第2話 兄の仕事

 父が倒れた。


 その知らせを聞いたのは高校生の卒業式前だった。


 父は度重なるアンデットの群れの討伐に腰を痛めてしまっていた。重苦しい武器を持てなくなるまで懸命に働いてきた成果でもあり苦痛なき絶望でもあった。


「俺はまだやれる。やれるんだ!」


 悔しく悲しく、そして体がもう限界だと言っている前提で、まだやれるのだと必死に吠えている父の背中をただ、見つめ育ってきた俺は、父の仕事を引き継ぎたいと志願した。


 最初は父は否定的だった。


 無理もない、日中引きこもり、両親や兄弟にさえ顔を合わせる事なんて食事以外なかったからだ。


 父の誇りでもあり使命でもあった仕事は幼少期の頃から知っていた。


『父のようにあの背中を追っていきたい!』


 と、幼少期には父に威張ったものだ。


 扉の秘密を知ったのもそのころだった。


 中学生に上がり、ようやく許可をもらい、扉の先で仕事をこなすようになった。


 天性の才能か、仕事の内容はすぐに覚え、父でも体得できなかった技術や魔法を身に着け、”一国の門番騎士”だと二つ名を王様からもらえるまで成長した。


 だが、現実と異世界はやっぱり違う。


 貧困的で階級制度が存在し、異世界では重視される異能や体術などは必要とされない。異能もこの世界では使えなかった。


 中学生中間の頃だろうか、同級生にいじめられた。


「やくただず」

「中二病」

「キモイ」

「疫病神」

「クズ野郎」

「死ね」


 などひどい罵声を浴びせられた。


 世間から父がどのような目で見られているのかも知り、大きく絶望をした。


 この世界では魔法は使えない。


 もし、魔法が使えたら、こいつらを土下座し、この世界を守っている守護戦士なのだと証明できたはずだった。


 でもこの世界は残酷だ。


 魔法なんて存在しない。呪文を知っていてもマナ(魔法のエネルギー)が存在しない。


 あちらの世界でどんなに優れていてもこの世界ではちっぽけでクズのように生活していかなくてはならないのだと深淵の沼に飲まれていった。


 門番の仕事をこなし、順調にお金を稼ぎ、父と一緒に門番をしていたある日、アンデットの群れとは異なる者たちに出会えた。


「ここが聖域か。あなたは守護戦士ですよね」


「そうだが?」


 この日、父は弟の部活の発表会のため留守だった。


「一勝負したい」


「なに?」


「アンデットの群れを全滅するほどの怪物だ。俺たちが倒せば、俺達が次の守護戦士に選ばれる」


 そう言ってそいつらは合図を送り、隠れていた仲間たちが姿を現した。


 その数はアンデットの数よりもはるかに比べ物にならないほどの人数。


 数えきれないほどの軍勢。


 奴らはこの場所で守護戦士を倒した者には褒美が与えられると次世代の王様が自ら褒美をくれてやると宣言したのだ。王様の罠でもあり仕掛けたものでもあった。


 今まではこんなことはなかった。王様が約束を交わし、何者でも近づけないようにしてくれていた。だが、これはクーデターによってすべて書き換えられてしまった事実を知ってしまった。


 守護戦士と名をくれた王様はクーデターにより死亡し、次の王様が誕生した。


 世間から隠されるように存在していた”もうひとつの扉”の存在を嗅ぎつけた王様は、守護戦士を討伐し、もうひとつの世界を奪おうと計画を立てた。


 王様はもうこの世にはいない。


 約束は不意に終わる。


 すべてはひとりの人間によって造られた掟に過ぎない。


 世代が交代すればその約束は遥か彼方へ忘れ去られてしまう。


「いいだろう。俺がこの手で守ってやる。全力でこい! お前らの生きざまがどの程度なのかを証明してやる!」


 父が気づき、戻ってきたのはちょうど最後の数名と王様を倒そうとしていた時だった。


 父に理由を言い、王様が勝手に命じたことを王様の口から割らせた。


「頼む、見逃してくれ。約束は今度こそ破らないから。…なんなら、すぐここで証明しよう。だから、みの、がして、くれ…」


 涙ながら慈悲を乞う。


 王様からは敵意は感じられないが、王様がしでかした行為はこの世界では黒歴史として残される。


 血まみれだから、赤歴史とも呼べるな。


「頼む! 殺さないでくれ!!」


「殺してはいない。倒しただけだ」


 誰一人殺さず、骨を折るまたは身動きを封じるなどを駆使して動きを止めたに過ぎない。


 王様は俺らを見て、最後までお願いをしていた。


 でも、この屍累々を見ているのか? 見ようとしていない。ずっと顔を下げたままだ。


 これが一国の王なのだろうか。


 笑ってしまう。


「王様、約束は破られてしまっては困りますね。俺らはここを守護する戦士。もし、規約通り、俺らの約束を破れば、あなたたちの国、世界を滅ぼしてもいいと化をもらっています。」


「そ、そんなの横暴だ! 卑怯だ! 約束? 知らん!! あれば先代が決めたことだ。ぼくにはそんな権利など知らん!! 約束なんて知ったことじゃない。この土地は代々、ぼくらの土地だ。返還してもらうために来ただけだ! 例え、守護戦士だとしても許さんぞ! 兵士たちを全滅させ、なおかつ王様であるぼくにも手を出そうとした! つまり契約違反なのはお前たちが最初に破ったんだ!!」


 呆れてものも言えない。


 これが次世代の王様なのか。


 棚に上げて自分が正義面のように吠える。


 自分がやらかしたことを謝罪も罪を認めることもしない。


 これが王様であり続けるなら、きっとこの国は戦場になってしまうかもしれない。そうなれば、この扉を守る俺らは駆り出されるだろう。


『この国は扉を守るのと同じ意味。守護する戦士なら、これくらいやってもらわなければ割に合わない』


 なんて、言い出しかねない。


「王様、二度は言いません。守護なる戦士の前で宣戦布告を口にした時点で、敵対したと判断しました。これより、すぐにこの国を乗っ取ります」


「ま、まて!!」


「このようなことが二度と起きないためにも、ね」


 こうして、扉を守護しつつ、僕(しもべ)たちの手により王様たちの国は崩壊したのだった。

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