第4話 死ぬとき

 私は生まれてから一度でも国民たちの怒りを身にしみて感じたことはない。それは温暖なこの地に住む人々が心優しかったのもあるし、単純に運がよかったのかもしれない。けれど私は紙の上に書かれた数字だけで彼らの気持ちを知ったつもりだった。人の気持ちはそう簡単に思い通りにならないというのはどうやら本当らしい。だって目の前に移る業火がそれを物語っているのだから。


「エカテリーナを出せ!」

「あの偽善者を赦すな!」

人々の声が城の中に充満する。私は彼らの望みを叶えたつもりだった。でも人は一つを手に入れるともう一つもほしくなる。私だってそうだったじゃないか。リリアンは私にそのことを言っていた。気に留めていなかった私が馬鹿だったんだ。彼女はいない。城を守るために奮闘していたからだ。彼女は私のために体を張っている。私ができることは何だろう。城の中を駆けずり回り、私は盾を取り出した。私を守る男たちはすべていけにえとなってしまった。自らの欲望のために罪のない男たちが死んだ。なんて悲しいのだろう。私はどうして間違ってしまったのだろう。


 まったく...どこもかしこも血、血、血。同じ景色が広がっていい加減飽きてきたな。私からすれば何千回も見た光景だが慣れてしまうのが怖い。あの娘と契約してから早五年こうなることは契約した当初から予想していたが、惨状を見るとまた違った考えも浮かぶものだ。あの娘に「友達」と言われたのが影響しているのだろうか。魔女になって二百年も経ったけれど、あの言葉を聞いたのは実は初めてだ。ごく単純に嬉しかった。だからこんなにムキになっているのだろう。必死に守ろうとしたり、柄にもなく神に対抗しようとしたりして。結局空回り。やっぱり私は人を幸せにできないんだ。だからせめて最後の願いはきちんと叶えてやろう。例えすべてを滅ぼそうとも。


「はぁはぁ...!リリアン...!リリアン!!」

息を切らし、あの後姿を探す。どこにいるのだろうか。辺りを見渡してみる。するとあの姿が遠くから走ってきた。

「エカテリーナ、どうする?このまま逃げ出す?このままなら混乱に乗じて逃げられるけど」

リリアンは自分が身に着けていた黒いローブを私に着せた。

「もうそこまで民衆が攻めてきている。決めるなら早くしないと」

「...ねえ」

「ん?」

「お願いごと、...使える?」

「使えるけどどうするの?」

私は彼女がかけてくれたローブを肩に羽織り、立ち上がる。焦げ臭い香りが鼻に刺さって気持ちわるい。でも決めた。

「リリアン、ここにいる私の敵を、全部、殺してほしい」

憎しみなんてないと言ったらウソではない。でも罪のないものにこれ以上罪を犯させるわけにはいかない。この争いの中で悲しみ亡くなったこの国の兵たち、子供たち、民衆たちを増やさないために魔女に殺させる。愛した人にこんなことをさせようとするなんて私の方がよっぽど魔女じゃないか。

「いいのね?」

「ええ」

「わかったわ」


 彼女には決意の眼が宿っていた。私はそれを叶える。私は城の外に飛び出し、彼女を城の屋根に座らせた。私は自分の懐から杖を取り出し、構える。自分の魔力を込めてまがまがしい大きな杖に変える。そうして大地を見下ろす。

「大闇魔術、すべての人間よ、我の望むるまま、死にに行け!デリザード」

すると地上にいたエカテリーナを除くすべての人間は魂を吸い取られ抜け殻となった。血一滴溢れない。

私は彼女のそばによって座った。

「終わったわね...ありがとう」

「...エカテリーナ。これで最後の願いを使ってしまったことになるんだけど、契約上、貴女の命はここまでなのよ」

「それはよかったわ。魔女の私にふさわしい最後よ」

「死にたい場所とか、ある?」


 私はこのお城の王の間、玉座の前に来た。ここは私の夢が実現した場所で私を象徴する。私はここで死んですべてを終わらすのだ。輝かしい装飾も絨毯もすべて引き裂かれてしまっている。リリアンはこの部屋に来ると、杖を振って部屋を元の絢爛豪華な部屋に蘇らせた。私のぼろぼろの服を元に戻し、美しさしか残らない空間がこの後死の空間になろうとは神様だって思わなかったはずだ。私は玉座に座り、リリアンがそばに来るのを待った。彼女はこちらを見て悲しそうな顔をした。

「エカテリーナ」

私の名をこんなに愛おしく呼んでくれたのは彼女が初めてだった。

「貴女が私を呼んだのはあの男を手に入れるためだった。でも私は貴女の魂を手に入れるために貴女と契約した。...貴女の魂の扱いに関しては安心してよ。友達の死神に頼んで丁寧に冥界に送らせるわ」

「ふふふ、ひどくしてもいいのよ。だって私は罪人だもの」

「そう...だね。でも、忘れないで。自分で犯した罪は償えるってっことを。例え地獄に落ちても、百年もあれば生まれ変われる。それまではゆっくりあっちで楽しんでね。それじゃあ...」

私は何も言わずに彼女の行動に身を任せた。そして彼女に口づけて、私は息を止めた。


 彼女の魂を取った。友人の死神は魂の回収に奔走していたが、しばらくしてここに来た。骸骨姿のそれは人間が見たら恐れおののくだろうが私からすれば見知った友人なのだ。彼は私に近づいてこういった。

「まったく...ひどい仕事量だ」

「お疲れさま」

「お、ロアイトじゃん」

「ちょっとその名前は本国でしてって言ったでしょ?」

「いいじゃん、ここには魂すらない抜け殻しかないんだから」

「そうだけど...」

死神は手に持っていた鎌をしまって、玉座に腰かけた。

「ん?何その魂。契約者の?」

「そうよ。...ほしい?」

「仕事上は必要だけど...でもいいよ。気が向いた時で」

「ありがとね、...でもいいの?」

「だって渡したくないって顔してるよ」

「ほんとに?」

ふと自分が泣いていることに気づく。

「あんた、自分の感情を表すのが苦手だけど、珍しいじゃん」

「なっさけないなぁ。泣くなんて。涙なんてとっくに枯れたと思っていたよ」

「いいんじゃない?たまには」

「え?」

「泣くのはあんたが人間だったっていう証明だよ。その経験をその魂の主は教えてくれたんだね、大事にしなよ」

彼は上空に飛んで静かに消えていった。


まったく...。


私は抱えた魂に口づけて、静かに目を閉じた。次に目を開けるとそこは私の故郷だった。彼女が伝説となり、人々に語り継がれるようになったのはそれから百年もあとだった。

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姫君と魔法使い 赤月なつき(あかつきなつき) @akatsuki_4869

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