第1話
私たちのパーティが第一階層を突破したときには、すでにメンバーの大半はボロボロな状態になっていた。
身体というよりは、主に衣服の
「本当に! この迷宮を作った奴! 最低最悪の趣味だな!! くそっ!」
先頭にいた小さな身体がそう吐き捨てた。
最後の扉の罠解除を終えた盗賊のエファだ。
トラップの解除作業のたびに服だけを溶かす液体を浴び続けたせいで、ボロボロのマントを残してほぼ全裸である。
それでも一応武器であるダガーと盗賊の七つ道具は守り抜いているのだから、さすが腕利きといったところだろう。
パーティの中で最も経験豊富であり、私がこの迷宮に挑むことを決めたとき、最初に考えたのも彼女が迷宮探索のメンバーを探しているという話があったからこそだった。
この『灰色の影』エファ・ランズの名を知らぬ冒険者はモグリとさえいっていい。
古代王の暗所、虹果ての道、旧盗賊ギルト地下10階……。
これらここ数年で踏破されたダンジョンの攻略メンバーには、必ず彼女の名前があった。
そしてこの小柄で、一見すると年端もいかない少女に見える熟練の盗賊は、私たちのチームでも期待以上の仕事をしてくれていた。
確かに衣服は全て溶かされてしまっているが、この迷宮においてそれはもう不可抗力だ。彼女の力がなければ、私たちはおそらく衣服だけでなく生命や何かしら大切な人間としての尊厳を失っていたことだろう。
「問題あるまい、この身体と剣さえがあれば、あとはどうにでもなる。先へ進むぞ」
全裸であることを隠しもせず、大剣を手に階段の前に仁王立ちしている彼女はウェータ。
歴戦の女剣士であり、メンバー最年長であり、パーティの戦闘面における大黒柱でもある。
魔法戦士である私が前衛担当であるのだが、もうひとり専門のメンバーが欲しいということでエファが伝手を使って見つけてきてくれたのだ。
元々は剣闘士の出身で、自由身分になってからもダンジョン探査よりも傭兵業をメインにしていたらしい。
女性らしさとは無縁の筋肉の塊といったほうが似合う体つきはたしかに堂々としたくなる気持ちもわからなくもないが、それでもまあ、一応は女性なのだから少しは恥じらいを持ってもいいとは思う。
「ま、待ってください、服がずり落ちてしまって……」
その点でいかにも女性らしい反応を示しているのはヒーラーであるライラだ。
前衛に立つわけではないため服の溶け具合は私やエファ、ウェータに比べれて軽微で、まだ相当布地が残っているのだが、それでもそれを必死に抑えているのである。
彼女は昔からの友人なのだが、昔からこうである。
体面というか、彼女自身の中のなにかを曲げるのを非常に嫌うのだ。
「いまさらなに言ってんだよ。もうその布切れは役に立ってねーだろうが! だいたい、この迷宮にいるのはどうせ女か化物かなんだ、いまさらなにが恥ずかしいんだよ。ほら、さっさと行くぞ」
「えっt,いや、そんなあ、待ってくださいって」
そう言いながらも、ライラも服を抑えつつ慌ててついてくる。
口先では愚痴の多い彼女だが、芯の強さは確かなものがあるし、退くくらいなら前のめりで倒れることを選ぶような人物であることを私は知っている。
そもそも、この迷宮に挑もうと言い出したのは彼女の方なのだ。
そしてこのメンバー5人を揃え、こうしてなんとか第一階層を突破したのである。
そう、もうひとり、先ほとからまったく口を開くこともなく一歩引いて様子を見ている人物。
彼女こそがこのパーティの最後のメンバーの魔術師、イフィーネであった。
後衛ということもあり、私も含め他のメンバーが衣服のほとんどを溶かされている中で、ただ一人、今もほとんど無傷の赤いローブに身を包んだままである。
常に最後方にいたということもあるが、どうやらそういったものに耐性のある魔法のローブであるらしい。
深めに被ったフードからはその表情を伺うことはできないが、実力は確かなもので、ほとんど詠唱もなしに強力な魔法を使うことからもそれがわかる。
彼女がメンバーに加わったのはある意味偶然であり、迷宮の入り口でパーティに加えてほしいと声をかけてきたのである。
どうやら通りかかったパーティすべてに声をかけているようであったが、そんな胡散臭い魔法使いなどメンバーに加えるパーティなどそうそうあるはずもない。
そもそも、ローブを深く被っていてまともに顔さえ見ることができないのである。
いくらなんでも胡散臭すぎる。
では、どうしてそんな胡散臭い魔法使いがこのパーティに加わっているのかといえば、それはライラの一声であった。
曰く、彼女の力は本物であり、魔王と戦うためには絶対必要となるのだという。
最初は私も訝しんだが、ライラが彼女は絶対に大丈夫というので、それを信じて仲間に加わってもらったのだ。
もちろんエファもウェータも反対したが、ライラがそこまで言って決心した以上、彼女たちを説得するのが私の役目である。
ライラのそういった直感こそを私はずっと信じてきたし、今回もそれに従ったのである。
そしてここまでは、それで正解だった。
少なくとも、実力に関しては本物だった。
「しかしやっぱりあいつ、どう考えても怪しいだろ。ちらっと顔を見たんだが、あいつ、実は男なんじゃねえか?」
「そんなまさか!」
エファの耳打ちに私は驚きつつも、私もどこかでそれを否定できずにいた。
私が顔を見たのは最初のほんの少しの間だったが、確かにその顔つきは男性のようでもあった……気がする。
それにローブでほとんどわからないとはいえ、魔法使いのわりに身体つきがガッシリとしているようにも思える。もっとも、それをいうならウェータの身体のほうがよっぽど女性離れしているのだが。
「でもそもそも、この迷宮に入っている時点で女性のはずですからね、そこは間違いないでしょう」
「まあ、そりゃそうなんだが……なんにしても、警戒を怠るなよ。アタシも見張っているが、仕事の時はどうしてもそっちに集中するからな」
私たちが挑んでいるこの迷宮には、とある魔王によって大きな制限がかけられているのである。
ひとことでいえば男子禁制。
男性はこの迷宮に足を踏み入れることすらできず、入り口にある巨大な魔法障壁によって弾き返されてしまうのである。
そんな奇妙な制限のかけられたこの迷宮は、私たちのような女性冒険者にとってまたとないチャンスであった。
もちろん、それはあからさまに罠であることは間違いあるまい。
悪趣味な魔王による、悪趣味な志向だ。
だがこの手の迷宮など、どれも似たりよったりの悪趣味さである。
ならば多少の罠など、踏み潰して進めばいい。
それだけのメンバーを揃えられた自負はあり、実際、あらゆる意味で凶悪だった第一階層もこうして突破できたのである。
「よし、じゃあ行きましょう!」
その掛け声とともに、ウェータと私を先頭にして私たちは階段を降りていく。
だが、その先に待っていたのは、信じがたい光景であった。
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