第四話/後 インビエルノ
インビエルノは一対一のトーナメント制。制限時間は基本ないのだが、昔、なかなか決着がつかず七日間も戦い続けた
開催期間は参加者数や試合にかかった時間によって前後するが、
勝利条件は相手を制圧すること。拘束したり次の手を打てなくしたり、負けを認めさせるのでもいい。
守護者は一般住民を相手にすることが多い。守護者養成学校の大会であるから、「対象に傷を負わせることなく事態を鎮圧する」、実務を想定した勝ち方が望まれる。
故に本来なら、必要以上に相手を痛めつけた者は失格になる。
前回大会で優勝していても、予選が免除されたりシードに配置されたりしない。むしろ強者ほど試合数が多くなるように組まれている。よってハドも予選から出場する。
昼休憩を挿んで午後の部、最初の試合。
ハドが闘技場に現れると午前の部の空気が吹き飛び、歓声が沸いた。
ハドは大会に合わせてか、いつもと違う格好をしている。腰に佩いた三刀はいつも通りだが、左腕には初めて見る、紫の光沢を放つ籠手をしており、膝から下に揃いの足甲も着けている。いつも以上に凛々しい姿だ。
「やっと出て来たわね。イッサ入退場口まわるわよ! とっちめてやるんだから」
アチキは武闘大会の広告を見てからずっとハドを問い詰めると言ってきかなかった。卒業までの用事ができたからパーティを抜けるという話だったのに、武闘大会に出場するというではないか。アチキは裏切られた気持ちになった。
それから今日までハドを捜し回っていたのだが、これがまったく捕まらず。こうなったら試合後突撃してやる! と、いうことになったのだった。
「ほらイッサ、早く早く」
「そんな押さないで」
闘技場から目を離した一瞬。どさっと音のした直後歓声がぴたりと止み、ふたりは闘技場に視線を戻す。
すると、ハドの対戦相手がうつ伏せに倒れていた。ほんの数秒で、試合は決着していた。
ハドの勝利を報せる鐘が鳴り、呆気にとられていた観衆がふたたび歓声を上げる。
「うそ、もう終わったの?」
決定的瞬間を見逃したアチキは呆然と呟いた。
その
「っ」
このままでは間に合わないと思ったアチキは他の観客を押し退け、なんと闘技場に飛び降りた。
「ええ!? アチキ!」
イッサが止めようとするも時すでに遅く、アチキはハドに向かって闘技場を駆けていた。
「ハド!」
退場口の手前でハドは足を止め振り返った。
「あいさつもなしにパーティ抜けるってどういうこと!?」
「アチキ……今は大会中ですよ」
「そんなの関係ないわよ! 呼び出されたときなんか言われたの? 用事ってなに? そのくせ武闘大会には出てるってどういうこと!?」
「……話せることはなにもありません」
「なによ……っ、ハドのぶぁあか! 冷淡女!」
ハドは微かに揺るぐこともなく、退場口に落ちる影に紛れていった。
観戦席に戻ったアチキはとても不機嫌だった。
「ハドのぶぁあか! 冷淡女!」と言っているのは観戦席に居たイッサにも聞き取れたため、どうやらハドと喧嘩したらしいということは察せた。
どうしてそうなったのか尋ねることができないまま、イッサは続く試合を意識散漫で観戦した。
本日中の試合が終わり、観戦席から
「アチキ、試合終わったよ。俺たちも帰ろう」
「…………」
黙っていたかと思うとやにわに立ち上がり、
「えぇい! 大会中で話せないってんなら終わってからじっくり聴いてやろうじゃないの! お腹空いた。食堂行こう」
心臓がばくばくいっているのを感じつつ、イッサはアチキのあとに続いていった。
全日チケットをもらっていたアチキとイッサは翌日以後の試合も観戦した。
そのうち特筆すべき試合は二者のものに絞られた。ハドとフードの男のものだ。
フードの男は二日目以後の試合にもコウカ・フエゴとして闘技場に現れ続けた。
男の試合は酷いものだった。会場がしんと静まり返り、空気も冷え込むようだった。
フードの男は対戦相手をことごとく
相手が女であろうと容赦なく。男と当たった生徒はみな担架で運ばれていった。
それでも運営が男に忠告すらしないのは、初戦と変わらなかった。
一方ハドの試合は対戦相手もハド自身も、負傷することがなかった。瞬く間にハドが相手を
いままでの武闘大会でハドがここまで徹底的な戦い方をしたことはなく、観衆はその様に鬼気迫るものを感じていた。
そうして勝ち進んだハドとフードの男による決勝戦が、始まろうとしている。
3
インビエルノ決勝戦。第十二ノ月が終わろうとしているこの日、淡い青色だった空は、もうほとんど雲との境が判らないほど、白に変じている。それでも光量で晴れているのか曇っているのかすぐに判る。
今はきっと曇っている。雪が降ってくるかもしれない。だって、視界がこんなに暗くて、凍えそうなほど寒いのだから。
無傷のフードの男が直立している。
その前方で、傷だらけのハドが膝をついていた。
ハドは天を仰いだまま、微動だにしていない。
闘技場は静まりかえり、観衆の顔には涙と恐怖が滲んでいる。
まるで現実感がない。全身が受け入れることを拒んでいる。
イッサはいっそのこと目を閉じてしまおうかと思った。ハドが屈する姿など見たくなかった。
そのとき、隣の呟きが耳に届いた。
「まだ負けてない」
アチキは立ち上がり叫ぶ。
「負けるなハド!」
闘技場にアチキの声が響き渡った。
と、ハドの指先が動いた。
ハドの右手が刀の柄を固く握り直す。
アチキの声に感化されたのか、口を覆っていた観衆たちも声を取り戻す。
「そうだ、鐘はまだ鳴っていない」「ハド・ペルセポネ負けるな!」「勝って……!」
あちこちでハドを応援する声が上がる。
そのとき、
「どうなってんだよ」
地の底から響くような声。フードの男のものだった。
男は闘技場のどこかで見ている審判にも聞こえるよう、声を張り上げる。
「どうして鐘が鳴らないんだ! 相手は屈した。俺の勝ちだ。俺は大会を制した、そうだろう!?」
観衆は息を吞んでいた。フードの男のためではない。
「勝負は着いていません」
男が声の方を見た。すると、地に膝をついていたはずのハドが立ち上がっていた。
先程までと様子が違う。黒い
このような姿のハドを、観客のだれも見たことがなかった。「それ」が現れるまで、ハドを追い詰めた者がいままでいなかったのだ。
瞬間、ハドが閃いた。
観衆が気づいたときにはハドの振るった刃が男のフードを切り裂いていた。
男の顔が露わになる。
その頭部をみとめた観衆が息を吞む。
男の頭部に毛髪は一本もなく、ただ、
そして、その顔にイッサは見覚えがあった。
「っ…………ヂーコスチ……」
確かに男はヂーコスチだった。
しかしハドに動揺した様子はない。
ヂーコスチが拳を放った。
ハドはそれを刀の腹で防いだ。身体が十数メートル後方――闘技場の端まで押しやられる。
防いだとはいえ衝撃だけで十分な威力。ハドはその場に手をついた。
ヂーコスチは放ったほうの拳を見つめ、数度開閉させた。しかしすぐにハドへ視線を戻す。
「おい。終わりか?」
ヂーコスチがハドに向かって歩を進める。
「だったら降参しろ。そうでもしないと、いつまで経っても鐘が鳴らない」
ハドは黙っている。
「……四肢を折ったらいいかげん諦めて鐘を鳴らすか……」
ヂーコスチが歩いてくる。
その者の足が闘技場の中央を過ぎたとき、ハドは呼んだ。進撃の号令をかけるように、高らかに、
「アルバ」
直後、地中から幾本もの鎖が現れ、ヂーコスチに巻き付いた。
「!?」
拘束されたヂーコスチの周りを更に鎖が覆っていく。
その者の姿が見えなくなり、怒号も遮断され――
ハドがゆっくりと立ち上がる。同時に体を包んでいた「それ」が消えていく。
しっかりと立ち上がったハドは、刀の切っ先を天に突き上げた。
鐘が鳴った。
ヂーコスチじゃない。ハドが勝利したことを報せる鐘の音が響き渡る。
会場が沸いた。
「勝った……! ハドが勝ったよイッサ!」
感極まったアチキが抱きついてきて身体を揺さぶる。
「うん!」
イッサも湧き上がるものを感じていた。
ハドが闘技場の中央に歩み出た。再び刀を掲げ、声を張る。
「ここに【レオ】の復活を宣言する。ハド・ペルセポネは【レオ】とともにあるぞ」
観衆が困惑する中、切っ先が指す中空に橙の炎が上がった。炎は獅子の紋章を描きだした。かつて、最強と謳われながら数十年前に活動を休止した、ゾディアックに連なる機関、【レオ】の紋章。
それを知る観衆は理解した。【レオ】の復活。ハド・ペルセポネが【レオ】に入団する。そして、〈無敗の女王〉の伝説は、まだ終わらない。
会場が再び沸いた。
それを以てハドは観衆に宣言が届いたと理解した。刀を下ろし、観戦席の一方に手を振る。アチキとイッサの方ではない。
イッサはその方向に目をやった。
認めた姿は、ガーディの制服に身を包んだ、橙色の髪の徒――シャオ・エンティと、その隣で手を振るアサギ・ウンディニオンだった。
ハドと自身との距離を遠く感じた。いや、実感した。
ハド・ペルセポネはいずれ英雄となり、語り継がれる存在になるだろう。
けれど、彼女の物語が紡がれるとき、そこにイッサ・フォレストという男が出てくることはない。
俺と彼女の時間は、一瞬、交差したにすぎないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます