宮廷魔法士です。最近姫様からの視線が気になります。

安居院晃

プロローグ 1

プロローグ うちの姫様がジッと見つめてくるんですが

「おいレイズ。またお姫様に見られてるぞ」

「言われなくてもわかってますよ……エルトさん」


王宮の庭園に備え付けられたベンチ。同僚の男──エルトさんと並んで座りながら僕──レイズは溜息を零した。手にしていたお手製のサンドイッチを食べる手を止め、視線を中央の噴水へと向ける。

正確に言えば、噴水の側に隠れてこちらを見ている女性を。


「マジで何かしたのか?ここ一週間くらい、ずっと見つめられてない?」

「いや、一週間っていうか……」


数週間前からです。


「本当に、何で見つめられているのかわからないんですよ……。最近一番悩んでいることです」

「品行方正のレイズを憎く思うことなんてないと思うが……」


エルトさんは僕と同じようにサンドイッチを食べる手を止め、腕を組んでうーんと悩む仕草を作った。


「恨みを買うようなことでもしたか?」

「僕がですか?ありえませんよ。そもそも宮廷魔法士とはいえ、一平民と一国の王女様ですよ?王宮内で見かけることはあるとはいえ、それ以外で接点は皆無です」

「だよなぁ……」


原因がわからず、僕も再び溜息を吐いた。

エルトさんもパンパンと手を払い、水筒に入っていた紅茶を口に含む。僕が淹れてきてあげたものです。


「とはいえ、何も原因がないなんてことはないだろう。身分が違えば、見られるようになったきっかけがあるはずだろう?」

「きっかけ、ですか?」


上を向き、頭の中にある記憶を可能な限り呼び起こしてみる。

僕が王都に来てから今日までの行動や言動を、思いだせるだけ。

思い出せない分は仕方ないとして、結果は──。


「ないです」

「あん?」

「きっかけになるようなこと、僕の記憶には一切ないです」

「自分が忘れてるだけかもしれないぞ?」

「それこそないと思いますよ」


王女殿下との謁見などあろうものなら、僕は一生そのことを忘れない自信がある。まぁ確かに王宮勤めのため、姿を見かけることはあるけど、声をかけることもないし、失礼を働くようなことだって一切ない。

本当に、どうしてこんな状況になったんだろうか。


「あ、そうだ。いいことを思いついたぞ」


閃いた、みたいに人差し指を立て、ニヤッと笑みを浮かべるエルトさん。

付き合いも数カ月になったけど、彼がこうして笑みを浮かべているときは大抵変なことを考えているときだ。決して信用してはならない。

……一応聞いておきましょうか。期待はできないけど。


「なんですか?」

「本人に直接聞けばいいんだよ」


……??

何を言っているんだ?この人は。


「直接って……王女殿下にですか?」

「他に誰がいるんだよ」

「いやいやいや」


それはあまりにも無理難題だろう。確かに王宮内にいるとはいえ、あいそれと話しかけていいお方ではないのだ。もし機嫌を悪くでもしてしまったのなら、即刻僕の宮廷魔法士生活と共に、人生は終わりの鐘を告げることになるだろう。リアルに首が吹っ飛ぶ。物理的にも。

村から出てきたばかりなのに、そんなことになるのは避けたい。

それだけは絶対に嫌だ。


「運が強かったとはいえ、折角宮廷魔法士になれたんですから、ここで人生終わりなんて嫌ですよ。後輩の死期を早めるようなことは言わないでください」

「大丈夫だって。流石に話しかけただけで死刑にするような人は………いないから」

「なんですか今の間は」


ジトッとした視線を送ると、エルトさんは顔を逸して乾いた笑い声を上げた。


「いや、そういう奴がいないとも限らないなと思って。人間ってのは権力を持つと、意味のわからないことをしだすものだし」

「余計不安になりましたよ……まぁ、あの王女殿下がそんなことするとは思えませんがね。とてもお優しいと評判ですし」

「民衆からの人気も高いしな」


王女殿下はその美しい容姿、慈悲深くお優しい性格と、内外共に素晴らしいお方。彼女の存在もあって、王国の王室に対する評価は非常に高いのだ。


と、不意にこちらを見つめる王女殿下と目が合った。

互いに固まり、硬直状態に入る。しかし、こんな状況であっても僕は動く。

ぼうっと会釈もせずにいるのは不敬罪に当たるかもしれない。


相手は仮にも王女だ。不敬があっては僕の首が飛んでしまいかねない!

口元を綻ばせて、完全な営業スマイルを作り上げる。


「〜〜〜〜〜ッ!」


すると王女は顔を真っ赤に、口をパクパクさせて、背中を向けて颯爽と走り去ってしまった。

眩い銀の髪を靡かせて。


……そんなに顔を合わせるのが嫌だったのだろうか?


「あ、そういうこと?」


首を傾げる僕とは対象的に、エルトさんは「あーなるほどね、はいはいはい」と意味深な呟きをしていた。

そしてポンっと僕の肩を叩いた。


「なんですか?」

「お前……罪な奴だな」

「へ?」


ますますわけがわからない。が、エルトさんは謎の微笑みを浮かべてサムズアップ。そのままその場を立ち去ってしまった。


「……なんなの?」


最近の悩み&疑問。


お姫様が僕のことをジッと見つめてくること。

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