第十一話/§2 前準備-訪問ファミリー-
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アチキ、イッサ、ハドの三名はガーディ本部を出発し、イースト地区へ向かう乗合馬車に乗った。
ちら、と、イッサはハドの左手に目をやった。白い
ハーフグローブも黒いためすぐには気づかなかったが、ふとした拍子にそれが手袋の一部ではないと判った。
会ったときのハドはいつも
(どうしよう……どうして左手だけ黒いのかって、訊いてもいい話なのかな……?)
悩みながらも気になってちらちら見ていたものだから、隣に座っていたアチキに気づかれたらしい。
「どしたのイッサ。さっきからハドの方見て。そんなにシャオ・エンティ特製のパイ食べたい?」
「いや、パイを見てたわけじゃなくて……その、ハドさんの左手が……気になって……」
「ああ、イッサは見たことなかったっけ。子どもの頃に移植したらしいわよ」
「あ、そうなんだ……。アチキはいつのまに知ってたの?」
「一緒に大浴場入ったとき」
「浴……!?」
(いつのまにか一緒にお風呂に入る仲にまで進展している)
馬車を停留所で降り、三
ハドの両親は工房街で店をやっており、婦女服に紳士靴、と、おかしな組み合わせの看板を出している。
その看板の掛かった建物が見えてくるとハドが指差し「あそこです」と示した。
すると工房の扉が勢いよく開き、中から現れた徒は迷いなくこちらを見やると、間髪入れず駆けてきて――
「姉さーーんっ!」
とハドに抱きついた。
「姉さん!?」
アチキとイッサが驚きに目を見張っていると、ハドが
「アル、大きくなりましたね。――紹介します。弟のアルフォンスです」
紹介された少年が振り向いた。灰色の虹彩のどちらかというと垂れた目で、ハドとはあまり似ていない。
「姉さんの友達?」
「ええ」
少年はにこりと笑みを向け、
「はじめまして、姉さんの弟のリト・アルフォンスです。姉さんがいつもお世話になってまーす」
言いながらリトはハドにぴとりとくっついたままだ。会って間もないが、顔立ちだけでなく性格もハドとは似ていないことが
「はじめまして、こちらこそお姉さんにはお世話になってます」
と、イッサが軽く
「ハドに弟がいたなんて驚きだわ」
「この子が生まれる前に実家を離れたので一緒に暮らしたことはないんですが。あと実兄もひとりいますよ」
「へぇ、じゃあハドは真ん中っ子か。なんかわかるかも」
「ねぇ姉さん。今日は家に帰って来たんだよね? 泊まってく?」
「いえ、今日は父さんと母さんの顔を見るだけで。しばらくセントラルを離れるので」
「え~残念だなぁ。せめてゆっくりしてくよね?」
「すみません。このあと兄さんのところにも顔を出すつもりなので、それほどは……」
申し訳なさそうに言うハドの顔をリトはじぃっと見つめ返している。
「頂き物のベリーパイを持ってきたので、お茶くらいなら」
「やった!」
ぱっと笑顔に戻ったリトは「早く早くー」と、ハドの手を引いて工房へ駆け出した。
するとアチキはイッサにだけ聞こえるように、
「今の巧みな表情変化見た!? ハドすら丸め込むなんて、ありゃ恐ろしい子だわよ!」
そんなことを言われているとはつゆ知らず。リトは工房の扉を開けると中に向かって呼び掛けた。
「父さん母さん、姉さんが帰ってきたよ!」
アチキとイッサが続いて工房を覗いたときには、ちょうどハドを両親が出迎えたところだった。
「まあペル! おかえりなさい」
初めに出迎えたのはハドの母――リグ・デメテル。リトと同じ灰色の髪と目で、顔立ちもリトによく似た、ふんわりした印象の女性だ。
「ペル、おかえり」
続いて出迎えたのが藍髪の男性――父のパーム・パヴェルだ。優し気な印象だが、眼鏡の奥の目はハドよりもきつい吊り目だ。
ハドが帰ってきたことで営業中だったはずの工房はすぐさまお茶の時間に切り替わった。
切り分けたベリーパイと紅茶がそれぞれの前に一つずつ並び、加えてマドレーヌにクッキー、メレンゲ菓子と、花が生けられた花瓶とで丸いテーブルはいっぱいになっている。
「――ふたりも【レオ】に入団が決まっているとのことだけど、卒業はまだなのかい?」
隣に座っているイッサに対し、パヴェルが質問した。イッサの制服姿を見てそう思ったのだろう。
「あっいえ、卒業はしたんですけど私服を持っていなくて、まだ制服を返せていないんです。これから古着屋で
「それなら自分のを持って行くといいよ」
「えっ!?」
「古着屋で買っても、洗濯や直しで早くても今日の夜までは着られないだろうから。自分の物なら丈を詰めるくらいですぐ着られると思うよ」
「いやでもそんな、悪いですよ」
「気にしないで。妻や娘が贈ってくれるから、こう見えても服持ちなんだ。こんなおじさんのお古は嫌だというなら別だけど」
「そんなとんでもないです! あっ、でも贈った奥さんやハドさんは……」
イッサはハドとデメテルに目を向けた。
「なにも問題ありません」
「わたしも。新しい服を贈る口実ができてむしろ嬉しいわ」
「それじゃあ……お言葉に甘えさせていただきます」
「はい。二階にあるから付いて来て」
パヴェルに付いてイッサが席を立つと、アチキはデメテルに話し掛けた。
「ママさんがパパさんに贈ってる服って手作り?」
「そうよ」
「仕事でも服作ってるのに旦那さんにもって、大変じゃない?」
「んふふ、全然。仕立ても好きだから仕事にしているけど、夫や子どもたちに作る方が大事だもの」
「えっ、そうなの?」
「わたしたちドフフはね、作った物を贈ることで愛情表現をするの。親愛や友愛も含めてね。だから最愛の家族には作らずにいられないの」
「へぇ……」
(そういえばハド、あたしとかイッサに服作りたいって……)
「照れるじゃんか」と、アチキはハドを肘で
「はい?」
そうこうしているとパヴェルとイッサが戻ってきた。イッサは手に貰った服を掛けている。
するとデメテルが立ち上がり、パヴェルと軽いやりとりをすると服を受け取って直しを始めた。
イッサがパヴェルと共に席に戻り、お菓子をいただいている
イッサは服を受け取りお礼を言うと、デメテルに
少しして戻ってきたイッサはシャツにベスト、丈を詰めてもらったばかりのスラックスを履いている。少し大きかったシャツとベストは
「よく似合ってますよイッサ」
「うん。すっごい街に溶け込みそう」
「えっとハドさんありがとう。それでアチキのは褒めてないよね?」
その後も談笑は続き――
「――そういえばハドの家族ってみんなセカンドネームで呼び合ってるよね」
「同族間ではそうですね。ファーストネームは同じ名前を付けることが多いので。自分もファーストネームは父方の祖母と同じなんですよ」
「へぇそうなんだ。じゃあ、あたしもセカンドネームで呼んだ方がよかったりする?」
「いえ。今まで通りで問題ないですよ」
「ねぇ、姉さんとお姉さんたちって一緒にクエスト行ったりしたの?」
「お姉さんとはいい響きだわね。行った行った」
「どんなクエスト? 聴かせて聴かせて!」
「ふっふー、聴かせてあげましょう。ハドとパーティを組むことになって初めて行ったのがランクⅣのクエストでね――」
アチキはフィッシュヘッドやリヴァイアサンと遭遇してしまったときのことを語って聞かせた。アチキの語り口はスペクタクルなアドベンチャーを話しているようで、事実よりオーバーに思えるものだったが、実際には脚色をしていないのが凄いところだった。
リトのおねだりで、アチキはさらにヂーコスチの捜索クエストを受けてからの話も始めた。
リトがきらきらした目で聴き入っている中、ハドは窓の方をみつめていた。
その様子に気づいたイッサが、
「ハドさんどうかしたの?」
「……いえ。放っておいても大丈夫だと思います」
「?」
ハドが見ていた窓の外。そこでは誰の姿もないのにこそこそ声が交わされていた。
「わたくしどもの存在に気づいたようですね」
「不可視化装置は正常に作動している。装置の影響を受けない光線などの要因により視覚で
「この場はどういたしますか?」
「対象がアクションを起こしてこない限り続行する」
「承知いたしました」
この徒たちの正体はあとでわかるとして、中に場面を戻そう。
アチキの語りが終わると、リトはきらっきらした表情で、
「わぁあっ、さすが姉さん! 優勝しただけでもすごいのに同時に事件まで解決しちゃったなんて」
と拍手
「リトってほんとハドが好きなのね。でも、一緒に暮らしたことないんでしょ?」
「だって姉さんだよ!? 綺麗でかっこよくて優しくて家族想いでおまけに強くて、憧れるし誇りに思わないほうがおかしいよ」
「そりゃそうかも」
「あっ、そうだ姉さん。年が変わる前に驚くことがあるからね」
「?」
「あらアル。まだペルには言わないの?」
「うん秘密。母さんも父さんも内緒だからね」
なにやら気になる話だが、リトも両親も笑っているのでいい話のようだ。
「楽しみにしてますね」
「うんっ!」
紅茶一杯ほどのつもりがすっかり長居してしまったが、工房をあとにした三徒は続いてハドの兄が勤めているという工房へ向かった。
ハドとは二回りほど歳が離れていて、実家を出て下宿をしながら働いているのだという。
着いたのはドワーフが
ハドが呼んでもらうと奥からひとりの青年が現れた。
「やあペル。どうしたんだい?」
「しばらくセントラルを離れるので、兄さんの顔を見ておこうかと」
「そうか。またしばらく会えなくなるんだね。そちらは?」
「オールメーラでパーティを組んでいたアチキとイッサです。【レオ】でも一緒で」
「そうか。――はじめまして。ミド・グリムです。妹と仲良くしてくれているみたいで、ありがとう」
その微笑みはアチキに衝撃を与えた。
(王子やん……! めっちゃ王子やん……!)
当然のように整った容姿。柔らかな目元に穏やかながら品のある雰囲気。
アチキが固まっている間にイッサが「こちらこそ妹さんにはお世話になって……っ!」的な挨拶を済ませていた。
するとグリムがアチキに目を向けたので、アチキはびくっと肩を揺らして、慌てて視線を
「あ、あーここって
「いや、俺は革
「へぇー、そうなんだ」
「そういえばアチキが
「えっ!?」
アチキは横目でグリムの顔を見る。
するとグリムは、
「そうか、君のところへ行っていたのか。……嬉しいな」
極上スマイル。
「ぐはっ」
アチキは胸にどぎついものを食らった。
震える手をイッサの方へ伸ばし、
「……イッサ……ちょっと顔見せて」
「え、なに急に」
戸惑うイッサの顔をしばし凝視するアチキ。
「ふぅ。ありがとう。落ち着いたわ」
「ねぇ、それ絶対失礼な理由だよね?」
「兄さん、相変わらず罪作りですね」
「ん?」
グリムと別れて歩き出すと、アチキは少し疲れたように胸を撫で下ろした。
(はぁ、危ない危ない。危うく惚れるところだったわ)
気を取り直して、ふと頭に浮かんだことをイッサに尋ねる。
「そういえばイッサは家族に会っとかなくて平気? 確か実家、
(家族……)
イッサは自分の家族のことを思い出した。しかし鮮明に思い出される前に自ら押し込めた。
「……大丈夫。十字宮っていっても会いに行くには遠いし、じいちゃんには手紙出しとくよ」
「そか。じゃあ次はいよいよ買い物ね。荷物持ち頼んだよイッサくん」
「はいはい」
と、イッサは苦笑を返した。
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