第17話 妹との朝
「……ぅ」
小さく呻きながら目を開けると、窓から差し込む朝の陽光と共に知らない白い天井が見えた。普段の下宿先の木目が見える天井でも、執務室の花模様が描かれた天井でもない。
ここは……あぁ、そうか。
「女子寮だったか……」
僕は今、リシェナ様の護衛の任務を果たすために学園に通い、その寮にいるのだった。意識がはっきりしてくると同時に、自分の身体が男のものでないこともよく実感する。
胸はそこまでないようにしたけど、やっぱり男の状態とは違う柔らかさがある。……流石に自分のだから触っても問題ないよね??
髪も普段より長くて、邪魔。正直切りたいけど、それはできないんだよなぁ……。
溜息と共に諦め、枕元の時計を確認すると、まだ起きるには早い時間だった。
普段は朝の狙撃業務があるからもっと早く起きている。その生活リズムになれてしまっているからからか、遅くまで寝れずに起きちゃうんだよね。
その代わり、二度寝できるけど。
「早いけど、起きるか──」
後頭部を掻きながら身体を起こそうとし、違和感に気が付いた。
妙に身体が重い。具体的には、僕の腹部になにかがしがみついている感じだ。何だか温かくて、それでいて湿っている。
なんだ?と首を傾げながら布団を捲り──あぁ、と理解。
「ミリー……」
僕のお腹に貌を押し当てながら眠る妹の頭をそっと撫でる。
そうだ。昨日は一緒に寝てあげると言って、昔のように二人並んで眠ったんだった。昔とは違って、成長していたから寝相も悪くなかったし、僕は熟睡できた。
けど……この子はそういうわけにもいかなかったみたいだ。
ミリーの襟元を少し下げると、微かに赤く明滅を繰り返す首輪のような痣。僕にも以前まであった誓約の紋章。
この明滅が意味することは──即ちその効果の発動。
その証拠に、ミリーは僕にしがみつきながら涙を流している。寝巻が濡れているのはそのためだ。
辛いだろう。
魔力消耗症になっている時、身体はかなり酷い風邪を引いている時のようになる。今、ミリーは眠っているが、きっと絵に描いたような悪夢を見ていることだろう。
けど、現状僕にできることは何もない。
「頑張れ」
不甲斐ないけれど、こう声を掛け、手を握り、頭を撫でてやることしかできない。夢に干渉する魔法なんか使えないし、誓約を解くこともできない。
だから、気休めにしかならないけれど、僕はミリーが起きるまで、傍に居続けた。
誰かと一緒にいることで、苦痛が少ししでも和らげばと、そう思って。
◇
それから小一時間ほどでミリーは目を覚ました。
目覚めは控えめに言って、最低。
「…………」
「よしよし」
起きてからずっと無言で僕の膝を枕に動かないミリー。
僕の方が早起きとは言え、まだリシェナ様たちが起きて来るのは先だろう。誓約の悪夢でミリーは目覚めたようだし。
だから、今だけは全力で甘やかす。同じ辛い思いをしているからこそ、この子にはあんな思いはさせたくない。一人で心細いのは、なんだかんだ言って堪えるものだだから。
「……こんなに、キツイ、んだね」
「キツイよ。倦怠感に頭痛、吐き気もあるだろう?」
「うん」
「ただでさえ体調も悪いのに、そんな状態で一人になっていたらもっと辛い。精神的にね」
「……考えたくもない、かな」
「考えなくていいよ。私が傍にいてあげるから」
「お姉ちゃん……」
目元を潤ませて、ミリーは僕のお腹に顔を押し付けた。
「……できれば、元の姿で言ってほしかった。本人なのはわかってるけど、やっぱり私のよく知る姿で」
「別にいいよ?」
「いいの?」
「この姿は魔法で作り上げてるだけだし、一度作り上げた姿は魔法式に保存されるから、変わるのは凄く簡単なんだよ。今なら寝間着も男ものだし──解除」
僕が纏っている寝間着は普段から来ている上下黒の運動着のようなもの。これが一番寝心地がいいし、運動着だから襲撃の際でも動きやすい。
ということで、ミリーのお願いを聞き入れた僕は身体変化の魔法を解除し、元の姿へと戻る。
「はい、完りょ──ッ!?」
言葉の途中で首に衝撃が走った。
何が起きた?なんて言うまでもない。男の姿に戻った途端、ミリーが僕に飛びついたんだ。体調悪いのどこいったの?
「久しぶりの、お兄ちゃんだぁぁぁぁぁ」
「ちょっ、ギブ、首──」
僕の首にしがみつきながら、容赦なく締め上げて来る。
ちょっと、本当にやばい。完全に極まってる、これ!!
背中を叩いて離すように伝えると、少しだけ力が緩んだ。……これ、やめさせないと本当にいつか僕が死ぬ。
「あ、ごめんね」
「お前、体調悪いんじゃないの?」
「悪いよ。凄く悪い。いますぐに洗面台に胃液撒き散らしたいくらいには気持ち悪い」
「そ、そうか。辛いなら、僕のを──」
口を塞がれ、ミリーは首を振る。
「お兄ちゃんは王女様の護衛でしょ? だから、貰うわけにはいかないよ」
「……涎拭いてから言おうな」
口元から僅かに垂れる涎を親指で拭いてやり、そろそろとベッドから下りる。
足元に置かれた鞄の中から、液体の入った小瓶を一つと、緑のイヤリングを取り出した。
「一先ず、これを飲んでおきなさい」
「??なにこれ」
「魔力回復薬だ。少しは楽になる。それと、許可が出るまで洗面所には来ないように」
「ん、了解」
あっさりと承諾したミリーを置いて、僕は洗面所へ。
先ほど取り出したイヤリングを掌に置き、魔法を付与する。
付け加えるのは、無属性近距離初級魔法──音声阻害。
この魔法は本当に極僅かな妨害に使える程度で、実戦に使えることはほとんどない。使われている所と言えば、秘密の取引の際に使われる……のかな?詳しくは知らない。僕も使えるようになったのはつい最近だし。
効果は、装着した者に特定の言葉が聞こえなくなる、というもの。
込める言葉は当然、リシェナ様の名前だ。
「できた」
ものの数分で音声阻害のイヤリングを作り終え、足早にミリーの元へ。
「今日から、これをつけて生活しなさい」
「?プレゼント?」
「ある意味な。それをつけて過ごしていれば、王女殿下の名前が聞こえなくなる。だから、これ以上誓約が発動することはないはずだ」
「へぇ……これ、お兄ちゃんもつけてたの?」
「残念ながら。音声阻害の魔法も、使えるようになったのは最近だ。それに今となっては、僕には必要な──」
待てよ?
これを僕が殲滅兵室の皆の分を作って渡せば、誓約が発動する危険性がなくなるのでは??
「……天才的だ」
「??」
「いや、何でもない。とにかく、今後は王女殿下と行動することが多いから、それを絶対につけること」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
言って、早速装着する。
緑に光る宝石部分が煌めき、上品な美しさを生み出す。うん、ミリーにとても似合っている。
「似合ってるよ」
「へへ、久しぶりのプレゼントだ♪……ふぅ」
「っと」
突然倒れこんできたミリーを受け止めると、苦笑い。
「から元気じゃ、どうにもならないね」
「時間までゆっくりしてなさい」
もう一度ミリーを横たわらせ、僕は身体変化で女の子へ変身。
朝の紅茶を淹れながら、登校の時間になるのを待つことにした。
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