箱入り娘がお荷物になりそうだ

 壊魔との戦闘ならば、遠慮なく力を発揮しても、誰からも文句は言われない。

 戦場から争いがなくなり静寂が訪れる頃、場合によっては俺達の体にも疲労感は訪れる。

 そこで再び戦闘が行われることがなければ、気が緩むこともある。

 弛んでるのではなく、疲労を解消する方法のひとつであり、疲労感をなるべく早くなくす方法でもある。


 傭兵というのも、他の仕事と同様に、人並み以上の体力は必要だ。

 そして、この仕事の依頼が遠ざかった頃の、自給自足のための生活の中でも必要だった。

 建物のがれきに埋もれた地面を耕すのは、その除去から始めなきゃならなかった。

 まぁそれなりに使った体力の分の疲労はあった。

 が、大したことはなく、二人の一年分の食料を賄えるくらいの広さを耕すのも苦じゃなかった。


 だが今している作業は、あの時と同じはずだ。

 しかしその疲労度は、今まで体感した疲労よりもはるかに上回る。

 その違いは、周りに子供らがいるってことだ。

 しかも三十五人。


 一緒に同じ作業をする。

 同じ場所で同じ飯を食った後だ。

 しかも飯の準備を一緒にしたとなれば、レックスと担当を交換してもまとわりつかれるのも時間の問題。

 今朝のこいつらの様子と全く違う理由はおそらくそこだろう。

 孤児院のスタッフとの間に何もないような気がした。

 別に彼らの過去を問いただす気はない。


 だがこんなに疲れるものだとは思わなかった。

 最初のうちは、俺の指示通りに素直に土を耕していた。

 だが山菜採りグループの子供らと同じように、この作業に飽きてきたのか慣れてきたのか、俺の背中に触ろうとしたり、ローブを取ろうとする奴も出始めた。

 地面と格闘するだけだったら、本当に楽でよかった。

 だがそのガキどもを追い払うのに、力任せで振り払ったらそれこそシャレにならない。

 体力の出力を相当加減しないと、こいつらのケガの原因を作ってしまう。

 その力加減の調節にも体力を要するとは思わなかった。

 子育てとは縁のない俺達だが、世の母親父親、保護者の大変さの一部を知ることができた。

 それはおいといて、さらにややこしい奴が現れた。


「何よ、二時間も経ってないのに、なんでそんなに肩で息してるの? 体力ないんじゃない?」


 ミーンが野次馬根性で近づいてきて、上から目線で物を言う。


「だったらお前もやってみろ。まともに子供の相手したことないんだろう?」

「私が手助けしたら、あなたの仕事量も減るわね。日当減額も考えないと」

「……余計な出費を省けるかもしれん。子供達の食費に回せるかもしれないな」

「ふん。何その薄っぺらな挑発。いいわよ。やってみせるわよ。その代わりその分……本業の指導もしてもらうからね?」


 戦場に出るならそれ相応の額を貰わなきゃならないが、指導ならある程度の収入は見込めるかもしれない。

 などと考えながら、ミーンには子供の相手をしてもらった。

 その結果……。

 こいつはここに何しに来たのか。

 三十分も過ぎたあたりで、俺と同じくらい息切れを起こしている。


「ちょ……ちょっと……待って……。ゼェ、ゼェ……や、休ませて……」


 でかい口を利いてたような気がしたが。

 あれは俺にしか聞こえなかった風のささやきだったのか。


「ねーちゃんだらしないなー」

「もっとがんばろうよ」


 このガキどももガキどもででかい口叩き始めたな。

 だがちょっと待て。

 こんな短時間で息が切れるということは、だ。

 周囲の草原から魔族や壊魔が襲ってきたらどうなる?

 もちろん俺たち二人がいれば、こいつらが生き残ることはできるだろう。

 だがそのためにはこいつらにも、退避や避難という行動をとってもらわなきゃ困る。

 その行動中に、こんなにあっさりと体力が尽きたらどうなるんだ?

 その条件はそろっている。

 逃げ場所は山しかない。

 斜面を登るだけでも、平面を移動するよりも体力はいる。

 さらに道悪や下や上にある崖にも注意しなければならない。

 なのにこいつは……。


 知能は大人、体力は子供。


 口先だけうるさいお荷物が雇い主ってことだ。

 まるっきり体力を失ったレックスに、俺の財布を握られたようなものじゃないか。

 最悪すぎる。


「……お前も体、鍛えた方がいいんじゃないか? それに、畑仕事するならよそ行きみたいな飾りの多い服装はやめとけ」

「ゼェ……ゼェ……、うん……ゼェ……そう、する……」


 俺達にじゃれついてたガキどもは、「だらしないのー」などと憎まれ口を言いながらミーンにも遠慮なくべたべたと張り付いている。

 しかし子供らは彼女の名前を一度も口にしていない。

 ミーンが孤児達を引き受けた時の経緯なども知りたいとも思わないが、何か引っかかるものがある。


「ゥおーい、一旦戻ったぜー」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。

 その方向を見ると、レックスが山を下り終わったところ。

 子供らはその後ろに列になってついてきているようだった。

 背中には何やら太い棒状の物とその他の何かが乗っている。

 畑開墾組の子供らはレックスに向かって駆けだしていった。


「あのガキどもはあんなに元気なのに、お前は何てざまだよ」

「わ……悪かったわねっ……ゼェ……」


 今のところ、午前の作業よりはましな進行具合だが、こいつは本当に何しに来たんだか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る