食料調達 そして諍いの予感

 壊魔相手なら、何も考えなくてもいい。

 動かなくなるくらいに壊して倒す。

 俺の能力をぶちかますのが一番手っ取り早い。


 だが、食料入手となれば、しかも大人数の分量となると話は別だ。

 それでも魔力を持たない魔獣猛獣相手だったら、混族の種族スライムの溶解能力で手足と頭を溶かせばそれで終わる。

 その場での血抜きも、その能力を使えばすぐに終わる。

 まぁ途中で自警団の連中に出くわしてひと悶着があったが、何とか丸く収まった。


 あのガキどもの食欲がどれくらいあるかは不明だが、食いきれない量を持ち帰ったら、飯の奪い合いをすることもないだろう。

 俺もレックスも、あの特殊能力以外にも、傭兵、冒険者としてのそれなりの装備は身に着けている。

 我流だが、体術やいくつかの武器を要する剣術も有してるし、普通の魔法が使えない分、魔術師と同格と思われるくらいの枚数の呪符も持っている。

 巨体の獣の急所を攻め、動きが鈍くなったところで体をスライム状にして鼻と口をふさぐ。

 獲物の欠損を最小限にすれば、賄える人数も減らさずに済む。

 獲物の運搬も、スライム特有の性質を利用する。

 溶解能力を完全に消したスライム状態の俺の体の上にそいつらを乗せる。

 あとはそのまま動くだけ。


「何かお前にばかり負担かけてるな」


 レックスが随分殊勝なことを言う。

 まぁ綺麗なお嬢さんエルフの依頼の下で動いてるんだ。

 こいつにはそれ以上の望みはあるまい。

 自ずと真面目に働こうという気にもなるだろうし、事実そんな環境になると真面目に仕事に取り組んでたことも何度かあった。

 つくづく現金な奴だとは思う。


 何が言いたいかというと、こいつがまともなことを言うと気持ち悪くて仕方がない。


「普通に担いで持っていけるならそれでもいいけどな」

「無理だろ。五十人の大人が三回お代わりできそうなくらいの肉の量だぜ? それよりあそこで内臓全部取り出して血抜きしてよかったのか? 山、汚れちまわねぇかな」

「毒性はなかった。山林とかの栄養になるだろ。土で浄化されて川に流れていくだろうしな」

「そーゆー問題かね」

「普段のお前の素行が、俺にとっちゃ余程問題だが?」


 レックスの奴はなんか変な顔をしているが、そんなくだらない会話をしながらも、獲物に損傷を与えないように気を遣いながら、山の斜面を下っていく。

 木々の間が狭いところで引っかかることもあったが、木を押し倒して道を作りながら得物を運ぶ。

 そしてようやく孤児院の後ろの塀が見えるところまで降りることかできた。


「めんどくさい。ここから転がすか。あっという間にこいつを届けられる」

「ぶっ! ヒーゴも時々ぶっ飛ぶこと言うな。塀が壊れるに決まってるだろ。肉が飛び散ることはなさそうだが」

「壊れた塀の修復は必要経費だろ? それが嫌なら、何であいつらに腹いっぱい食わせられなかったんだって話だ」


 俺の理論に間違いはない。

 あったとしても知ったことではない。

 山の斜面を転がせて落とす。

 自警団と遭遇した時の時間のロスもある。

 ……ほら、あっという間に到着だ。


「あーぁ……。塀、壊れちまったな」

「食用になる肉は無事だ。気にするな」

「ぶはっ! 建物を気にしろよお前はぁ!」


 ゲラゲラと笑うレックスを横目に、俺もその跡を伝って山を下る。

 孤児院のスタッフとミーンがその場所に出てきていた。


「こ……これは……」

「ヘルハウンド三体に……足はもげてますが……バジリスク二体?」


 食うところが少ない顔と足はもいできた。

 それでも正解。よくできました。


「皮を剥いで洗って焼くだけで食えるはずだ」

「そ、そうじゃなくて……ヒーゴ……レックス……」


 ミーンに呼び捨てにされた。

 こいつの対人の距離感がいまいち分らんな。

 あ、あぁ……肝心なことを忘れてた。そりゃ戸惑うか。


「このままじゃ館内に運び込めないな。そこまでは気が付かなかった。ここで細断するか」

「ちょ、ちょっと。ヒーゴ。あなた達こんな短時間で」

「短時間? 朝飯に間に合うかどうかって時間なのに短いわけないだろう」


 レックスの能力は獲物を探し、見つけ出すときにも重宝する。

 ただ、方針が決まっている探査で、他の対象の物は察知しづらくなるという融通の利かなさが欠点だ。

 それが自警団とやらと遭遇する羽目になってしまったが、目的は達成したから良しとするか。


「言いたいことがあろうがなかろうが、それよりガキどもが腹を空かせて待ってんだろ? ただ待つよりも一緒に仕事させた方が手間が省けていいんじゃないか? おーい、お前らー」


 建物が意外と大きい。

 勝手口とかは知らないし建物の内部もよく分からない。

 ちょっと距離はあるが、素直に玄関まで回るか。


 ※


 俺も腹が空いてきた。

 料理ができるまで待ちきれないくらいに。

 ということで、朝からなぜかバーベキュー風な飯の時間になってしまった。


 子供ら全員に刃物を持たせ、外に追い出した。

 食べたい分量を切り取って持って行かせようと思ったが、獲物を見た瞬間、今まで死んだ目をしてた子供らが急に眼を輝かせた。

 それから調理を始めると、この日の予定にいろいろと遅れが出るということから、その場で飯を食うことになった。


「こうやって皮を剥いでだな」

「こ……こう?」

「そう。で……この白い部分が脂身。赤いところが肉。肉ばかりだと味気ないんだよな。白ばかりだと肉が食えねぇぞ」


 表情がころころ変わる分、俺よりもレックスの方が子供らに人気がある。

 頭は出してはいるが、それ以外はローブで隠している俺は、子供らには流石に不気味か。


「……お兄ちゃん」


 一般人が片手で持ち上げられるくらいの重さに切り分けて、子供らの作業の手伝いをする。

 表舞台に立つよりも、こうして陰にまわって作業する方が、俺の性格上


「お兄ちゃん」


 なんか、一人の女の子にまとわりつかれた。


「……お兄ちゃん、って俺のことか?」

「うん……。お兄ちゃんって体、悪いの?」


 いきなり何を言い出すやら、この女児は。


「至って元気だ。お前も好きなだけ肉切り分けて来な。あ、切った後か? なら焼かないとな」

「お兄ちゃんの背中、曲がってるから。あたしのおじいちゃんも同じくらい曲がってたの」


 ……ミーンからも猫背って言われたな。

 まぁ数えきれないくらい言われたが。

 猫背と言っても、前かがみになってるわけじゃない。

 腰も背中も曲がってるわけじゃない。

 むしろ前身は真っすぐなんだが。


「余計な事気にしなくていいから、自分の食いたい分好きに取ってもかまわないぞ」


 俺の言葉に頷いて、みんなが騒いでいる肉の塊に向かって走り去った。


 ……久しぶり労わりの言葉をもらったな。

 皮肉も邪心もない、普通の言葉で。

 思い返してみれば、俺はこいつらよりもっと痩せてたか?

 孤児院の職員からも毎日虐げらて青あざが絶えなかったりしたから、あの頃と比べりゃまだましか。


「おい、話を聞いてもらうぞ」


 顔を見なくても誰かは分かる。

 ライナスがやってきた。


「周囲を巡回中の自警団からの報告を受けた。お前のほかにも『混族』がいると判明した」


 肉の塊一つなら、その皮を剥ぐだけで終わる仕事だったが、ある程度の大きさに切り分けてたからその数の分、この作業も増えてしまった。

 全くもって面倒だ。


「お前と同じようなローブ、それに手袋をしてたそうだ。さすがに背中は曲がってなかったようだが、フードを被ってたからはっきりとは見えなかったが青い肌をしてたんだと」


 話し、聞いてもいいけどさ。

 作業の手が進まなくなっちまう。


「彼女はセイル=パーナーと名乗ってたそうだ。心当たりはないか?」

「……今の俺の相手はこの肉の塊だ。それに青い一族は俺一人しかいない」

「……まぁいい。その人物とは、今朝、あのイルーナ山脈で出会ったんだそうだ。そいつの見つけてきてもらおうか」


 ……そいつを見つけてどうするつもりなんだろうな?

 一人しかいないと思われた青い一族、『混族』をもう一人見つけました。

 総帥とやらに、これで壊魔を全滅させましょう、とでも進言するつもりか。

 あわよくば、あんな天然の執事どまりじゃなく、国家権力を手にするための出世を見込んでいるのか。


「はいはい。じゃ、その前にお嬢様にお伺いをたてましょうかね」

「なっ! おい、貴様!」


 立場上、こいつはミーンの指揮下にいる。

 自警団も恐らく彼女の下に配置されてるだろう。

 こいつが直接俺に依頼を持ってきた。

 彼女が俺へ、新たに依頼を持ってくるのが筋。

 ということは、彼女の知らない所で何かの計画でも立ててるのか。

 何を考えているのかは知らんが……。


「……今のところ、俺はお前じゃなくて彼女の犬だ。だからあいつの言うことには従おう。お前の言によれば、総帥は、まず彼女からの用件を優先、その上で、その上からの依頼を受けることだったよな?」


 こいつ、初対面の時からずっと不愉快そうな顔を向けてるよな。

 そんな奴の顔など、こっちも願い下げだが……。


「お前からの依頼の言葉の中に、総帥とか上司とか、そんな言葉が全く出てこない。俺には彼女にこの件を確認する義務がある」

「ま、待て!」

「命令系統の足並みに乱れがあったら、いろいろとまずいだろ。お前にどんなに見下されようが、俺は今のところ、あの女に忠誠を尽くす立場だ。もっとも今日の日当はまだもらってはないがな」


 下心を持ってる奴からは、なるべく遠くにいたいものだ。

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