『セックスをしないと出られない部屋』の管理人になりました。

雪下淡花

第1話 純情少女 x 純情少年


ひょんなことから「セックスをしないと出られない部屋」の管理人になった俺。


今日のターゲットは高校生の男女だ。

1人目は、恋愛経験もなく地味な生活を送る女子高生、阿賀野あかり。

2人目は、あかりのクラスメートで隣の席の男子高校生、井上いつき。


ククク、若い二人が欲望のままに繋がりを求める様を存分に見せてもらおうか。


/**********/


「……くん、井上くん。起きて」

 白い床の真ん中で眠る少年、井上いつきを少女が肩を揺さぶって起こした。

「ん、ああ。阿賀野さん。あれ、ここは?」

 阿賀野と呼ばれた少女は井上をじっと眺めているが、伏し目がちで耳まで真っ赤に紅潮していた。

「ン……なんか、私たち変な部屋に閉じ込められちゃったみたい」

「変な部屋……?」

 井上があたりを見回すと確かに変な部屋であると感じられた。

「真っ白だな。でっかい冷蔵庫と、ベッドしかないけど」

 その部屋には窓もなく、四方の壁も床も天井も真っ白だった。

 井上が見たキングサイズのベッドと、業務用のような巨大な冷蔵庫だけが配置されていた。

 大きさは学校の教室の半分程度。床もつるつるで天井の照明は埋め込まれているようで手をかけられそうな個所もない。

 ただひとつだけ、ベッドの向かい側の壁に取っ手も無い枠があった。人が二人並んで出られそうな大き目の扉にも見える。

 そしてその扉の上、天井とのわずかな間にはっきりと大きな文字がこう書かれていた。

『セックスをしないと出られない部屋』

 この状況を端的に表した文言だ。

 白い部屋の中にはキングサイズのベッド、そして男女ふたり。

 何の目的の部屋かはすぐに分かった。誰が、何のためになのかは全く分からないが。

「なんだよこれ、セッ……クスをしないと出られない部屋だって?」

 井上は体を起こし、文言の下のドアに歩いて近づく。

 自動ドアなのだろうか。ドアノブのような類は見当たらなかった。

 そっとドアの一端を押してみるとガタガタとわずかに震える。どうやらこのドアが開けば外には出られそうだ。

 しかし……。

「どうやって開けるんだよ、これ」

 井上が押す、叩くなどしてみてもドアは開く気配を見せない。

 思い切って肩から体当たりをしてみてもやはりわずかにガタと振動するだけで開きも壊れもしなかった。

 しかも、肩が当たった感触から察するに簡単に壊れるような材質ではなさそうだった。

「悪趣味だな、誰がこんなこと」

 井上は愚痴を漏らすが白い部屋は防音も備えているのか声が響かずに壁に消えていった。

「阿賀野さん」

 井上が何気なく振り向き阿賀野に声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ね上げてから彼を窺い見た。

 よく見れば目元も潤んでいる。

「な、何……かな?」

「あ……その、気にすることないよ。阿賀野さん。おれ、変なことするつもりないからさ。きっと誰かが気付いて助けに来てくれるよ。それよりお腹すかない? 冷蔵庫に何か食べるもの入ってないかなー?」

 井上はおびえる阿賀野の様子を察して早口で話題を反らした。

 井上が冷蔵庫をガサガサと漁り始めると阿賀野も気が紛れたようで、その様子を後ろから覗きに来た。

「こんなにいっぱい食べ物が……これだけあれば助けが来るまで飢え死にすることはなさそうだね」

 自分たち以外に誰もいない、何の物音もしない部屋の静寂を打ち消すように井上はおおげさに冷蔵庫の中をかきまわす。

「おっ、ミートボールじゃん。おれコレ好きなんだよね。電子レンジも無いみたいだけど冷たいまま食うのも結構好きでさ」

 井上はパウチに入ったミートボールを腕いっぱいに抱える。

 その様子に阿賀野の気もまぎれたようだ。

「ふふっ、井上くん。そんなに一気に食べちゃうの? 残しておかないと後で足りなくなっちゃうよ?」

「そっ、そうか! あはは、かしこいね阿賀野さん。ねえ、阿賀野さんが好きな物あるかな?」

「えー? じゃあその茎わかめ取ってくれる?」

「へえ、意外。阿賀野さんってこういうの好きなの? はい、コレ」

「ありがと。私のうちではいつもおやつに食べてるよ」

「へえ、そうなんだ」

 2人はなんとなくベッドを避けて壁際に座り込み、もくもくとそれぞれの食べ物をあけた。

 しばらくは学校の友達のことや授業のことを話していたが、パウチの中身を食べ終えてしまうと次第に口数も少なく、静かな時間が過ぎていった。


 白い部屋の中は窓もなく明るいままで、一体どれだけの時間が過ぎたのかも二人には分からなかった。

 ただ、座って待っているだけでは何も起きないだろうという予感だけが頭をもたげていた。

「阿賀野さん、そろそろ眠くない? ベッド、使っていいよ」

「えっ、井上くんは?」

「おれはさ、床に寝るよ。男と一緒に寝るなんて、嫌だろ?」

 井上はそう言うと有言実行と言わんばかりに壁に顔を向けるように寝転がってしまった。

「そんな、体痛くなっちゃうよ? 大丈夫、ベッドすごくおおきいし。きっと二人でも寝られるよ」

 阿賀野は井上を気遣って彼の肩を揺さぶるが、彼の耳も真っ赤になっていることが分かった。

 年頃の男女が同じベッドで寝るという事に彼も気恥ずかしくなっているのかもしれない。

「井上くん、私と一緒に寝るの、嫌?」

 壁に頭を付けるように井上を覗き込み、消え入りそうな声で阿賀野は囁いた。

「そんなことっ!」

 井上は否定するように飛び起きたが、すぐ上にあった阿賀野の頭に思いっきりぶつかってしまった。

「った……」

「ご、ゴメン!」

「ふふ、ホラ起きて。これからどうなるか分からないんだし、休めるときには休もう?」

 阿賀野はぶつけた額を片手でさすりながら、井上の手を取って一緒に立ち上がった。

 井上は握った阿賀野の手の柔らかさと小ささに、心臓が跳ね上がる。しかし気取られないように平静を装い、ゆっくりとベッドに向かう。

 ベッドは枕側を壁に向けてあったので、なんとなく阿賀野とは左右に分かれてそれぞれ布団の端をめくりあげてそっとベッドの中に滑り込んだ。

 ベッドは確かに幅広く、互いに両端に寝転べば手も触れないような距離をとれた。

「それじゃあ、お休み。阿賀野さん」

「おやすみなさい、井上くん」

 天井の明かりを遮るように、二人は頭から布団をかぶった。


 いつの間にか眠ってしまったようで、井上はベッドの逆端から漏れる声に気付いて目が覚めた。

「……っ、ぅ」

 阿賀野が夢にでもうなされているのかと思い、井上は布団の中をもぐるように近づく。

 しかし、暗闇の中で阿賀野が見えた時にはその小さな背中が震えていることに気付いた。

「……帰りたいよぉ、おかあさん」

 阿賀野は寝てはいなかった。井上の前では泣き出すことは無かったのだが、このような異様な空間に連れてこられ閉じ込められていることに不安でないはずが無かったのだ。

「阿賀野……」

 思わず井上は阿賀野の背に触れて呼びかける。井上が起きた事にも気付いていなかった彼女は背中に触れた温もりに驚きつつも逃げはしなかった。

「ぁ……井上くん」

 取り繕うように阿賀野は目元をぬぐい、井上に振り向く。

 布団の隙間から漏れる光の中で二人は目を合わせた。

 阿賀野は井上の言葉を待っているようだった。

「阿賀野さん、大丈夫。大丈夫だよ。明日になったらもう一回、外に出る方法が無いか調べてみる。冷蔵庫の裏とか、ベッドの下とか、まだ探してないところあるしさ」

 井上は少しでも希望があることを示すように取り繕うが、その慌てる様が逆に阿賀野を安心させたようだった。

「ん……ありがとう、井上くん。ごめんね、井上くんだってこんなところに閉じ込められて、帰りたいよね」

「ああ、二人で一緒にここから出る方法探そう」

 井上は阿賀野を励ますように彼女の手を取りしっかりと握りしめた。

「うん。でも、出る方法はさ、最初から書いてあったんだよね」

 阿賀野は井上から視線をそらす。その目の先、布団の向こう側には例の扉がある。

「あ、うん。あれか。気にしなくていいって、きっとほかの方法が」

 井上の気遣いをいさめるように、阿賀野は手を握り返した。

「私、いいよ。外に出るためだもん。ごめんね、相手が私なんかで」

「そんなことない! 阿賀野さんだったら、おれ……!」

「ん、良かった。ありがとう井上くん」

 阿賀野は暗闇の中で薄く微笑む。その表情が井上に見えたかは分からない。

「でも、でもね。やっぱり、少し怖いの。心の準備ができてないから。だから……」

 阿賀野は意を決するように、自分を納得させるためのように大きくうなづいて、それから井上の目をしっかりと見た。

「手をつないで、寝てくれる? そうしたら、安心できるから。それで、起きたら、試してみよう?」

 井上は阿賀野の決心をくみ取り、彼女に体を添わせるように再び横になった。

「うん、そうだね。そうしよう。まずは二人で、手をつないで寝よう」

「ありがとう、井上くん。手が、あったかくて、このまま眠れそうだよ」

 井上は阿賀野が呼吸を整えて寝静まるまでじっと見守り、自分も心をなだめるようにそっと目を閉じた。


/**********/


 はあああああああああああああああああ?

 年頃の男女が手をつないで寝るとか!?

 そんなんもうセックスだろ!!


 ダンッ!


 俺は拳を叩き付けるように開錠ボタンを押した。



 ああ、良い物が見られた。これだから『セックスをしないと出られない部屋』の管理人はやめられない。

 俺は監視モニターから目を背け、次のターゲットのリストを手繰り寄せた。



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