第2話 母親を亡くした娘 x 男手ひとつで娘を育ててきた父

ひょんなことから「セックスをしないと出られない部屋」の管理人になった俺。


今日のターゲットは父子家庭の親子だ。

1人目は、幼い頃に母親を亡くし今では家事全般を切り盛りする娘、宇佐美 詩子。高校生。

2人目は、妻を亡くしてから男手ひとつで大切な娘を育ててきた父、宇佐美 英治。会社員。


ククク、娘と父が欲望のままに繋がりを求める様を存分に見せてもらおうか。


/**********/


「お父さん、お父さん起きて」

 詩子は床にうつ伏せに倒れている父、英治の肩を大きく揺らす。英治はその勢いでごろんと転がり仰向けになった。

「ん……ああ、もう朝か」

 眠い目をこすりながら英治は上体を起こした。

 詩子は学校指定の紺のブレザー、英治は灰色のスラックスに長袖のワイシャツを身に着けている。

 昨夜は仕事から帰ってそのまま寝てしまったのだろうか。よくある朝の光景に思えた。

「朝かどうか、わからないけど……ねぇ、ここどこ?」

 詩子は怯えを隠さない声で英治に訴えかける。

 一体どうしたのかと英治はあたりを見回す。

 そこは、まったく見覚えのない真っ白い部屋だった。

 白い床、白い天井、白い壁。窓は一切ない。

 部屋にある物と言えば、まず目に付くのが白いキングサイズのベッド。

 何日分の食料が入るのか分からないほど大きい白い業務用冷蔵庫。白い電子レンジ、白い給湯器、白いちゃぶ台。

 そして、扉のような白い枠と、その上に印字された大きな文字。

「『セックスをしないと出られない部屋』……だって?」

 英治はハッとして口を抑え、詩子に振り向く。詩子はただ怯えた様子でうつむくだけだ。今の発言を聞かれた様子はない。

 しかし、英治を起こしたという事は詩子は彼より先に起きていたはずで、部屋の様子も彼より先に確認していただろう。

 詩子が怯えているのは、扉の上の文字を読んだせいもあるのだろうと思った。

 さすがに詩子も高校生。家の中でその単語をあえて言ったこともないが、意味ぐらいは知っているはずだった。

 この白い部屋の中にいるのは詩子と英治の二人だけ。

 そして、その中に書かれた文字が意味することは……想像さえしたくない。

 ここに詩子と英治を連れ去り閉じ込めた者は、二人にその行為をさせようという事なのか。

 英治は深くうなだれ、どう話すべきかと思案した。


 英治はどんなに記憶を辿っても、ここに連れてこられた経緯が全く思い出せない。

 いつもと変わらない日常を送ってきたはずだった。

 小さなアパートで詩子と英治の二人暮らし。

 家計はなんとか英治が支えているが、仕事詰めで家事まで手が回らない。詩子は学校が終わると遊びにも出かけず家の掃除洗濯をし、夜中に帰ってくる英治のために夕食を作ってくれていた。

 詩子が幼い頃に交通事故で彼女の母親、つまり英治の妻を亡くして以来ずっと二人で支えあって暮らしてきたのだ。

 亡き妻との最期の誓いの通り、詩子が成人し一人立ちするまで必ず守ると心に決め、そうしてきた。

 国公立の大学を目指し勉強に励む詩子を見守ってきた。

 年頃の遊びも控え、恋人も作らず、いつも一人でいる詩子を見守ってきた。

 この父子家庭に縛り付けているのではないかという負い目を感じながらも、英治は身を粉にして働き詩子を見守ってきたのだ。

 それがいったい、何でこんなことに。

 正体も分からない者に誘拐され、詩子と英治の二人で狭い部屋に閉じ込められ、見世物のようにその行為を要求されている。

 英治は目元を手で覆い、深く暗いため息をついた。

「はぁ、あああ……」

「お父さん、顔色、悪いよ? どこか痛い?」

 詩子は不安げな表情で英治の顔を覗き込む。

 英治はそこでハタと気付く。何をやっているんだオレは。詩子が怯えているというのにオレが安心させてやらないでどうする。

「どこも、痛くない。大丈夫だ。それより詩子もどうだ、どこか怪我していないか?」

「ん、大丈夫みたい。少し体がだるいけど、それだけ」

「そうか。父さんにもここがどこかさっぱりわからない。出られるところが無いか少し探してみるから、詩子は……」

 ベッドで休んでおきなさい。そう言おうとしてあの言葉が脳裏によぎる。

 『セックスをしないと出られない部屋』

 その行為を連想させるベッドに娘を誘導するなんて、胸の奥の何かに咎められるようで息が詰まった。

 しかし詩子は英治の視線から察したようで、何も言わず自らベッドに腰掛けそのまま上体をふかふかの布団に預けた。

「……待っていなさい、きっとどこかに非常口なんかがあるはずだ」

 英治はなるべく詩子が横たわるベッドには近づかないように大回りで部屋の中を探索した。


 無論、何の成果も得られなかった。

 無駄に動き回って体力を消耗した英治は、警戒しながらも冷蔵庫の中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し一気に飲み干した。

「……詩子も何か飲むか?」

 英治は詩子に訊ねるが返事は無い。詩子は先ほどの体勢からまったく動かずにいた。天井の照明がまぶしいのか、片腕で目元を覆っているだけだった。

「詩子?」

 とりあえず、と同じペットボトルの水を持って詩子の様子をうかがう。

 恐る恐る、といった足取りでベッドに近づき布団の上に片膝をついた英治を、下からすくい上げるように詩子が捕えた。

「う、詩子!?」

 バランスを崩した英治はそのまま詩子の上に覆いかぶさるように倒れてしまった。

 突然のことで英治は下手な身動きも取れずにいると、わきの下あたりでスースーと空気の流れを感じた。

「んー、おじさんくさい」

 詩子は英治の体の下で深呼吸をしているようだった。

「こら、やめなさい」

 英治はそう言うが逃げたり振り払ったりもしない。

 詩子は英治の匂いを嗅ぐと安心するのか、これまでも時折こうして英治に甘えた。

 英治は普段から詩子に十分に甘えさせてやれない負い目から、こういう時の詩子には逆らえずにいた。

 スーーーッ、ハァァァ。

 汗をかき自分でも臭いと思う英治の体臭を存分に満喫したようで、詩子はようやく英治を解放した。


「んく、んく……ぷはぁ」

 両手でペットボトルを抱えた詩子が水をひと口ふた口飲んでは息継ぎをする。

「落ち着いたか?」

「ん、なんとか」

 ベッドに倒れこんだ英治の体に半分のしかかるように、詩子は彼に体を預けている。

「すまん、この部屋にはシャワーも無いみたいだからしばらく我慢してくれ」

 英治はワイシャツのボタンをいくつか開けて少しでも汗を乾かそうとしていた。

「どうしてシャワー無いのかな?」

「悪趣味な奴のすることだ、きっとそこまで頭が回らなかったんだろう。飯は何日分もあるみたいだったが」

「んー、そっか。トイレも無いんだよね、この部屋」

 言われて英治も気付いたが、確かにこの部屋は何日も滞在するように出来てはいないようだった。

「そりゃ大変だ、まだ催してないから良いものの」

「きっと、これまでの人はすぐに出て行っちゃったんだろうね、この部屋」

「すぐに? 出口も無いのにどうやって……」

 特に深く考えずに口に出た言葉に英治は青ざめる。しかし、すでに気付いたのが遅かった。


「どうって、それは……したんでしょ。セックス」


 英治のワイシャツのボタンをまさぐりながら、詩子はさらりと言ってのけた。英治が意識の外に追いやろうとしていた言葉を。

「う、詩子。それは、お前は気にしなくていい。他の出口がきっと……!」

 のし。

 横たわる英治にまたがる様に詩子が覆いかぶさった。

「どうやって? さっき散々探したんでしょ? きっともう、するしかないんだよ」

 英治には詩子の表情が読めない。それは、天井からの明かりの逆光のせいだけでなく。

「ねえ、お父さん。お母さんとはたくさんえっちした?」

 彼を見下ろす詩子の視線から英治は逃れることができない。

「……お前を作った時だけだ」

「ふふっ、隠さなくていーよ。私、見てたもん」

「そ、それはすまない。変なものを見せたな」

「んーん。でもさ、それできっと私、罰が当たっちゃったんだよ」

「罰?」

「お母さんだけ、ずるい。いなくなっちゃえーって思った。そしたら、本当にいなくなっちゃった」

 詩子は目の前の英治すら見ていないような虚ろな目を宙に泳がせながら、うわ言のように囁く。

「お前のせいじゃない。あれは悲しい、事故だったんだ」

 スカートの下の布地一枚越しに詩子の生暖かい体温が英治の腹にジワリと伝わってくる。

「お父さん。お母さんがいなくなって、さみしい?」

「……さみしがる暇なんてない」

「嘘。我慢して一人でしてるんでしょ。 知ってるよ? 家の掃除ぜんぶしてるの、私なんだから」

「ああっ、もう。さみしいさ! でも今はお前がいる。お前が無事に大人になるまで……!」

「そうだよ、お父さん。私がいる。だからもう我慢しなくていいんだよ?」

 詩子は恍惚の表情で英治の頭を優しくなでた。

 しっとりと、それはまるで長年連れ添った妻のように。

「詩子……?」

「なあに、英治?」



/**********/


 はい、セーーーックス!

 娘が父親の下の名前を呼ぶとかもうセックスですから!


 ダァンッ!


 俺は拳を叩き付けるように開錠ボタンを押した。


 俺の頬を一筋の涙が伝う。

 指輪を付けたことも無い左手の薬指が虚しく疼いた。



 はぁ、ごちそうさま。

 俺は監視モニターから目を背け、次のターゲットのリストを手繰り寄せた。

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