ミーン=アルカンヌ という女

 山菜採り組が一旦戻ってから休憩。

 その後夕食まで、全員で畑を広げる作業に取り掛かった。

 ウールウォーズの荒れた大地を耕すよりはかなり楽だ。

 がれきの撤去もはぐれ壊魔の横槍もない。

 それでもこのガキどもには退屈でつまらない作業かもしれない。

 明日も一日中取り組んだらその作業は終わるかもしれないが、あいつらの集中力が持つかどうか。

 だが、まぁそれでもよく頑張った方か。

 あのあと少しばかり昼寝をさせ、それから晩飯の時間までずっと畑仕事をやり通せたんだからな。


 そして晩飯はまたも外。

 だが今回は様相が違った。


「晩ご飯は自警団のみんなも混ざるからねー。ヒーゴ達から指導を受けるかもしれないから紹介も兼ねて夕食会ということで」


 レックスはミーンに悟られないように俺の方を向いて顔をしかめる。


「ややこしいことにならなきゃいいな。ま、困った事態になったら俺を頼りな」

「その自信はどこから来てる? ずっと二人きりの生活の中で、他から絡まれて困った人間関係なんぞなかったような気がするが?」


 戦場以外でこいつが役に立ったためしは記憶にない。

 調子の良いことばかり言って逃げ回る、そんな卑怯者とは違うが。


「話聞いてる? そろそろ……あ、来た来た」


 孤児院の隣の、もう一棟の建物から軽めの武装を身に着けている何人かが、ぞろぞろと姿を現した。

 武器の扱いに慣れてそうな連中かと思ったら、ガキどもより体格が一回り大きいくらいか。

 彼らは不快な顔つきだ。

 戦闘に入るような険しい表情ではなく、明らかに俺にその向き出された感情を向けている。


「なんて言うか、大人げねぇな」


 お前も大概だがな、レックス。

 ミーンの顔を見れているから普通だろうが、そうでなければ綺麗なねーちゃんを連発するこいつだって、年頃な少年って年代じゃあるまいし。

 それに不快な顔を俺に向けている理由は……おそらくこいつらも。


「ミーンさん……、こいつ、『混族』じゃないですか」


 夕日が目に入る。

 フードを被っててもそれに照らされりゃ、青い肌は分かるか。

 まぁそんなところだろうな。

 今更だ。

 別に気にはしない。

 今後、こいつらと顔を合わせなきゃすむことなんだが。


「やれやれ……。やってきて早々不満を聞かされるとは思わなかったわ。今朝の一件もあるし」


 なんだよ、今朝の一件って。

 別に興味はないけどな。


「子供達もいるし、孤児院スタッフもいるし、教官もいるし、自警団も全員揃ってるから、改めて明言しとくわ。ライナスがいないけど、さんざん口にしてるから彼には言わなくてもいいか」


 あいつの扱いがぞんざいすぎる。

 それより、教官って俺達のことか?

 冗談じゃない。

 人に何かを教える柄じゃない。


「私、壊魔が殲滅される予想してるの」


 ミーンの一言を聞いて、黙った者達と変わらずに騒いでる者達の二通りに分かれた。

 騒いでるのは子供達。

 ミーンの話は理解できなくて当然か。

 それ以外の、俺も含めたみんなは静まり返った。


「な……何を」

「何寝ぼけたことを言ってんだ。大陸は残り一つ。辛うじて上陸を許さないでいるようだが、壊魔に水際を破られるのも時間の問題だろう?」


 先に自警団の一人が声をあげた。

 俺はそれを制するように、そしてミーンに現実を叩きつける。

 俺の意見に同意する者はたった一人。

 不本意だがレックスだ。

 したり顔で頷いている。

 ほかの全員は、この世界の未来を悲観することが信じられないように、壊魔を憎む目で俺とレックスを睨んでいる。


「やはり壊魔の味方『混族』なんだな。いいか! 俺達は……」


 自警団の別の一人が声を張り上げるが、またもその途中で制された。

 止めたのはミーンだった。


「……この世界は、私達の手によって歴史が続いていく、と信じてる。だから、いつまでも壊魔に構ってられないの」


 壊魔に構ってられない。

 その言葉がよく出てきたものだ。

 国軍、そして冒険者よりもはるかに手練れの者達が、どれだけ集まっても数を減らせない壊魔に向かってこの言い方だ。

 頭は大丈夫か?

 現実が見えているか?

 何度も問い質したい気持ちが爆発寸前だ。


「でも長い間、世界は壊魔との戦争を繰り広げてきた。その戦争の仕方が身に染み付きつつある。その戦争が終わって平和な世界が来ました。そしたら、戦争のことしか知らない私達は、その平和な時代を生きていけるのかしら?」


 何か……妙に回りくどい言い方をしてくれる。

 そんな時代が来たら来たで、持っている知識や知恵を駆使して生き抜かなきゃならないだろう。

 未来に向かって、今日を生き抜く。

 そのために、すべてを破壊する壊魔と戦っているんだろう。


「平和な時代を生きるための仕事も覚えなきゃダメなのよ。だから私は」

「その前に、今を生き残る知恵と力を身に付けなきゃダメだろう。日中のお前の体力不足、なんだあれは。お前の年齢がいくつかは知る気はないが、年相応の体力はないぞ?」

「そう。だから、戦争のことを知る必要はあるし、その体力を身に着ける必要はあるし、戦後処理の作業を知る必要はあるし、平和に生活するその仕方を覚える必要があるの」


 理想論の中に生きている者とは、こうも現実を無視する考えを持つもんだな。

 あきれ果てるのを通り越して感心してしまう。


「何でもかんでもできるわけじゃない。できない者から命を落とす。今はそんな時代だ」

「落とすはずの命は守る。もちろん誰も死んでほしくないし、死なせない」


 体力のない奴が何を口走ってるのやら。

 何でもかんでも自分の思い通りにできると思ってるのか?


「御大層な理想論だ。なかなか立派な演説だが現実を見ちゃいない。そういうのを何というか知ってるか?」

「おう。寝言って言うよな。同業者の中にも、どんなこともこなさなきゃならない、なんてことを言う奴がいるが、まさしくそれだな」


 レックスも、当然ながら同意する。

 が、この天然娘は折れない。


「生き残ったこの世界のみんなを救う、守る。そんなことはできっこないわよ。けど、ここにいる人達は守りたい。私の手で」


 なんか変な事言いだしたな。

 私の手で?

 そんなことしなくても財閥の力を使ったら、少なくともこいつ一人で何かをするよりもよほど明るい未来を迎えられる可能性が跳ね上がるだろうに。


「ミ、ミーンちゃん? いきなりどうしたの? そんなこと今まで聞いてなかったよ?」

「そりゃそうでしょう。言う機会もなかったし」


 言う機会がなかった、か。

 機会ってのはあるかないかじゃなくて、作る気があるかないかってこともあるんじゃないか?


「つまり、俺達への依頼は、それとは関係がないとみていいな? 言う機会がなかったんだろ?」

「まさか。言う機会はなかったけど、言うつもりがないのとは違うわよ? こんな大事なことは、みんな揃ったところで言うつもりだったし」

「みんな? お前の受け持つ事業に関わる人達は含めないのか?」

「……この世界の未来を担う人達のこと。孤児院は他の場所にたくさんあるけど、ここは私の直轄みたいなものだしね。だから自警団は……」

「このミーナス孤児院卒院者で編成されてるってことですか」


 また別の自警団の奴が反応した。

 なるほど。

 だからそんなに体格は良くはないわけだ。

 それと、時々変にずれたことを言う、と思ってた。

 だが、それを本気で言っているのだとしたら、身内の力を借りず、己のできることを全て己の力で動いて、事を成そうとするってことだ。

 となると、ずれたことを言う経緯も何となく想像はできるし、納得もいく。

 自分よりも巨大な力を借りず、自分らで何とかしようと工夫した結果なんだろう。


 ……となると、親子関係も決していいものじゃない、とも思える。

 まぁ他人の家族にも興味はないがな。

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