姫君と魔法使い
赤月なつき(あかつきなつき)
第1話 かなえてほしい願い
床に円を描く。自分の肉を切る。自然と涙がこぼれる。涙がこぼれるのは痛いからではない。みじめな自分を思っているからだ。赤黒い液体が円の上のに広がる。するとその円は光り輝いた。その眩しさに目を閉じると目の前に紫目の美女が立った。自分はその美しさに思わず息をのんだ。美しい彼女は自分を見てこういった。
「貴女が私を呼んだの?」
「ええ...」
「私は魔女。貴女の魂と引き換えに三つの願いをかなえてあげるわ」
本当に来てしまった。魔女というと教会では醜悪な姿で描かれることが多く、私自身も魔女とは醜いものだと思っていた。でもそんな風には見えない。どこか悲し気で人とは違う雰囲気を持っている。
「私のことを嫌う人って最近増えてきてね、仕事が少なくなったのよ。だから呼び出してくれたのは非常にありがたいわ。さあ、願い事があるのでしょう?貴女に覚悟があるのなら私と契約して頂戴」
「かまわないわ」
私は彼女がたとえ醜悪だったとしても契約するつもりだった。それほどの理由があった。
「魔女さん、私と契約して」
「りょうかい」
魔女は服で隠した自分の腕を引っ張り出し、私に見せた。その腕にはおぞましいほど深く刻まれた獣の刻印があった。
「これが私が魔女である証明よ。そして契約の証人になるの、だから彼の前で儀式をするの」
彼女は服の中から彼女の肘先くらいの長さの杖を取り出して振った。すると彼女の杖の先からきらきらと光が見えたかと思うと空間を切り裂くような闇が現れた。
「悪魔だったらどこかを食べたり、性行為だったりいろいろあるんだけど私は魔女なんでね、自分の魔力を契約者に宿すことしか契約できないのよ。そして魔力を宿したところに契約印が現れる。そうして契約したってことになるの。どうやら私の魔法は絶好調のだし、ちゃっちゃと済ませましょう」
彼女は腕の獣の刻印をなぞりそれに語りかけた。
「我に宿りし灼熱の師子よ、我の行いの証をなす為今ここに出でよ。エイン!」
すると彼女の腕の中から赤い、いや紅蓮の炎を毛に纏う獅子が現れた。
「主よ、だれと契約するのか?」
「この娘よ、この国のお姫様ってところよ」
「え、どうしてわかるの?」
「だってこの部屋は本当に広いし、綺麗だし。貴女の体は非常にきれいだしね。綺麗ということはきちんと手入れをされていると思った。あとは勘よ」
すごい...魔法使いというのはこんなに頭がいいのだろうか。
「さあ、契約の儀式をしましょう。エイン、証人になってね」
「御意」
彼女は私の手をじっとみて、杖を向けた。先ほどの闇の塊を杖の先端にためて腕に向けて振った。すると熱い液体みたいなものが体中を走り、背筋に電流が走ったような感覚がした。体が熱いと震えて訴えてくる。少し体の力が抜けて足を崩し倒れる。それを魔法使いが抱えてくれた。
「大丈夫?...魔力が入ってこの反応なんてね。貴女、魔法使いに向いてるわよ」
赤い獣は私たちの様子を見て彼女の腕の中に吸い寄せられた。
「ふう...あ、そういえば名前を言ってなかったけど、貴女名前は?」
「エカテリーナ・ルイ・ムーンリス・エリクテル。私の名前よ」
「そっか...よろしくねエカテリーナ」
「貴女は?魔法使いさん」
「私はリリアン。魔法使いの中ではけっこう有名なのよ私。まあ、よろしくね」
リリアンは長い脚を交差してベッドに座った。月明かりに照らされる彼女の素肌。人形のように白く綺麗だ。
「エカテリーナ、貴女私にお願い事があったんでしょ?」
「そう……よ」
「契約したからにはなんでも叶えてあげるわ。好きに言ったらいいわ」
「じゃあ、…私を慰めて」
先ほどまで絶望していた自分の心を癒してほしい。それが今の率直な願いだ。
「そんなのでいいの?」
「ええ、だって私その為に貴女を呼んだのよ」
「ふうん。でも私慰めなんて一つしか知らないわよ」
「それでいいのよ」
私はリリアンをベッドの上に押し倒した。それにまたがり、彼女を見下ろす。少し赤くなった頬。こういうことには慣れていそうなのにこんな反応をするなんて。かなり可愛い子なのだろう。
「初めてではないでしょ?」
「そうだけど……照れるのよ、いつも」
どのような相手にもこんな風にするのだろうか。たしかに頭のいい彼女なら演じられるかもしれない。だが、それを見ている側としてはたまらなく愛おしく感じてしまう。
チュッ
彼女の服から覗く鎖骨に唇を弾いた。微かに跳ねる彼女の体。火照りを帯びたその体にまた口付ける。また跳ねたその体に舌を這わせ、甘い声を誘う。一度彼女に触れれば夢中になる。
「これ、本当に貴女の慰みになってるの?」
「…ええ、とても。でも、少し不満ね。ねえ、もう少し声を出してみてよ。もっと聞きたいわ」
「……」
彼女は何か言いたげにこちらをみたが黙って目を伏せた。了承の合図だろう。私は彼女の耳に舌を這わせた。私の唾液が耳に伝い、それを濡らした。
「っ……」
彼女の柔らかく熱い体にある胸を優しく触れる。
「あぁっ……」
少しずつ溢れる彼女の甘い声。愛おしい。昔、彼女のような魔女を呼び出すためにいろんな文献を漁った。その文献の中に‘魔女は感じやすく、色気のある者が強い’と書いてあった。その当時は勝手なこじつけだと思っていたが、案外そうでもないかもしれない。だって彼女は自分で有名な魔女といったのだから。そしてそういう魔女はきっと男や喪女から愛され、穢れたのだろう。
「ェ……エカテリーっ、ナ……」
震えてこちらを見る。服を脱がした時に見えた小さくとも深い傷を見せて火照り顔を私に魅せるのだ。
「リリアン……!」
今だけは私のもの。あの痛みも悔しさも屈辱も彼女が癒してくれたのだから。
それをみた夜の月は照れて隠れてしまった。そして朝の太陽を引き連れてそれを隠すくらいの光をもたらした。リリアンは私に対して国の魔法使いとして過ごすことを要求した。彼女はどの強者ならいつまでも使用人のフリができるだろうが、使い人になるのがいやらしい。そう言って彼女は国の中央にあるこの城の正面から入り、私の父や兵隊に睨まれてる。
「よくぞ参った穢れし乙女よ。無防備な姿で来たのは愚かだったがな」
リリアンは兵から槍を向けられて立っていた。しかし、手を出さないのは彼女の力が未知数だからだろう。
「何故ここに参ったのか」
「ただの暇つぶしですよ」
「暇つぶし?」
「ええ、ご存知かと思いますが私は永久の肉体を持つ存在です。かれこれ二百年以上は魔女として生きています。私が転生するにはあと三百年は人間界で過ごさなければなりません。それはあまりにも退屈で」
「故に暇を潰しに?」
「ええ、私はこの界隈だとかなり有名でしたね。貴国の戦さ場において勝利を捧げることを条件にこの城に住まわせていただきたい」
「……簡単に信じると思うか?」
「いいえ。ですから何かを使って証明しますよ。何をすれば信じますか?」
国王である私の父はその問いに少し黙り込み、発した。
「ならば世を若返らせてほしい」
「いくつくらいですか」
「うむ、十ほどで」
「かしこまりました」
彼女はまた服の中からあの杖を取り出して彼に振った。禍々しい黒い塊を彼にふり投げ、それが彼を取り込んだ。あたりにどよめきが走る。しばらくすると、白い髭も薄い髪もなくなった若かりし頃の彼の姿が現れた。
「おおっ!」
あたりの不振などよめきが驚きと賞賛の声に変わった。
「然りと若返っておるようじゃな。よかろう、お主を信じよう」
「ありがとうございます」
彼女は不敵に笑った。
彼女は城の中の使用人に連れられて部屋に通された。その間私は父である国王に残るよう言われた。
「これでこの国も強くなれるだろう。お主は早く結婚をしたまえ。お主の賢さはどの国の王子も気にいるじゃろう」
「……」
「よい。下がれ」
玉座の間を抜けると部屋に通されたはずな彼女がこちらをみて笑っていた。
「お悩みのようですね。王女殿下」
「まあね」
「……ねえ、貴女の願いって何?昨日のあれだけじゃないでしょう?」
「うん。…でもここだと悪いのよ、場所を変えましょう」
彼女を連れたのは国内すべてを見渡せる庭園だ。ここは私専用の空間で普段は衛兵も付いてくるが今回は彼女がいるので、二人きりだ。
「おおっ…!空が見るのも美しかったがここから見るのも良いな」
「でしょ?」
「それで、お願い事って?」
「うん。一つが愛されるってことよ」
「愛される?定義が難しいわね。具体的に言うと?」
「……うん、例えば私の言うことを聞いてくれて、私のためを思って行動してくれたり、いついかなる時でも自分に想いを寄せてほしいの」
「ふうん。そんなのでいいの?」
「うん。でも叶えてほしい時は今じゃないのよ。時期は私が言うから待っていてくれる?」
「いつまでも待つよ。暇つぶしもできそうだしね」
私の願い。人に愛されたいと思う気持ち。お城の中では一人で過ごしたことが多かった。私は人形のようにあちこちに連れ回されていろんな男に触られた。どの男も私を気に入ったけど私の意見は必要とされなかった。人形は言葉なんて必要ない。そんな感じだった。私は人間として見られたい。愛されたい。そう思うことはおかしなことだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます