第2話 愛されたいのは

 ローブをまとう美しい後ろ姿に声をかける。

「ねえ、リリアン」

「はい?どうされましたかエカテリーナ王女殿下」

「お父上が呼んでいるわ。玉座の間よ」

「ありがとうございます」

私たちの関係は秘密だ。私たちが契約者同士であると知られるといろいろ厄介だから隠している。だから普段会ったとしても、他人を演じている。私はその背中を見送って少し思う。彼女は私のことをどう思っているのだろうか、と。

私は一日のほとんどを自室で過ごす。学ぶこともすべて履修し、特に役割のない私は本読みにふけったりしている。本来なら少しは仕事をするべきなのだ。しかし私には許されていない。私の婚姻がなされなければいつまでもこの調子なのだと思う。そもそもなぜ私が婚姻できていないのかというと、私の父のせいである。長年続いている戦争のせいでどの国も結婚どころではないのに自分の血を後世に繋げたいがためにいろんな国の王子に結婚の話をしている。そんな阿呆な国王をの娘と一体誰が結婚したがるのだろうか。まあ、戦争が終結すればすべて解決するのだろうが、戦好きの彼がそれを赦すとは思えない。でなければ三十年も戦争が続くはずがない。私は哀れにもこの父親の娘として生を受けてしまったのでその恩恵をたくさん授かっているのだ。

「はあ...暇だなぁ」

机に突っ伏して声を漏らす。しばらく目を閉じて風を感じる。窓を開けて草や花の香りが鼻に入って突き抜ける。涼しい...クラシカルな曲を頭に思い浮かべながら息を吐いて吸い出す。ひどく体が落ち着く。うとうとと感じている。

「エカテリーナ」

「わっ!」

リリアンの柔らかい声に思わず驚いてふりかえる。私のよく知るあの金髪の美女の姿。

「そんなに驚く?ねえ、貴女のお父さんと話したこと言おうと思うんだけど聞きたい?」

「...うん」

「私ね、この国の兵として戦うことになったのよ」

「え?本当に!?」

イスを床にたたきつけながら立ち上がる。

「え、ええ...でも平気よ。それにそれも目的だったからね」

「そうなの?」

「私の魔法を見てすっかり信じ切ったみたいね。ふつう訳の分からない客人に兵を任せるなんておかしいけど、今は都合がいいからね」

リリアンは私の顔を覗き込むように見た。

「どうしたの?」

「...もしその戦いに勝ったら戦争が終わって私は結婚できるかもしれないって思って」

「じゃあ、そうしたら貴女は愛される条件を満たせるわけね」

「そうなるね...」

「なら、本気でやらなきゃ」

彼女のそれを語る顔は喜びに歪んである種、醜くもとれるし、美しいともとれる。私はその顔を息を呑むほど恐ろしく美しいと思った。


戦場において私は不要だ。邪魔になるだけ。そう言われ続けてここにきたことはない。私が野原の隅で鎮座する兵団基地にいるのはあのリリアンのおかげだ。彼女が私たち王族全てに自分の力を示したいと言ったから。そんな彼女は軍の最前線で馬に乗っていた。遠くから彼女の後ろ姿が見える。鎧を一つも纏わず、剣も持たず、ただの棒を持ってる彼女はいかにも頼りない。だがその背中は自らの力を誇示しようと溢れんばかりのオーラを映した。リリアンは隣にいる歩兵部隊に話しかけた。何を話しているのかここからは聞こえないが、話し終わった途端に彼女は宙に舞い、その棒切れを前に出した。


私はそれをよく見たかったが、生憎この場所では何が起こってるのかわからない。だが、地面から何かが現れた感じがする。すると宙を舞う彼女の真下に大きな円が見えた。私の腕についてる印みたいな文字もある。彼女はあれを陣と言っていた。魔法を使うための命令方法だと。すると、そこから無数の炎が湧き上がる。兵たちの阿鼻叫喚な姿を想像できる。体を焼き付けられる痛みは計り知れない。しかし、それもすぐに止んだ。その炎はたちまち消えてしまい、彼女の棒切れからは何も出ていなかった。

「何が起こったの……」

そう言うしかなかった。

彼女は棒切れを振り回し、顔の方に近づけた。直感的にその棒を口に当てたと感じる。

そうして、

「敵国の兵たちよ、聞きたまえ」

高らかに響く。風は草の香りとともに彼女の強く凛々しい声をここまで運んでくる。

「私はリリアン・マリー。この国でも私の名を知るものはいるだろう。現在私はこの国の王、ダフネス・ルイ・ムーンリス・エリクテル陛下にお仕えしてる。今すぐ手を引いて陛下に従属すれば兵たちの命、傷さえも回復させてやろう。さあ、どうするルッヘル国王」

ルッヘル……先代アメス王が謎の死を遂げその彼の愛息子だった。非常に賢く、国民を愛していた。おそらくリリアンはこのことを知っていたのだろう。どうして知ったのかはわからないが。


すると、隊列を組んだ兵たちを割いてリリアンに走る馬乗りの騎士がいた。彼はリリアンが浮かぶその下に降りると膝をついた。

「貴殿の話を受け入れよう……」

彼女はこちらを見た。いいや、国王である私の父を見た。その男は満足そうに微笑み頷いた。

「貴方の言葉、受け取りましたよ。……約束通り、復活させましょう」

彼女はまたあの棒を空に掲げ、空と地に紫色のあの陣が貼り付けられた。その陣からキラキラと紫色の光が飛び散った。

「全てを癒せ、我に従え、全てを癒せ!」

すると、先ほどまで阿鼻叫喚に死んでいった兵たちは全員元の体を創り、起き上がった。


蘇ったのだ。


さらに戦さ場の草も全て元に戻り、花まで咲いた。


圧倒的だった。あのルッヘル国王のアリステルをいとも簡単にひれ伏してしまった。私の父は酷く喜び、そしてその祝祭に招かれた客人は皆私を求めた。今まで相手をされなかった私が皆と取っ替え引っ替えで相手をされる。リリアンはその様子を見ていたが、彼女の方が話しかけられていた。その美しさと手腕、賞賛に値すると。

その日の真夜中リリアンと話をした。あの街が見えるところで。

「どう?愛されるというのは」

「悪くはないわね。まあ、でも少し足りないかなぁ」

「と言うと?」

「まるで道具よ。みんなお人形みたいに品定めしてにやけ顔でこちらを見る。貴女の方が顕著でしょう?」

「まあね、……慣れてるけど」

「なのにあの夜あんなに照れたの?」

彼女は空に歩いた。

「うるさい!照れてないし……」

口ごもる彼女。これを見て照れていないととるのは愚かだと思う。

「ふふっ、可愛い」

「……っ」

顔が赤い。

「それで……満足してないんでしょ?」

「そうよ」

「なら、私に願えばいいのよ、『愛されたい』って」

「うーん……」

歯切れの悪い私を見かねてこういった。

「もしかして、意中の男でもいるの?」

「えっ!?」

「やっぱりね…ならその人に当たったからじゃないと私の願いは使えないってことか」

「ちょちょちょ……え?なんでわかるの?」

「貴女の話し方と勘よ」

「…」

「まあ、それはどうでもいいでしょ?早く会いましょうよ」

「どうやって?」

「んー、相手にもよるなあ」

彼女は少し考えるそぶりを見せた。

「…実はね、私、ムーン王国のウィブル王子が好きなの」

「ウィブル…ああ、あの優男ね」

「知ってるの?」

「ええ、私、この界隈だと有名っていったでしょ?この周辺の国の王族はほとんど知り合いよ」

「そうなんだ……あったことあるの?」

「ええ、もちろん」

「どんな人だった?」

「んー……物腰柔らかであの年の割には結構教養があったわよ」

「そっかぁ…」

彼の顔を思い出す。彼とあったのは五年前だ。眉目秀麗で落ち着いていて、女が寄ってきても顔色一つ変えずに対応している様子をただ見ていた。もちろん王族なのだから結婚はできる。この国もそれなりに大きな国だから選択肢には入るだろう。だが彼の国は我が国よりも力がある。結婚する国の嫁なんていくらでも選べる。あの国ならば国王の妻が十人いようと関係ない。彼に気に入られれば結婚できるし、その利益を得られる。でも、

「私、彼に愛されたいのよ」

「愛される?」

「そう、私だけを想って行動し、愛し合う。彼を一目見た時からそれが夢だったのよ。だから結婚相手にしようと思って、あまり乗り気じゃなかった舞踏会にも参加してお父様の目に入れようとしたの。そうしたら彼、私を見て微笑んで、手をとって踊ってくださったの。それから何度か彼と会って本の内容を話したり、楽器を演奏したりしたわ。自惚れなのはわかってるけど、私は彼と仲が良かったと思ったわ。…でも、妹のアリスが彼と会ってから私とは話さなくなったわ。毎月送ってた手紙も返事が返ってこなくなって、もう送るのをやめたわ。……それでアリスもあの国にずっといるの。まあ、アリスの方が愛らしいし、考え方も女性らしいし、多分、下品って思われたのよ私。だって男と知恵比べをしたのよ、嫌われたに違いないわ。だから、彼をね、振り向かせたいのよ。あの人だけじゃない。今まで無視をしてきたお城の大臣も騎士もお父様にも、愛されたいのよ」

リリアンは私の話を聞いてそっと手の甲にキスをした。

「それが貴女の願い?」

「ええ」

「これを叶えるとあと一つだけになるけど」

「いいのよ」


彼女は闇の空に舞い、杖を取り出した。よく見るとその杖には紫色の宝石が付いていた。

「それは……?」

「ん、これ?…貴女のお父上からもらったのよ、褒美だってね。宝石は魔法と相性がいいのよ、特に私は闇の魔術が得意なんでね、紫や青の宝石が杖についてると魔術の精度が上がるわ」

「そうなの…」

「だから、これを使って貴女に呪いをあげるわ。誰からも貴女が魅力的に映るように」

魔女は私に宝石を向けて唱えた。

「呪術、愛幻……!」

温かく不思議な光が私を包み込んだ。






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