな一品かと思います」


 まだ現状を完全に理解しきれていないサザブルであったが、本来持つ強欲さが、その宝剣に吸い寄せられ、完全に目を奪われた。


 執事は今一度、上着の内に手を入れ……また何かを取り出す。

 今度は、装飾品の収まった小箱のようだ。


 「アザガーノ様にはこちらを。誠に請謁ながら、唯一無二の英雄の御身に……万が一のことあっては大変と、身代わりの魔法が付与されております。…………このようなネックレスでございます」


 そう言って、小箱を開ける。

 中には、鮮血の色、真っ赤なルビーの首飾りが入っていた。


 「どちらの品も、マックス様が『我が信頼なる同志への感謝のしるし』を、との仰せで、カピ様に託されたレアアイテムでございます」


 もちろん、これは真っ赤な嘘。

 カピとの相談の上、特別に用意したモノだった。


 サザブルは涎をダラダラたらし思った。


 (レア? と、とんでもないぞ、よう見れば……このような一品……いくら金を積んでも、市場に出てこなければ決して手に入らない、超超一流品! さ、さすがはマックス卿、……いや、古くからの名家カピバラということか……)


 「ほほう、こ……これは、なかなか」


 先ほどまでの、場の流れもすっかり忘れ、美しい短剣を手に取りながら、思わずため息が漏れるサザブル。

 その上、彼の欲望は、他人のプレゼントへも惹きつけられる。


 (おおお! あの、首飾りも素晴らしい……。宝石の価値もさることながら、身代わり魔法だと……どのレベルかは、精査せねば分からぬが……、かなり高位の攻撃魔法を受け止められると見た)


 サザブルは、その贈り物の受け取り手に、ご機嫌を取る。


 「アザガーノ侯爵殿には、その赤、良く似合いますな」


 (戦士である貴殿に魔法防御アクセサリー、確かに最適な選択だ……)


 欲深き男の性か、他人の物となった激レアアイテムを見つめる彼の顔に、どうしても羨ましそうな気持が表れてしまう。



 アザガーノは、大して興味も無さそうに一言礼を述べただけで、首飾りだけを手に取り懐に無造作にしまった。


 それぞれの品が手元に渡ったことを見届けたカピが、朗らかに尋ねる。


 「お二人さん。プレゼントは気に入ってくれた?」


 侯爵は返事はおろか、眉一つ動かさない。


 カピは気にせずに言葉を続ける。


 「この度は、お忙しい所をわざわざ僕の家まで来てもらうということなので、ちょっとしたお土産を用意しました」


 伯爵は、チラッとアザガーノの顔を見て、口をまごつかせる。


 「ところでサザブルさん? 何か、気を悪くするようなことが? どんな物が喜んでもらえるのか……僕も、良く分からないので…………あっ! かえってお邪魔なら、別に無理には持って帰らなくてもいいけど……」


 カピはそう言いながら、心の中で強く思う。


 (いや~ほんと、ほんとに。いらないのなら、売ってお金に換えたいよ~!)


 なんせ彼は責任あるご主人として、常にカピバラ家の、めちゃめちゃ苦しい台所事情に頭を悩ませているのだから。



 「いやいや! しっ失礼。カピ君、ありがたく頂きますよ!!」


 額に汗しながらサザブルは大慌てで短剣をしまう。

 ちょっぴり、冷たい空気を感じながら……彼はベラベラと喋り出した。


 「ん? んんん? どうしました。わ、分かっておりますとも~そんな馬鹿な! ねぇ、…………大切なお客に、主人を前にして手を掛けるなどと……そんな愚かな使用人が、どこぞの世に居ましょうか!」


 太った魔法使いは、杖をしまうと代わりにハンカチを取り出し、話す。


 「執事が剣を私に向けた?? そ~んなこと、私は一切! 思っていませんぞ。…………万が一、万が一そういう場合が起こったらどうなるか……」


 額の汗をそれで拭きつつ弁明を続ける。


 「そうそう! そういう時はどうするか、カピ君にデモンストレーションをば、ねっ!」


 サザブルは肉付きの良い両手を大きく広げて。


 「いいですかな? カピ君。我々、偉大な力を持つ支配する立場の者には、このように、優れた護衛が常に傍にいるべきなのです。特に、君のような、そんなか弱き青年には! ただ、そうお教えしたくても、口で言ったとて平和ボケした方にはピンと来ません。ですので、実際にその凄さを少し披露したまでで……」


 そうであろう、とばかり、彼は後ろに控える剣士に頭を向ける。


 親衛隊は、苦笑いを浮かべながら剣を鞘に戻し答えた。


 「は、はい。私のカウンタースキルで、たとえ高速の矢でさえも、主人に届くことは決してありません。仰られるように、何人たりとも必ず触れる前に瞬殺いたします!」



 サザブルはやっと冷静になってきた。

 再びそっと、アザガーノの顔色をうかがう。

 いつものように、侯爵の心の内は少しも読めない。


 (うぅ~くそぉ! 執事の奴め。やはり……腐ってもマックスの側近、侮れぬわ! これ以上あいつを攻めても、ボロは出さんな…………)


 そう考えながら、サザブルは今一度、円卓に集う面々を一巡りしてみた。

 ……カピの顔に焦点を当てる。


 先ほどの、……裏では非常に危険だった一幕の間も、わずかな危機さえ感じ取れる能力無く、ぼ~っと、のんき極まりない平和そうな顔で座っている青二才。


 「あ~、ところで、カピ君」


 ハンカチを懐にねじ込みつつ太った貴族の男は言った。


 「ん? なんですか」


 「失礼を承知で、尋ねるのだが。……どうして、こんな辺鄙な田舎の家など継ぐ気になったのかね?」


 サザブルは、攻める砦を変えた。

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