第2話

 第2階層に降り立った私たちを待っていたのは、もはや迷宮ではなく、だだっ広い空間に用意された玉座に座る、漆黒の魔王の姿であった。

 そう、いきなり魔王である。


「貴様ら、よくもであるこの俺のダンジョンをコケにしてくれたものだな!」


 苛立たしげな目をこちらに向け、魔王は怒りをこめてそう吐き捨てる。

 しかし、こちらのパーティだって負けてはいない。


「それはこっちのセリフだよクソ野郎! あのレザーアーマー、かなりお気に入りだったんだぞ! それをなんだ、入念に服とか防具だけ溶かすトラップばっかり仕掛けやがって! 絶対許さねえからな!」


 今にも飛びかからんがばかりにキレるエファ。

 だがもちろん、魔王はそんなことで動揺したりはしない。


「知ったことか。貴様らはさっさとあそこの怪物どもによって堕とされ、である俺に奉仕する奴隷となるべきだったのだ。それを楽しみにこのダンジョンを作ったんだぞ。それがなんだ。どいつもこいつも女同士でイチャつきおって! そしてなにより許せないのはそこの魔法使いだ。ぼんやりと後ろにいると思ったら、魅了呪文チャームや催淫ガスを発生前にピンポイントで潰してくれおって……」


 その言葉に、私を含めパーティのメンバーが一同にイフィーネを見る。

 相変わらずローブを深く被りその表情はまったく伺えない。

 だが、この魔王にとってはこの魔法使いこそがもっとも厄介な存在であることは間違いないようである。


「まあいい……、だからこそこうやってである俺が自ら出てきたのだ。これ以上貴様らの好きにはさせん。かくなる上は、一人ひとり、女としての悦びに堕として、である俺のペットにしてくれる」

「ケッ、狂ってやがるな! まあ迷宮の奥に引きこもってる魔王なんてどいつもそんなもんだがな」

「なに、斬り伏せてしまえばいいだけのことだ。下がっていろ」


 そういうが早いか、ウィータがエファをかばうように剣を構え、魔王に向かって大地を蹴る。

 魔王は明らかに男であるが、それに対してもなんら全裸を恥じらうことなどなく、ただただ目の前の敵を斬るための戦士としても動きである。

 一切の無駄もなく、一分の隙もない。

 最強の剣士の動き。

 だが、その剣は魔王にまでは届かなかった。


「な……に……」


 魔王の前で、ウィータの動きが止まる。

 固まった、という方がより正しいだろうか。

 振り上げた剣が降ろされることなく、まるで時間が止まったかのようにウィータはその場で硬直している。

 悔しそうに歯ぎしりをして、その目で必死に魔王を睨みつけているが、身体はまったくいうことを聞かず、魔王の前でなにもできないまま止まってしまったのだ。


「残念だったな。貴様らがどう足掻こうと、この空間では貴様らの攻撃は俺には届かないのだ。ここはだぞ。である俺にはあらゆる攻撃は効かぬし、貴様らがである以上、この間では自由などないのだ」


 勝ち誇ったように高笑いをして、魔王は目の前で固まっているウィータに向かって右手をかざす。

 その時だった。


「なるほどですわ。魔王の正体見たりだいたい種はわかった、ですわね」


 部屋に響くもう一つの声。不自然なダミ声。

 声の方に目を向けると、声の主はあの謎の魔法使いイフィーネであった。

 彼女がサッと手を降ってみせると、固まっていたウィータが急に時間を取り戻したかのように動き出す。

 ウィータは危険を察知し魔王と間合いを離すが、魔王の方も警戒して深追いはしてこない。

 というより、既に彼が見ているのはイフィーネだけといった様子である。


「貴様、何者だ? このの束縛を外すとは……。それにそのふざけた口調はなんだ!」


 その一連の動きに、魔王は明らかに動揺している。


「あらあら、私の正体なんてどうでもいいことでしてよ。まああえて言うなら、時空のお嬢様、といったところですわね。口調でわかるようにお嬢様ですので」


 その不自然な喋りには違和感しかないが、それでも、その堂々と姿には確かになんらかの風格があるように思える。

 少なくとも、その能力は本物なのは間違いないのである。


「時空のお嬢様……だと、なんだ、それは?」

「あら~、そこがわかりませんこと? そりゃ残念ですわね。でも、こんな異世界で魔王をやってるイキってるなら、少しは情報を集めて環境を把握しておいたほうが良かったと思いますことよ。まあせっかくなんで説明してさしあげますと、ワタクシの仕事はあなた方みたいな異世界転生者余所で好き勝手している輩を、元の世界に引き摺り戻すことですの。これでおわかりになりまして、


 クラシマショー。不思議な響きだった。

 イフィーネがそのクラシマショーという言葉を口に出した途端、魔王の顔が目に見えて青褪めていく。

 それはまさに、魔王にとって禁じられた言葉そのものだったのだろう。

 その禁を、イフィーネはあっさりと破ったのだ。


「き、き、貴様!! なぜその名前を……!」

「説明したとおりですわ。それがワタクシの仕事ですもの。もちろん、あなたのことも大方調べさせてもらったおりますわよ。そんなわけで日本に帰る一般人に戻るんですわよ、あなた様は。ワタクシが連れ戻しますわ」

「ふざけるなっ!!」


 青褪めていた魔王の顔が今度は怒りに赤く染まり、大きく腕を振るう。

 その軌道に黒い塊が浮かび上がり、それがイフィーネへと向かって飛んでいく。

 一方のイフィーネもとっさに左手でマジックシールドを展開し、その攻撃を防ぐ。


「おおっと、危ないですわね。これだけの魔力を持っているあたりさすがは魔王、といったところでしょうか……ってあら?」


 だがその衝撃で、イフィーネのフードが外れ、隠し続けていた素顔があらわになってしまったのである。

 そこにあったのは、申し訳程度に女装をした、いかにもやる気のない、冴えない風貌をした若い男の顔だった。


「お、男?」

「えっ、ウソ……」

「まさか……、なぜだ! なぜここに男がいる!」


 魔王も含めて、誰もがその存在に驚きを隠せなかった。

 イフィーネが実は男だったことも衝撃だし、まずこの場所に魔王以外に男がいることがおかしいのである。

 そもそも男性が入れるのなら、この迷宮が根底から覆ってしまう。


「いや、あの入り口のルールは絶対のはずだ! アレはである俺の自慢の大魔法なんだぞ! どれほど強大な魔法でも、あの結界をそう簡単に破壊することなどできるはずがない! 破られたという報告もない! どうやって、どうやって貴様はここにやってきたのだ」


 焦り、怒り、動揺する魔王に対し、イフィーネと呼ばれていた男は諦めたようにボサボサの頭をかき、大きくため息を付いた。


「その前に、もう口調は戻していいか。流石に疲れる」


 そしてなんら魔王の事を気にすることもなく、悪びれもせずそう言った。

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