壊魔よりも、子供の方が扱いづらい

 一々俺に突っかかるライナスは、ミーンからの詰問で釘付けになっている。

 その間に素早く朝飯を済ませた。

 レックスとガキどもは既に食い終わっている。


「おい、ヒーゴ。なにぼんやりしてるんだ。あいつが絡んでこないうちにとっとと出ようぜ」

「あ、あぁ。片づけはここにいる奴らに任せるか。この後の予定は……俺は農地の範囲を広げよう。ガキどもの相手は任せる」

「お前、もう少し愛想よくしたらどうだ? ま、いいけどよ。山菜、野草の採集だな? ……どうした? 落ち込んでるのか?」


 こいつのこういうデリカシーのなさも好きじゃない。

 ほおっておいてもらいたいこともあるが、声をかけずにいられないような顔をしてたんだろう。

 傭兵の看板は下ろしてはいない。

 ならば、感情をもっと隠せるようになる必要がある。


「……ライナスから、彼女の名前を聞かされた。それだけだ」

「……あぁ……。うん、まぁなんだ。悪かった」


 憧れだった、そして好きだった女性の名前。

 俺にも好意を持ってくれてた女性の名前。

 だが会うことができなくなって、そして顔ももうほとんど忘れてる。


「開墾は俺がやる。お前はガキどもに振り回されてろよ。あの男の邪魔は来ねぇだろうし、その気持ちも紛れるぜ?」


 ……こいつに気を遣われるのも、慰められるのも、妙に腹が立つ。

 それに、戦闘以外で楽な仕事ってのはどこにもない。

 だが、いつもの俺じゃないことも自覚している。

 こういう時は、癪だがこいつの言う通りにする方が、間違いは少ない。


「けどあの山にガキどもを連れて行けるか? 拓けたところもねぇし、適当な休む場所もなかったよな」


 加えて通り道が狭い。

 引き連れて行くと、こいつらは間違いなく長い行列になる。

 そこに獣の襲撃を受けたら……。


「畑づくりと山菜採りのどちらかを選ばせて、それぞれ面倒を見るしかないな」


 今朝の獣狩りとは違い、ガキどもに食料調達をさせる目的が中心になる。

 やはり……この依頼は全体的に違和感がある。


「まぁなんだ、こんな和んだ仕事も悪くないって思うぜ? 少しくらい血なまぐさい現場から離れてもよくねぇか?」

「ついさっき、魔獣どもの体から抜いた血に囲まれてた奴が何を言ってる」

「はは、違いねぇ。ま、とりあえず一日目くらいは気張ろうか。戦場と違って、自分の身の安全だけ考えりゃいいって話じゃねぇからな」


 いつもふざけたことしか言わないレックスが、ずっとまともなことを言い続けている。

 いやな予感しかしなかった。


 ※


 食用の山菜や野草採集の俺についてきたガキどもは十五人。

 つくづく俺は思い知らされた。

 どんなに自分の命が危険であっても、壊魔や魔族討伐の方が気楽でいい。

 今朝の無気力の目つきはどこに行った?


 むやみやたらに体を触られたくはない。

 それだけで体調が変化することもある。

 なのにこいつら……。

 皮膚の色と背中が膨らんでいるってことだけで、食える野草や山菜のことを知ろうともせず、とにかく俺にまとわりついてきた。

 つい声を荒げてしまい、一斉にビビらせて泣かせてしまった。

 おまけにこの騒ぎを聞きつけて一体の魔獣の出現ときたもんだ。

 握った拳の振り下ろしどころが現れてくれたのは有り難かったが、ガキどもはさらに号泣。


 山菜などは五種類くらい採れたが、それを覚えた子供は三人くらい。しかも全部は教えられず、覚えてくれたのは二種類くらいか。

 山菜を採りに行って、戻って来てから持ってきた荷物を見てみると、食肉の方が何倍も多かったってどういうことだ。

 昼飯全員分賄えるぞこれ。

 野菜が足りないのは仕方がないが。


 戻ったら戻ったで、レックスの奴が涙目になっていた。


「……何があった」

「いじめられた……」


 ローブで隠している下半身を下から覗かれたんだと。


「レックスって人馬族なんだよね?」

「馬じゃなくて牛……カバ?」

「カバだー」

「そ、そんなことより、道具使って畑、増やしてみような? どこまでも広げて構わないって、あのねーちゃん言ってたし」

「カバー」

「かば、かばだー」


 こんな具合が昼休みの時間直前まで続き、開墾作業の指示はほとんど誰も聞かなかったらしい。


「いじめじゃなくて、イジリだろ。しかも報酬踏み倒されたような話じゃなく、いたいけな子供の悪ふざけだろうが」

「うぅ……」


 壊魔も魔族も物ともしない傭兵が、二人揃って子供に振り回されている。


「何やってんのよ、二人とも」


 ミーンは近づいて、あきれた視線を投げつけてきた。

 子供相手に何かをするなんて、生まれて初めての体験だ。

 こんなに気疲れを起こすなんて聞いちゃいない。


「……割増料金貰いたい気分だ」

「……まったくだ。俺にはあんたの使用済みの下着の方が」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。

 やはりどんな時でもこいつはこいつか。


「何馬鹿なことを言ってるのやら。お昼ご飯はどうするの? 今朝のお肉まだ残ってるんだけど、またバーベキュー風にする?」

「あの問題児が来なきゃそれでもいいけどさぁ」

「問題児? あぁ、ライナスのことね? 事務仕事とかで忙しいから、こっちには顔は出さないわよ?」

「よし、決まりだ。午後は担当交代しようぜ。俺が畑に植えられる奴を探して、ヒーゴは開墾な」


 やれやれ。

 昔のことはさておいて、今日半日でいろいろやる気出してくれる分、やりがいはあるか?

 だが……やっぱり傭兵稼業の方が気楽でいいかな。

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