金獅子の手紙

 長々と挨拶を書くのは好かんので、省く。

 本題に入る前に注意しておく。この手紙はひとりで読め。誰にも明かすな。まさか他者に読み上げさせていたりしないだろうな? 例外として、ハド・ペルセポネを指導している者であれば開示することを許す。ただし、数は最小限にだ。読み終えたらこの手紙は焼却するなり、飲み込むなりして処分しろ。いいか、必ず守れ。これはおまえの弟子の命に関わることだ。


 この手紙を読んでいるということは、おまえはハド・ペルセポネの身に黒い炎のようなものが纏わりついたのを目にしているはずだ。弟子入りから少なからぬ時が経ち、拭えぬ情が湧いている頃であることを期待する。

 あれの正体は「精霊」だ。

 詳細は俺もわかっていない。俺が知る限り、前例はひとりしかおらず、調査する前に死亡している。発生条件等を断定するには対象が少なすぎるわけだ。

 現状で判明しているのは、ハド・ペルセポネが涙や血を流したとき、あれが現れるということ。検証したわけではないため、別の条件も考えられるが。

 もう一つ、あれがもたらす作用についてだが、これは発生条件以上に不明瞭で未知のところが大きい。ハド・ペルセポネが怪我をして発生した場合、傷を治しているように見えるが、種族的特徴を考えると精霊に因るものかは疑問である。

 ガーディなら『精霊の揺り籠』を知っているだろう。ヘケルの力を向上させるあの道具だ。これは憶測だが、同様の作用を持っていると考えられる。

 弟子があれを宿した身であると知られるな。あれを他者の目に触れさせるな。

 少なくとも、弟子が己の身を守れるだけの強さを身につけるまでは絶対にだ。

 知られれば、「」が群れを成して飲み込みに来るだろう。


 師として預かっているからには、イーリス――いや、ドフフで通っているか――について、ガーディ本部あたりに資料請求したことと思う。故に、イーリスが如何な種族特性を持っているかは既知のことだろう。

 おまえに師として頼みたいのは、経験を積ませることだ。実践的なものが望ましい。

 イーリスは初めて武器を持たせても熟練者並みに戦える。しかし、その本能だけで経験を補いきれるものではない。「できる」という認識を無意識に染み込ませろ。

 積ませるものは戦闘に限る必要はない。様々な者から様々な経験を得ろ。なにが活きるかわからんからな。


 以上の内容で不明なことがあっても、返信は書くな。盗み見られる可能性があるからではない。俺が返信を書くのが面倒だからだ。

 言いたいこと、訊きたいことがあるなら直接会いに来い。俺の居場所はおまえのマスターであるクリス・テオロ・ブルーアンジュか、その側近、ヒューガ・アオイという男に尋ねればわかる。


 ――クラウド・フェニング

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