第3話 快感

座るのは玉座。手に持つのは赤黒いぶどう酒。その指にはめた指輪がキラリと光りを反射する。着ているのは裾の長いドレス。胸元が大きく見える赤いドレス。履いているのは赤い靴。綺麗な赤い靴。隣にいるのは足を魅せるドレスを着た魔女。そして目の前にひれ伏すのがムーン王国第一王子ウィブル。私に惚れ込んだ素敵な男。最高に楽しくて愉快な毎日だ。世界の男は私の虜。誰も私に逆らわない。まるで女王になったようだ。

いや、私は女王だ。


廊下を歩けば賞賛のささやきが聞こえてくる。自室に戻り、腰掛ける。そして深く息を吐く。すると満たされる。魔女は私の前に座った。

「どう?愛される快感は」

彼女は裾から見える足を交差し、微笑んだ。

「最高よ……みんな私を見てくれるし、従ってくれる。ありがとうね、リリアン」

「どういたしまして…これからどうするの?」

「んー、……特に決めてないかなあ。今の状況に満足してるからね。それに欲張りなのは良くないよね」

「……」

リリアンは何か言いたげにこちらを見つめたが、すぐにいつもの柔らかな顔になった。

「そっか……じゃあ私、お役御免かな?」

「そんな!リリアンはずっとそばにいてよ。私の初めての友達なんだから」

「友達……私を友達と思ってくれてるの?」

彼女はこぼすように言った。

「もちろんよ」

「そっか...。初めて契約者に友達なんて言われたよ。...ありがとね、うん。ずっとそばにいるよ。貴女が三つ目の願いを叶えるまで」

リリアンは私の手をそっと握ってくれた。暖かくて手のシワの一つ一つから優しさが伝わってくる。私はじっと彼女の立ち姿を見ていた。足のはだけたドレス。白い足が艶やかに見えて美しい。

「その服……似合っているわね」

「これ?…そりゃそうよ、私なら何でも似合うからね」

「ふふ、ねえ、前々から気になっていたんだけど、リリアンっていつも黒い服ばかり着てるね。好きな色なの?」

「え」

しばらく黙り込んだ彼女。何か悪いことでも聞いただろうか。

「んー、いや、単純に白が好きじゃないだけよ」

「白?」

「どうして好きじゃないの?」

「……似合わないからよ」

ポツリと言った。そんなことはないと思うがな。彼女ならばどんな服だって似合ってしまうと思う。彼女自身だってそういっていたじゃないか。むしろその白い肌には白い服だって似合うはずだ。彼女が白を嫌うのはこれが理由ではないはずだ。


コンコン

会話する二人の女声を割いたのは扉を叩く二つの音だった。扉を開けると召使が立っていた。

「どうしました、カイン」

カインとはその召使の名前だ。彼女はこの城で働く人間の名前や性格をすべて覚えている。使用人や奴隷だったものでさえも。私は覚えきれてはいないのに。

リリアンは尋ねた。

「エカテリーナ様にご謁見を申し入れたい方がいらっしゃいます」

もう、そんな時間か。

「わかりました。貴方は下がりなさい。すぐに行きます」

ギィー

扉が閉まり、また二人の声が発せられる。

「それじゃあ私もお暇しましょうかね。姫様、失礼します」

「待って」

彼女の柔らかな手を握り、内側に引っ張る。そうしてリリアンの白い柔らかな頬にキスをした。白い頬が赤くなる。

「続きはまた後で」

私は部屋を出た。

謁見は男だった。結婚を申し込みにはるばるここまで来たそうだ。私はその人を軽くあしらい、すぐに自室に戻った。気が付いたら赤い陽は沈み暗い闇が空間を包んでいた。月明りだけがその闇を割いて国中を優しく照らしてた。自分の仕事は自分を好いた男に任せ私は早めにベッドにもぐりこんだ。リリアンは部屋に入りあきれたような目をかすかに浮かべたがすぐにそれは沈み、優しさが浮かんできた。私はあの目を気のせいととらえ、彼女の細い腕をつかんだ。

「エカテリーナ...」

貴女だけは私を愛さない。けれど愛している。絶対に好きにさせてやる。彼女の震えを見て口づけを落としたのだ。

...

紫色の空。火の粉がとび、周り中を炎に囲まれてると知る。恐れた私の体は腰を抜かして前を見た。すると剣が肉を割く音、壁が破壊され崩落する音、なにかが爆発する音、男や女の怒号、が合奏をしていた。けたたましくうるさくてうっとおしい。だが、恐れを誘うには十分な迫力だった。そして気づいた。肉が裂けて落ちた液体は赤くなくて、紫色なのだと。なんなの……これ!?熱さも痛みも特に感じない。ただこの光景が変わるだけ。

「リ、…リリアン!」

ようやく言えたのはこの言葉だった。きっとこれも何かの魔法なのだろう。彼女がいたずらをしただけなのだと、信じ切って。しかし彼女は骸骨の化け物を連れていた。

「エカテリーナ……よく聞きなさい。今貴女は国民たちから殺されようとしてる。みんな貴女を憎んでる。このまま逃げるのはなかなか厳しいわよ。どうする?もう一つの願いも使えるけど」

突然そんなことを言われて驚いた。なぜ、彼らが私を憎んでいるのか。私は愛されたのではなかったのか。しかし驚いてる暇をくれはしなかった。

「リリアン、あいつらを全員殺して…!私をこんな目に合わせたみんなを殺して」

「いいのね、これで最後よ」

「ええ、だから早く!彼らを!殺しなさい!」

するとお城の中で響いていた合奏は一斉に鳴り止んで一切の音も跡も残さず消えてしまった。なにもいない、人の声も物が壊れる音もなにもかも聞こえない。

呆気ない……。なんて呆気ない。

「終わったわね…」

「ええ……っ!!なに!?」

私の腕にある彼女との契約印が痛く刻まれる。なぜこんなに痛いのだ?先程は熱さだって感じなかったのに。

「どういうことよ!?」

彼女はなにも語らず、私の胸に腕をねじ込んで何かを引っ張り出した。


私は泣いていた。

隣には彼女はいなくて不安を覚えた。眩しい太陽の光がうっとおしく目に入ってきて、イライラする。


私は城の中を歩き回った。右を見ても左を見ても彼女の後ろ姿が見えない。どこに行ったのだろうか。私は近くを通りかかった衛兵に尋ねた。

「リリアン様ですか?リリアン様でしたら、他国に貴女にふさわしい方を探すと言って出かけられましたよ」

「え……」

私になにも言わず、私を思って動いたの?それとも私に嫌気がさして、城を出たの?かすかな裏切りに胸を打たれ、その場に立ち尽くす。

「陛下」

若き青年に声をかけられ我に帰る。

「気にするな、彼女が帰ってきたら私のところに」

「かしこまりました」

私はまた一人で城を歩き回った。


その夜、彼女は帰ってきた。私のそばに寄って熱いキスをした。部屋に入って二人で紅茶を飲んだ。

「どうして、私に黙っていたの?」

「ん?」

「その……出かけること」

「ああ、アレね、嘘なのよ。...アサルト君が言ったことは」

息を飲む

「なにをしていたの?」

「…修行よ」

「修行?」

「そう、大きな山とか空で魔術の修行をしてたの。定期的にしないと腕が鈍るし、貴女を守れなくなるからね」

「そっか……ねえ、あのさ、話を聞いてよ」

私は紅茶をすすった。赤茶のお湯が私の喉を伝って心を鎮める。

「私ね、夢を見たの」

「夢?」

「うん、この城が炎に包まれて殺されそうになる夢。貴女も出てきたわ」

「私も?」

「そう、私の最後の願いで私の敵を全て倒したわ」

あの光景を思い出す。いやに鮮明だ。悪い思い出ほど人は覚えていると聞いたことがあるが、夢にも同じことが言えるのだろうか。

「あの夢はなんだったのかなってさ」

「んー…ちなみにさその夢って色はあった?」

「あったわ。確か紫よ、それも全部の景色が」

「……」

彼女は難しい顔をして黙り込んだ。

「リ、リリアン?」

「エカテリーナ…それ多分ね、現実になるよ」

え、

「なんで?え、どういうこと?」

アレが現実になるなんてまっぴらだ。

「夢っていうのはいろんな種類があるんだけど貴女が見たのは正夢っていう見た夢が本当になる夢なのよ」

「そんな……」

「しかも紫なんて…」

「紫だと何かあるの?」

「そう、あるわよ。絶対に回避できないっていう意味がね」


……


それじゃあまるで、死の予告じゃないか。

「ふざけないで!」

私は彼女の服をつかんだ。軽い彼女の体は服にぶら下がっていた。

「ふざけていないわ」

「魔女だったら私を守りなさいよ!」

「守ることはできる。でも、あの夢を回避できないわ」

「なんで?」

「あの夢は神が決めたシナリオを映すからよ」

「神?」

「この世界のものは全て神が作り、神がその一生を決めているの。その法則には誰も逆らえない。運命に抗おうとしたものも結局は神の掌の上よ」

「そんな……!どうすることもできないの?」

「でき…ないけど、どうにかしたいわね」

彼女は自分の服の袖で隠れた腕を現した。その腕には数多の傷が付いていた。私は我に返った。愛していた彼女にひどいことをしてしまった。強い彼女はそのことに対して何も顔を変えることはなかった。

「その傷……いつできたの?」

恐る恐る聞いてみた。

「うーん…覚えてないなあ。多分、ずっと昔さ。だって私は永遠の時を生きる魔女だもの」

「痛くないの?」

「痛く……はないよ。傷そのものはね。まあでもこの傷の借りを返さないと気が済まないの」

彼女は悲し気に言った。


リリアンは私に言った。あの結末を逃れるには男だけでなく女性も等しく愛さなければならないと。自分のことばかりではなく、他人のことも考えて国を治めなければならないと。私はすぐに国内の状況を洗い出した。この国の問題は平民の貧困。差別、奴隷制度、身分階級、貴族の堕落、農作物の不足などさまざまだ。私はこれらの問題に対し、一つ一つ応えようとした。平民には王宮の余ってる食物を与えた。料理を作り提供する機会も増やして交流の機会も格段に増えた。領民達に対し不当な税収をしたり、余分に穀物を徴収した領主を罰した。国民たちの間での差別をなくそうと法律も作った。徴兵制度を取りやめ、貴族の息子や男を兵として出兵させた。農作物の不足についてはリリアンに頼んで気候まで変えさせた。こうしてこの国は豊かになった。国民たちは私のことを信頼し、信仰するようになった。歴代の王族でも飛び切り優しいと思われるようになった。

 リリアンは自室に入り、今後の未来について予想した。すると少しだけ私の夢と違う未来が起こるだろうといった。私は安堵に溜息を吐いた。しかし、安心できるはずなのに彼女の顔は少し曇っていた。どうしてかと聞くと

「人間がそう思い通りになるのかと思ってね」

その言葉の意味を理解できなくて私は相槌を打った。

彼女はまだ顔に雲を浮かべたままだった。

この幸せを手放したくはない。私はこの国の女王、いやすべての国の頂点に立つのだ。魔女を手にした私なら何でもできる。


この快感を覚ましたくない。



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