第四章 前準備

第十一話/§1 前準備-対面兄弟子ズ-

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 ニクスの職員室。アチキとイッサはふたり揃って呼び出されていた。

「アチキ・スペーシルド、イッサ・フォレスト。卒業おめでとう」

「「ありがとうございます!」」

 先日無事入団試験を終え、【レオ】への入団が決まったふたりはこの日とうとう卒業を迎えた。

 オールメーラの卒業は簡素なもので、大々的な式などは執り行われない。入学同様、卒業時期もばらばらなため、一々開くことができないのだ。制服と校章を返還し、担任の教師におめでとうと言われることで成立する。

「まだまだ卒業は先だと思っていたが、迎えてみれば早いものだな」

「なになにアカちゃん、さみしいの?」

「冗談を言え。重たい荷物が下りてすがすがしい気分だ。しばらくは休暇を取ってバカンスにでも行きたいくらいだ」

「アカちゃんがバカンス! 似合わなぁ~い」

 本当におかしかったらしく、アチキは腹を抱えてケラケラ笑っている。

「ちょっとアチキ、先生に悪いよ――っぷふ」

 ニクスに「バカンス」という言葉があまりに不釣り合いだったので、アチキをなだめるつもりがイッサまで噴き出してしまった。

「ほぅ。おまえたち、笑っていていいのか?」ニクスは机の下からリボンの付いた箱を取り出し軽く振った。

 ふたりはぴたりと動きを止め、ニクスの持っている箱を凝視した。

「それってもしかして……」

「わたしからの個徒こと的な卒業祝いだ」

「ニクス先生様、笑ってごめんなさい」

「ごめんなさい」

 アチキ、イッサ共に頭を下げた。ただし、両手を前に差し出し「ください」のポーズだ。

「正直で結構」

 言って、ニクスはふたりの手に箱を置いた。

「ありがとうアカちゃん!」

「ありがとうございます」

「ただの万年筆だがな。それともう一つ」

 ニクスはもう一箱、ふたりに渡した物とは別に取り出した。

「それは?」

「〈無敗の女王〉に渡してくれ。おまえたちが世話になった礼だ」

「へぇ、アカちゃんって結構気遣いの徒だったんだねぇ」

「落ちこぼれの生徒を短期間で卒業させてもらったんだぞ? これでは足りないくらいだ。はぁ。さらに卒業後まで面倒をかけることになるとは……」ニクスは悩まし気に頭を振る。「〈無敗の女王〉には一生頭が上がりそうにないな」

「最後まで失礼だなぁ。これでも実力で試験をパスして入団したんだからね?」

「わかってるよ。で、今日はこれからどうするんだ? すぐに【レオ】と合流するのか?」

「ううん。セントラルを離れる前の準備期間があんの。あたしはこれからハドと買い物の約束があるんだー」

「ほぅ。〈無敗の女王〉とずいぶん親しくなったんだな」

「今やマブダチと言っても過言じゃないわよ」

「おまえたちの気がそれほど合うとは驚きだな」

「なあに、信じられないって?」

「いや――」

 そのとき、ふたりは初めてニクスの微笑を見た気がした。

「買い物、楽しめよ」


 ニクスの職員室を後にし、寮のそばまで戻ってきたアチキとイッサはぴたりと歩を止めた。

 寮の前には私服姿のハド――今日は白を基調とした体のラインが出るワンピースに、膝上まである黒のロングブーツを履いている――ともうふたり、覚えのある徒が話をしているところだった。

 するとハドがこちらに気づき、話していた相手に断りを入れて駆け寄ってきた。

「ふたりとも、式は終わったんですか?」

「うん……」

「ちょうどいいので紹介します」

 ハドが後ろを振り返ると先程の話し相手がやって来ていた。ひとりはすらりとした長身で、涼やかな水色の長髪の青年。もうひとりはマフラーと橙色の前髪であまり顔が窺えない青年。

「兄弟子のアサギ兄さんとシャオです」

 アチキとイッサは啞然としているが、その心中はふたり揃って「ええ、知っていますとも」であった。

 続けてハドはアサギとシャオに向けてふたりを紹介する。

「こちらは同じ【レオ】で働くことになったアチキとイッサです」

「はじめまして。アサギ・ウンディニオンです」

「…………」

 シャオが続かないので、アサギは「ほらシャオも」と肘で小突いた。

「……シャオ・エンティだ」

「はじめましてー、アチキ・スペーシルドです。よろしく」

「イ、イッサ・フォレストです。はじめましてっ」

「あ、スペーシルドさんってインビエルノのとき観戦席から闘技場に飛び降りてった子?」

「そうです」とはハド。

「あのとき僕たちも観戦席にいたんだけど、ハドにああいうこと言う徒珍しいから、驚いたっていうか感心したっていうか」

「ああ、あのバーカとか冷淡女とか言ってたやつか」

「っふ……ちょ、シャオが言うと笑いそうになるから止めて」

「あたしってもしかして有名?」と、アチキはイッサに尋ねた。

「かなり目立ってたとは思うよ」

「あ、悪い意味じゃなくてね、ハドってオールメーラに友達いないみたいで心配してたから、いい友達ができたみたいでよかったなって思ってたんだよ。これからもハドのことよろしくね」

「おっまかせ!」

「いい友達って、おまえそれ嫌味じゃねぇのか」

「違うよ。シャオこそさっきからそっぽ向いて、態度悪いんじゃない」

「ふんっ」

「シャオは徒見知りで不愛想なので、気にしないでください」

 ハドはアチキとイッサにフォローを入れる。

「おまえ、それが兄弟子に対する言葉か」

「あと口が悪いのは素です」

「ぶふっ」とアサギが噴き出した。

「……おまえら燃やすぞ」

「なんかふたりともすごい話しか聞かないからもっとスマートな徒かと思ってたけど、意外と親しみやすい感じなのね。そういえばなんでアサギさんだけ兄さん呼びなの?」

 一瞬間を置いて、「ふっ」と今度はハドが噴き出した。

「え、なに、今の笑うとこ?」

 アチキが尋ねると、ハドはくつくつと肩を震わせながら「すみませ……思い出し笑いが……っ。シャオが兄さんなんて寒気がするって……アチキも同じようなことを言っていたので」

 アチキとシャオは顔を見合わせた。そしてお互い「なんか気に食わね~!」と思っていた。

 するとアサギが、

「じゃあ、僕たちはそろそろ戻るよ」

「あっ、用事があったんじゃ……」

「セントラルを離れるっていうから、その前にハドに会いに来ただけなんだ。だから大丈夫だよ。フォレストさんもハドのことよろしくね。いろんな意味で常識外れなところがある子だから、振り回しちゃうかもしれないけど」

「は、はいっ」

 そうして兄弟子たちは去っていった。

「ねえハド、そのかごなに? さっきからいい匂いする」

 アチキはハドが持っている籠を指差した。

「ベリーパイですよ。シャオが餞別せんべつにって焼いてくれたんです」

「あっはは! あの徒パイとか焼くの!? いがーい!」

 アチキは腹を抱え、涙がにじむほど笑っている。

「お祝いのときにはよく焼いてくれますよ」

「へー、ハドには優しいんだ」くっ、くっ、と、アチキはまだ笑いがおさまらない様子だ。

「シャオは元より優しいですよ」

 シャオが聞いていたら恥ずかしさで怒鳴りつけそうな言葉である。

「ところで、アチキのその衣装はコスモの物ですか?」

「そうだよ」

 コスモとはアチキの故郷――宇宙都市コスモのことである。

 コスモはメシエにある地名ではなく、メシエの属する惑星系域に停滞している、巨岩を土台に造られた超巨大都市だ。星ではなく、なにかというと宇宙船に近い物になる。アチキはそこからの留学生だったのだ。

「メシエでは見ない素材ですね。よければあとでじっくり見せていただけますか?」

 はたからはわかりづらいが、ハドにしては興奮した様子だ。

「いいよ~。なんなら他のも部屋にあるし」

「ありがとうございます!」

(おぉーっ、ハドさんが嬉々としている……。服好きなのかな?)

「あ、服と言えばさ、のみの市で交換してもらったベルト。合わせる服どうしようか悩んでるんだよね。仕事始まったらおろそうと思ってたんだけど、【レオ】って制服あってないようなもんじゃん?」

【レオ】含むゾディアックでは、もとの型が同じ共通の制服が支給される。しかしこれは必須とされる場面でない限り着る必要はないとしている。

 基本的にデザインは問わず、背や腕など判りやすいところに所属の紋章、えりか胸に等級バッジを付けていればいい。

 また前述の条件を満たさない服、恰好でも、腕か腰に所属証を付けていれば良しとされる。

 多少の制約はあるが、おおむね好きな服が着られるというわけだ。

 以前の【レオ】には仕立てを担当する者がいたのだが、今はいない。アチキたちの共通デザインの制服はガーディの仕立師がってくれることになっているが、他の服を着て仕事をしたい場合、私服以外にないということだ。

「手持ちの服だとどれもいまいち合わなくてさ~。違和感あるっていうか」

(それを言うならオールメーラのときのスプーンとか光線銃のほうが違和感あ――……いや、黙っておこう)

「ベルト自体は気に入ってるし使いたいんだけどさ」

「でしたら自分に仕立てさせてもらえませんか?」

「えっ、いいの?」

「ぜひ」

「じゃあ頼もっかな――……あれ、でも制服だと仕立てるのに資格がいるんじゃなかったっけ? 紋章の刺繍ししゅうはなしでってこと?」

 図柄の間違いやなりすまし防止のため、紋章の刺繍はゾディアックが認めた者がほどこしたものでなければ制服として認めないとされている。

「先日資格を取得したので紋章も入れられますよ」目を光らせ、ハドにしては珍しい誇らしげな表情だ。

「へーすごいじゃん!」

「資格取得って、ハドさんって仕立てもできるの?」

「服とか小物とか、ほとんど自作してんだって」

「へぇー」

「手持ちは半々くらいですが」

「アチキはいつそのこと知ったの?」

「ハドの部屋に遊びに行ったとき」

(知らないうちに仲が進展している)

「そういえば、卒業の際には制服を返却することになっていたはずですが、イッサは何故まだ制服なんですか?」

「あ、俺寝間着くらいしか私服持ってなくて、このあと適当に調達してから改めて返すことになってて……」

 在学中は制服だけでも事足りるため、おしゃれに興味のない生徒にはよくある話である。

「イッサは衣服にあまりこだわりがないということですか?」

「ん? まあ、強いて言うなら無難な方が……ってくらいで……」

 イッサはハドの目を見た。

 その目は嬉々としてイッサにえられていた。

「よければ自分に任せてもらえませんか」

「っ……」

 イッサが断れるはずもない。

「……よろしく、お願いします」


 一方その頃、アサギとシャオは本館に向かって歩いていた。

 すると突然シャオが、

「ぬおっ!?」

 なにもないはずのところでつまずき転んだ。

「ちょっとシャオ大丈夫?」

「ってぇ」

 シャオは妙なうつ伏せの格好になっている。

「……シャオ、なんか浮いてない……?」

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