第五章 〈花の都〉
第十二話/前 〈花の都〉
メシエでは各地を「
一、『
二、『
三、『
四、『
五、『
六、『
七、『
八、『
九、『
十、『
十一、『
十二、『
以上、十二宮。
現在大きく分けて十三ある陸地の内、浮遊大陸を除いた十二の地を、それぞれが一つずつ受け持っている形だ。
中央都市セントラル含む十字宮を発ち、所は処女宮に移る――
1
十字宮の西隣。東に頭を向け、左手に麦穂を持った有翼の乙女と見られる形の大地。それが処女宮だ。
土地のほとんどを濃い緑に覆われ、ライトエルフをはじめ森を愛する妖精や生物が多く住んでいる。
排他的な者も少なくない処女宮に於いて、港を持ち、他宮からの旅行者も歓迎しているのがここ、〈花の都〉だ。
一年中花が咲き誇り、メシエで最も華やかな町と云われている。観光地としても定番で、女性の住みたい町ランキングでは堂々一位に輝いている。
【レオ】の面々は一時〈花の都〉に立ち寄った。ここで一泊し、明日また船で発つ予定だ。
宿で部屋を取ると、「今日一日は自由行動だからな。部屋に行ったあとは好きにしろ」とのクラウドの言で、残りの面々はそろって観光に行くことにした。クラウドはひとり別行動だ。そもそも今日出向せず、〈花の都〉で一泊することになったのはクラウドの買い出しのためなのだ。
観光組は各々の部屋に荷物を置いたあと、宿の表で集まることになっている。
イッサが表へ出ると、まだ他のメンバーは出てきていなかった。
(一番乗りか……)
アチキたちも
ぐるりと辺りを見回してみる。
観光客で賑わう通りから外れた町の端っこにあるためか、ほとんど
「――――」
上から声が降ってきた。
見上げると、傍の建物の窓辺に子どもが座っていた。
(男の子……?)
年の頃はイッサより少し幼いくらいか。シンプルなシャツにズボンとサスペンダーの恰好をしているのでそう思ったが、その
少年は伏し目がちに、妖精の言葉で歌っている。
「待ちぼうけ、待ちぼうけ、待ちびと来なけりゃ泣きべそだ」といった意味の詩で、それを楽し気なメロディに乗せている。
ひょっとして自分に向けられたものなのか? だとしたら小馬鹿にしているような歌だが、イッサは呼吸すら忘れそうなほど、その歌に聴き入っていた。
と、
「ジェイドー」
少年の名前だろうか。部屋の奥から母親らしき声に呼ばれ、少年は引っ込んでしまった。
しかしその前、一瞬、イッサはにっと笑った少年と目が合った気がした。やはり歌はイッサに向けられたものだったようだ。
すると、少年と入れ替わるようにアチキたちが宿から出てきた。
「あ、イッサ。ねえ、今歌聞こえてなかった?」
「ん? ぅん……。あそこで男の子が歌ってたんだよ」
「どしたの? なぁんか気の入ってない返事」
「いや、その、男の子がさ、目に輪っかがあった気がして」
「目に輪っかがあるとなんかあるの?」
「アチキ知らない? ネクロムには目に光る輪があるんだよ」
「
「……ネクロムはね、幽霊が見える徒のことなんだよ……」
「ゆ、幽霊……」
そのとき、イッサの肩口に黒い影が……
「わ――――っ!!」驚いて声を上げるアチキ。
「わ――――っ!?」アチキの声に驚いて声を上げたイッサ。
黒い影の正体はハドに抱き上げられたイズイドであった。
「ちょっと、イズイドもハドもびっくりさせないでよ……!」
「すみません。それほど驚くとは。――ネクロムも幽霊もそれほど恐ろしいものではありませんよ」
「なんかよく知ってるような言い方ね……」
「父方の祖母がネクロムなんです。幽霊が見えるというのは確かですが、正確には「最後」の存在のことです」
「ん? どういうこと?」
「アチキの故郷では死後どうなると云われていますか?」
「え? あー、あの世へ
「メシエに“あの世”という概念はないんです。メシエではあらゆるものがメシエの中で循環していて、死――消滅を迎えてもまた同種のものとして生まれてきます。花は花。虫は虫。徒は徒に。ですが、それにも終わりがあります。それらを形作る「素」のようなものが消耗しきると、生まれ変わることはなくなるんです。ネクロムはその一歩手前の存在のことをいうんです」
「それって死んだらみんなまた誰かに生まれ変わってるってことだよね? え、じゃあ幽霊はなんなのさ」
「すぐに生まれ変わるわけじゃないんです。生物が死ぬとまず肉体と魂に分かれます。肉体と分かれた魂は精霊と合流するんです。生前の記憶などはなくなり、個としての意思もなく一つの精霊となります。幽霊は精霊と合流せず、生前の記憶や意思を残したまま存在している魂なんです」
「なんでそんな魂と精霊が合流する――とかわかるわけ?」
「ネクロムにはそういう動きがすべて見えているんだそうです。我々には見えない世界のもう一面を見ている、という感じでしょうか」
「ふーむ、なるほどね? つまりはあたしたちには見えないものが見える徒たちってことでおけ?」
「ふふっ。ええ。ネクロムはそういった性質から嫌煙されることも多いので、初めから毛嫌いしないでもらえるだけで、身内としては嬉しいです」
「あ、あのハドさん。俺、会ったこともないのに聞いた話だけで怖いものだって思い込んでて、その、ごめん……」
「いえ。イッサは先ほどの少年を見て、怖いと感じましたか?」
「ううん。きれいだなぁとは」
イッサの答えに、ハドは優しく笑った。
「よしっ。話が終わったところで観光に行きましょう。とりあえずお店のある通りをぶらついてみるのでおーけー?」
「うん」「はい」イッサとハドがほぼ同時に答える。
「はい、はいっ!」と、ステラが元気よく手を上げて、「スイーツのお店回りたいです!」
「〈花の都〉はお菓子作りも盛んなので、きっと気に入るものがたくさんあると思いますよ」
「わあっ、そんなにですかぁ~っ! はっ、胃袋が足りない感じですか!? ハドさんご存じでしたらおすすめスイーツ教えてください!」
意図せずステラがハドを引き付けている間に、アチキとイッサは顔を寄せ合い密談を始めた。
「今日の目的、忘れてないでしょうね?」
「うん。ハドさんへのプレゼントを探すんだよね」
そう、ふたりはハドには内緒でプレゼントを贈ろうと話していたのだ。
というのも、自分たちはハドから卒業兼就職祝いやら服やらをもらっているのになにも返せておらず、さらにセントラルを発つ前、ハドの誕生日が過ぎていたことが発覚したことに起因する。知らなかったとはいえ、「おめでとう」の一言すら言えなかったふたりは感謝の意味を込め、なにか贈り物をしたいと考えていたのだった。
ピンク、クリーム、青、緑。とりどりな木骨組みの建物が立ち並び、路も赤みのある
観光の中心地ともいえる大通りは、花と露店で売られるスイーツの甘い香りに包まれている。現地の者か観光客か、道行く者も甘い香りがしそうな者が多いように思える。
通りに面した雑貨屋でも、花をモチーフにしたものが多く見られた。
「〈花の都〉とはいえ、ずいぶん花物が多いわね」
アチキが呟くと、近くにいた口髭を生やした小太りの店主が、
「花物は昔から愛されてきたものだけど、数年前からは「幸運を運ぶ」って地元でも
「へぇ。なんか理由があるの?」
「長くなるけど聞くかい?」
「じゃあやめとく」
今はハドへのプレゼントを選ばねば。
アチキは棚の上に置かれた、花柄の丸いコンパクトミラーを手に取った。
(これいい感じだなぁ。あたしもなんかお土産欲しいし、お揃いでってのも……。でもまだ見てないお店があるのにここで決めていいものか……)
「いや! あたしは直感で生きる女! ――おじさんこれください!」
アチキが外へ出ると、ハドとステラがなにやらお菓子を食べていた。
「なにそれおいしそー」
アチキはハドの持っているカップを覗き込んだ。サイコロ状のお菓子がコロコロ入っている。
「ケイクキューブという、メレンゲ菓子のような食感の生地を
「食べる!」
ピックに刺したものを「あ~ん」とすると、
「お嬢さまお嬢さま! あとでここに行ってみましょうよ!」
ステラはどこかで貰ったらしい広告を広げていた。
「『
広告は楽舞団の公演を報せるものだった。看板スターらしき徒の躍動感ある肖像も描かれている。
「〈花の都〉の名物だそうですよ!」
「いいんじゃない。折角だし。――ハドもいい?」
「ええ。――イズイドもいいですか?」
ハドが視線を向けると、イズイドは「あたしに拒否権はないんだろう。好きにしとくれ」といった様子だ。野生動物と間違われて通報されかねないため、イズイドは自由行動できないのである。
アチキたちが観光の相談をしている一方。その前方には怪しげな徒が。
スカーフでほっかむりをし、色付きグラスを掛けた挙動不審なヒューマンの女性と、炎のような逆立つ赤毛のエルフの女性のふたり組だ。
「あんたそのグラスとスカーフ止めたら。逆に目立ってるわよ」
「なに言ってるの! 女優が変装と言ったらこれが定番でしょう!?」
「そんな定番知らないし、あんたいつから女優になったのよ、踊り子でしょう」
「劇もやるから女優でも間違いじゃないもの……」肩を
「素敵なハットでもあれば被ってあげるわよ。ていうか、もうバレてるし。それより、舞台衣装のアイデアは見つかったの?」
「あなたと話してたんだからみつかるわけないじゃない!」
「話してたからじゃなくて、そもそも街の徒の服装を参考にしようって考えが……あ、あの触角の子なんか奇抜な恰好してるわよ」
赤髪の女性がこちらを指した。
ほっかむりの女性もこちらに視線を向けた。
「ん?」
女性は前屈みになって目を凝らし、
ダダァアッと驚く速さでハドの元まで駆け寄ってきた。女性の目に留まったのはアチキではなくハドだったらしい。
「お嬢さん素敵な服ね。どこであつらえたものなのかしら?」
「これは自分で仕立てたものですが」
「自分で!? デザインも?」
「デザインは他星の衣装を参考に」
「他の星! なるほど盲点だったわ……この辺りじゃその手のものはあまり出回らないから……。――ちょっと失礼」と、女性はすっと屈んでハドの服を分析し始める。「黒を基調にしているのに軽やかな印象すら受けるのはなぜかしら。ブラウスは白だから? ううん、開いた
(夜空色の髪、見る者の時を止めるような瞳、広葉樹の葉のような角のある耳。そしてこのインク色の左手……)
「間違いない! あなた〈幸運の乙女〉ね!」
なんのことだか、と、ハドはきょとん顔だ。
女性はスカーフとグラスをもぎ取り、「覚えてない? 十一年前、ラサラスの馬車停留所で花の刺繍のワンピースドレスをもらった女よ」
十一年前、ラオ・グローリアというガーディに弟子入りするため、当時五歳のハドはラサラス大陸最北の村の馬車停留所に降り立った。周りを見渡してもそれらしい徒がいなかったので椅子に座って刺繍をしながら待つことにしたのだった。
初めに手をつけたのが実家を発つ前から刺繍をしていたワンピースだった。
完成したそのワンピースは楽舞団の入団試験を受ける勇気が出ないという、髪が短く活発そうな少女に贈ったのだった。
目の前の女性はふんわりと長い髪で、ボーイッシュな印象のかつての少女とは打って変わって女性らしく気づかなかったが、
ハドは「ああ!」という表情をして、「あのときの」
「あのときは本当にありがとう! あたしあの後、あのワンピースを着て受けた試験で合格して、憧れの楽舞団に入れたのよ!」
「それはおめでとうございます」
「あなたとあのワンピースはあたしの幸運の印よ。小さくなって着られなくなっちゃったけど、今でも大切にとってあるわ。ああ、あなたにはまた会いたいってずっと思ってたの」
「ユミエラ、そろそろ戻る時間じゃない?」
「ああそうね。──このあと舞台があるの。まだ話したいこともあるし、ぜひ観に来て。終わったら舞台裏に招待するわ」
「是非、是非きてね!」と念押しして女性は去っていった。
「なーんかさっきの徒、つい最近どこかで見た気がするのよねー」
アチキが記憶を漁っていると、女性がスカーフとグラスを取った辺りから目を丸くして手元の広告とその顔を交互に見ていたステラが、
「お嬢さま、この徒ですよ!」
差し出した広告に描かれていたのは、今しがた別れたほっかむりの女性――「ユミエラ・カヴァンディ」という看板踊り子であった。
「あーぁ!」
アチキが合点のいった声をあげた、と、そこに今まで雑貨屋に入っていたイッサが合流し、
「どうかしたの?」
「イッサ一足遅かったわね。ついさっきまでこの徒がいたのよ」
「ん? 有名な徒かなにか……――!?」
広告を認めたイッサは目を見開き、アチキの手から広告を奪い取る勢いだ。
「ちょ、どうしたのいきなり!?」
「この子だよ! さっき歌ってた子!」
広告に描かれたユミエラの隣には、宿の近くの窓辺で歌っていたあの少年にそっくりな、「〈歌う道化師〉ジャック」という看板歌手の肖像があった。
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