第十一話/§3 前準備-来訪お兄様-

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 イースト地区の店を回ったあと、サウス地区の店にも寄ったりして数時間。

 買い物が終わって帰るころにはすっかり夕暮れになっていた。

「っあーー楽しかったー」

 寮の前まで帰ってきたところでアチキがぐぅっと伸びをした。

 と、

「アチキ」

 前方から覚えのある声が聞こえてきた。

 足を止めて見てみると、頭に二本の触角の生えたきりっとした顔の青年――と、その三歩下がったところにウサギの耳のようなものが生えた青年が立っていた。

「げげっ!? お兄ちゃんなんでいるのよ」

 前者はアチキの兄、ソナタ・スペーシルドそのであった。

「おまえが勝手に進路を変えたからだろう」

「なんでそれを――」

 言って、そんなことを兄に伝える心当たりはひとりしかいないことに気がついた。

「なに? 今日はそれをとがめに来たわけ?」

「いや。報告をおこたったことは問題視しているが、進路を変えたこと自体を咎めるつもりはない」

「じゃあなんで……」

「問いただしたいのは養成学校での成績だ」

「げぇっ!?」

 それこそアチキがソナタに隠していたことだ。オールメーラでのアチキの成績と言えば武闘大会の入賞記録以外褒められたところがない。いや。この堅物エリートの兄は入賞ぐらいでは褒めすらしないだろう。それが耳に入ったとなればお小言は必至。

「オールメーラ養成学校は真面目にやっていれば三年で卒業できるはずだが」

「や、それはランクⅢとかⅣとかのクエストをこなせる徒の話で……」

「おまえの実力ならこなせたはずだ」

「あ、あのソナタさん。それは俺が足を引っ張ってたからで……」

「イッサか。久しいな。息災だったか?」

「あ、はい。お蔭さまで」

「君の成績も振るわなかったことは承知しているが、それと愚妹ぐまいの成績は関係なかったと考えている。すべては――」言いながらソナタは視線をアチキに戻す。「妹自身のやる気のなさが原因だ。チームメイトのミスをカバーし、引き上げるくらいでなくてなんとする。それがなんだあの怠慢たいまんに怠慢を重ねたような成績は。おまえは怠惰たいだな時間を過ごしたいがためにメシエにまで来たのか。スペーシルドの人間として褒められた行動をしようとは思わなかったのか」

「そのくらいにしてもらえますか」

 ソナタとアチキの間にハドが割って入った。

 ハドとソナタ、ふたりの鋭い眼がぶつかり合う。

「アチキは非難されなければいけないようなことはしていません。ただ「楽しい」ことのみしていただけです」

「ハ、ハド? それフォローになってない……」

「ハド・ペルセポネ君だな。話は聞いている。その実力も、妹が卒業間際に高難易度のクエストを完遂できたのは君の功績だということも……進路を変えたのが君の影響だろうこともな」

「…………」

「今日一日、動向を観察させてもらった」

「はっ!?」とはアチキ。

「やはりあなた方でしたか」

「えっ、ハドは気づいてたの!?」

「誰かがあとをつけているのには気づいていました。敵意は感じなかったので放置していましたが」

「えーー、教えてよ。――てか、兄貴はなに尾行なんかしてくれちゃってんのよ!」

「おまえの生活態度を一度見ておこうと思ってな。おまえは昔からスペーシルドの名を負っている自覚にとぼしかったからな。……それと、ハド・ペルセポネという徒を、この目で確かめておきたかった」

「…………」

「結果、アチキは彼女の傍にいることでいい影響を受けると確信した」

「!」

「不可視化装置を使用している我々にも気づいたことから実力が噂にたがわぬことは推察できる。さらに立ち居振る舞いは一般の出とは思えぬほどだ。正直アチキに爪のあかを煎じて飲ませてやりたい」

「ちょっと!」

「それに、妹は君が傍にいると何事も「楽しく」なるようだからな」

 アチキはしばしソナタの言葉を反芻はんすうする。

「っ! それじゃああたしがハドのこと大好きみたいじゃないの!!」

 の!!――の!!――の!!――と、わずかの間、アチキの声が反響しているようだった。

 と、ハドが、

「……大好きじゃないんですか?」

「へっ!? や、そういうことじゃなくて……」

(そこ、いちゃつかないでくださーい)

 心の中でだが、イッサはツッコまずにいられなかった。

 すると、ずっとソナタの後ろに控えていたウサ耳の青年――ソナタの執事だ――が、

「ソナタさま、そろそろお時間です」

「うむ。――今日のところは帰るが、また近いうちに来るからな」

「来なくていい!」

 そのままソナタたちは本館の方向へ去っていった。

「まったく……。あとでステラをとっちめてやんなくちゃ」

「ステラ?」

「ああ、ハド会ったことなかったっけ。ステラはあたしの専属メイド」

「……あの、さきほどから思っていたのですが、アチキの実家は名家かなにかなのですか?」

「名家っていうか……」イッサは横目でアチキを見る。

「ハドには言ったことなかったっけ。あたしの家、宇宙警察の総本山なのよ。お父さんがそこの元締め」

「宇宙警察とは……?」

「あー、あのねハドさん。警察っていうのは守護者みたいなものらしくって、宇宙警察っていうのは宇宙全体を守るガーディみたいなもので、アチキのお父さんはそのマスターで、つまりその、アチキは“宇宙一のお嬢さまっ!”なんだ……」

「…………」

 このときのハドの顔が想像できるだろうか。

 それはまさに、「開いた口が塞がらない」であった。


「そうだ、これ、アカちゃん――あたしたちの担任だった徒からハドにって」

「なんですか?」

「あたしたちの面倒を看てくれた&これからも看てもらうことに対してのお礼とお詫びだそうよ」

「それは、お礼にうかがわないといけませんね」

「いいっていいって。お礼のお礼になっちゃうわよ」

「あ、それなら俺これから先生のところに制服返しに行くから伝えておくよ」

「そうですか。――そういえば、自分もふたりに渡したい物があるんです」

「え? なになに?」

 ハドはかごの底から小さな箱と包みを取り出した。

 箱をイッサに、包みをアチキに差し出す。

「卒業と入団祝いです」

「えーありがとう! 開けていい?」

「どうぞ」

 アチキが包みを開けると、中には獅子の型押しがされたホルスターとポーチが入っていた。

「おーっ! これベルトに合うように作ってくれたの?」

「はい」

「うれしー! ホルスターも合うやつが欲しいと思ってたんだー。絶対使うわ」

「気に入っていただけてよかったです」

「イッサも開けてみてよ」

「うん……………………これは……」

 イッサが箱を開けると、黒いが透明感のある石のまった装飾品が二つ収まっていた。よく見ると台座の底には獅子があしらわれている。

「カフスボタンです。よければ使ってください。『精霊の揺り籠』を使っているので、きっとイッサの助けになると思います」

「『精霊の揺り籠』って?」横からアチキが尋ねる。

「ヘケルの力を高めると云われる石です。常に、というわけではないそうですが、ガーディの多くの方は身につけているそうですよ。アサギ兄さんとシャオも着けています」

「…………ありがとう。大切に使うよ」

 イッサの表情を見て、ハドは微笑を返したのだった。


 その頃、本館前。

 ソナタたちが戻ってくると、徒だかりができ、ざわざわとその中心にある物を珍しそうに見ていた。

 その中心にある物こそは、ソナタたちが乗ってきたサイドカー付きのバイクである。

 メシエには存在しない乗り物だ。アチキに気づかれる可能性も考え、不可視化装置を作動させておいたはずなのだが、どこかの橙頭の徒がぶつかったついでに殴りつけた衝撃で解除されてしまっていたのだった。

「止める場所を誤ったな」

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