食事会での疎外感

 自分のことは自分で。

 自分達のことは自分達で。

 その範囲外にいた俺とレックスを、ミーンの中ではどう解釈しているか。

 俺達に限らず、外部の者達ならば雇い入れる。

 だからそこには賃金という報酬の要素が加わってくる。

 つまり、契約というわけだ。

 その出費も自分らで賄う。

 俺もそれはそれで割り切ればよかった。


 割り切れていたならな。

 だが気になることがある。


「この自警団の連中は、この孤児院の卒院者、と言ったな?」

「えぇ。そうよ? 何か問題でも?」

「……つまり、ここにいる孤児も、将来自警団に入団させる、ってことでいいんだな?」

「必ずしもそうとは限らない。希望者がいなければ誰も入らないし、他に向いてる仕事が見つけられればそっちの方に就くべきだし、推奨してるわ」


 虐げられてきた孤児たちも、他の住民と共々、見も知らない大陸に辿り着いた。

 それは、みんなと同じ感情を持ってたからだろう。


 死にたくない。


 ただその一心で。

 けれど、今まで同様、ずっと貧乏くじを引き続けてきた。

 おそらくランザイドの上陸に際しても、助かった安心感で満たされた者達の背中を見ながら、助けを求めるために伸ばした手はまた誰からも引っ張ってもらえない、という不安に苛まされてたに違いない。

 ところが予想に反して、自分達に住む所を提供してくれた。

 その後の対応はどうあれ、な。


 だが……。

 その先に待っているのは、大概世話をしてくれている人のために命を捨てる運命だ。

 その命を無理やり捧げさせられるか、自ら投げ出すかの違いはあるにせよ、結果は同じだ。

 俺の場合は、無理やりの方だった。

 その先でイレギュラーが起きた。

 悪運強く生き延びた。

 だがその先に待ち受けていたのは……。


「でもその先見にも甘さはあった。それを修正する為にこの二人に契約させたのよ」

「させた……って」

「俺達、何か詐欺にでもあったような感じだな」


 いや、契約した後一方的にあれこれ変更しようとしたこいつは、間違いなく詐欺師だろ。

 余りにずさんな腕前だけどな。


「壊魔がいなくなって平和になったとしても、世界は荒れたまま。それを直すのは、生き残った人達以外にいないのよ。その人達が、復興の手段を持ってなかったらどうかしら? ……みんなも、そうでしょう?」


 自警団とスタッフ達は黙ったまま。

 子供らは見よう見真似で覚えたのか、自分達だけで晩飯の用意を始めていた。


「でもこの二人は違うの。五年も……五年もの年月を、二人きりで生活してきたの。そして、壊魔や魔族と戦う方法も知ってる。そのノウハウを身に着けてる人達を、私は他に知らない。だからお願いしたの」


 ミーンがガキどもに教えたいことは、こいつらに自分の身を守らせるための手段じゃなく、自分らが誰からの手助けを必要せずとも生き残るための手段、ということか。


「でもみんなに何かをしてあげるためにこの二人にお願いしたんじゃないの。私だって知らないことが多いから、私もいろいろ教わらないとね」


 いろいろ?

 体力増強の話はしたが、いろいろってどういうことなんだ。


「……ミーンさん。あなたの方針が問題じゃないんですよ」

「『混族』は一人しかいなかった。そう報告を受けてます」


 そう言えば、俺達の調査をしてたって言ってたな。

 なら当然青の一族……『混族』についても調査してたはずだ。

 そして俺も『混族』は俺一人しかいなくなった。

 そう聞かされている。


「今朝、私達はもう一人『混族』と会いました。イルーナ山脈を巡回中に、です」

「彼女は、セイル=パーナーと名乗ってました。これは……遅ればせながらミーンさんに申し上げたはずですが」


 自警団の一人からも、俺の心を重くする女性の名前を聞かされた。


「まさか一日の始まりと終わりの二回に彼女の名前を聞くとはな。薬の服用方法じゃあるまいし」


 くだらない冗談しか言わないレックスが、それこそつまらないことを口にした。

 そんなことを言う目的が分からない。

 それがトドメになったみたいだ。


「それは私達の活動に、何か妨げになるかしら?」

「なるかもしれません。壊魔のように、僕らを襲いにかかるかも」

「彼女の名前はどうやって知ったの?」

「尋ねたからです。こんな山の中で何をしているのか、お前は何者か、と」

「会話ができる以上意思疎通はできるのよね。戦闘にもならなかったんでしょ? 問題ないわ」


 俺の耳には彼らの会話が入ってくるが頭の心の中には届かない、そんな感じだ。

 まるで別世界のこと。

 いや、俺が今まで体験してきたことが別世界のこと……。

 そうであってほしい気もするが。


「襲われたらどうするつもりなんです? まさかミーンさんの身にはまだ危険は近づいてないから放置っていうんじゃないでしょうね? 私達だって危険は避けたいん手ですよ」

「そのためにもこの二人に来てもらったのよ。ねぇ? ヒーゴ……ヒーゴ? 聞いてるの? ちょっと!」

「……あ?」


 みんなが俺を見ていた。

 随分間の抜けた返事だったらしいな。

 というか……ウールウォーズに帰っていいんじゃないだろうか。

 歓迎してもらいたい気持ちは全くないが、こうも気持ちが沈むことは……ほとんどないな、ない。


「……大丈夫? もう休む?」

「晩飯食ってからにする。ほら、準備をガキどもだけに任せていいのか?」


 殆ど焦げている肉の切り身、皿からはみ出てたりスプーンですくう方が食べやすかったりと、大きさがまばらだったりと、まるでままごと状態だ。


 ※


 朝昼晩と、三度の食事がすべて屋外での団欒ってのは初めて……のような気がする。

 何となく、俺がいる場所じゃないと思ってしまう。


 必ず誰かが俺に、俺達に怒鳴る声が毎回飛んでいた。

 そんなことがない穏やかな食事の時間は、周りにおびただしい魔族の死体が転がって、その体液の匂いが漂っている場所だったり。


 いや、一時期、心が安らぐ場所で生活していたことがあった。

 その頃は、必ずいつも、優しい笑顔を俺に向けてくれた女性がいた。

 残念ながら、どんな顔をしていたか、もうすっかり忘れてしまっ……。


「っと。ヒーゴってばっ! もう食べないの? 何ボーっとしてるのよ!」

「ヒーゴ……今日は……流石に疲れたか? よだれ拭けよ」


 我に返ると、肉にフォークを指して口元に持っていって、そこで止まってたらしい。

 そのまましばらく動きが止まっていた。

 口は半開きのままだったからよだれが口から垂れそうになってた。


「……そうだな。……少し、疲れた」

「お風呂には入りなさいよね。昨日言った通り、今日からそっちの建物の中の部屋で寝泊まりして。お風呂とかは案内板があるし、部屋には名札付けてるから」


 あぁ、それなら付き添いがなくても問題ない。

 誰からどんな風に睨まれてるかも気にはならない。

 自警団の連中からは……憎悪の感情があるようだ。

 だが俺はフードを被っている。

 俺の顔までは見ることはできなかったろう。

 連中は、俺のどんな顔を期待してたんだろうか。

 そして気に入らないことが一つ。

 レックスはともかく、ミーンからは何となく憐みの感情が感じられた。

 甘い顔を見せて、俺を飼いならすつもりか。

 このままこの大陸を離れても、俺は別に構いやしない。

 だが……。


 もういい。

 今日は、今夜はもう寝るか。

 ……風呂は入っとかないとな。


 忘れたいことがある。

 けれど忘れちゃならないことが多すぎる。

 しかし……忘れたくなかったことを忘れてしまう。


 いろんなしがらみが、平穏な日常になるとうざったく感じてしまう。

 ただ必死に生き延びることだけを優先する戦場の方が、心の中はまだ楽だった。


 ※

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