令嬢ミーンの本音がチラリ
こんなところで押し問答したところで、事態に変化が起きるわけがない。
「止めとけ、レックス。俺達に正義は似合わない」
ミーンの様子に変化があったようだが、目を閉じていた俺には分からない。
「こいつらに掛ける金が投資ねぇ。将来見返りが来るかもしれないっていう期待のことだよな?」
ミーンからの返事はない。
が、それに構わず言葉を続ける。
「逆だよ。こいつらはお前らに投資してたんだ。金じゃなくて食い物。自分達の食いたい思いを我慢して、余ったのをお前らに分ける。そんなつもりで生活してたんだ。ここでどれくらい生活してたか知らんがな」
「そうそ。その見返りは、殴られないこと、怒られないこと、罰を与えられないこと、今よりももっとつらい思いをしないこと、などなど、だな。そうでなきゃ、着てる服が上下それぞれ、つぎはぎだらけの布切れ一枚ずつってことはないだろうよ」
こいつらはこいつらなりに機嫌を伺い、仲間同士で爪はじきにされないようにビクつきながら生きてきたってことだ。
「ど……どうしてそんな……。みんな、どんな態度でこの子達に接してきたの?! まさか、いたぶってたりしてたんじゃないでしょうねっ!」
「お、お嬢様っ! そんなこと一切していませんっ!」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
スタッフが一斉に首を横に振る。
このお嬢様は、ほんとに埒が明かなくなるような質問しかできないんだな。
「お前らの中で、ここで一回も叩かれたりされたことがなかったら手を挙げろ」
全員が勢いよく手を挙げる。
もし叩かれたりしてたら、こんなにすぐには反応しない。
つまりスタッフの行動は、彼らの言う通り、虐待など一つも行われていないことに何の疑いもない。
ただ、それでも、子供らからの信頼は得られていないとも言える。
なぜかは知らないが、彼らを信じる気も起きない、ということかもしれない。
だが、今までひどいことをされずに済んだ。
そしてこれからもそうであってほしい、と信じたい気持ちが、食べたい気持ちを堪えさせてるのかもしれない。
死んだ魚の目をしている孤児達だが、それでも、どこにあるか分からない希望に縋りたがっている。
そして、それが裏切られた時には、子供らの共同生活は一気に崩壊するだろうな。
誰を最初に生贄に出すか、とな。
「……俺は訳あって、このローブを脱ぐわけにはいかないんだ。だが分かるだろ? これだけ青い肌をしてるんだぜ? ……『混族』……って言葉、聞いたことないか?」
これで何回目だろうか。
自ら蔑む言葉を口にして、相手の意思を確認するのは。
「……死んだ父ちゃんが言ってた。魔物と人との合いの子だって」
この世界の住人はいろんな種族がいる。
それを一まとめにして『人』と呼び、その『人』を脅かす存在全てを『魔物』と呼んでいる。
事情を詳しく細かく知っている者は、魔物をさらに細かく区別して呼んだりもするが。
「その通り。ひょっとしたらお前らの中には、家族を魔物に殺された奴もいるんじゃないか? 俺の体にはその魔族の血が半分」
「止めて!」
俺の言葉を止める叫びが、俺の横から飛び出した。
「……ミーン……」
「それをここで言ってどうなるの? ひょっとして、彼らに危害を加える芝居でもするわけ? 悪役に徹するつもり? 冗談じゃない! 私はあなたたちに、子供達の指導者になってもらうために来てもらったの! そんな茶番をしてもらうつもりはないから!」
……なぜミーンがこんなに怒ってるのか、理解できない。
今一番大事なのは、ここのスタッフ達が孤児達に信頼してもらうことなんじゃないのか?
台無しにしてどうするんだ。
俺に怯えてたここのスタッフ達が、ミーンに驚きの目を向けている。
「私も、この二人にいろいろ教わるためにここに呼んだの!」
いやちょっと待て。
子供達が自活できるようにするために呼んだんじゃないのかっ。
そっちが本音かよっ。
「狩りをしてるのも知ってるし、作物育てることができるのも知ってるっ。あの壊魔を斃す力を持ってることだって知ってるっ。けど、壊魔や魔族との全面戦争がずっと続くとも思わないっ。あいつらを退けた後、平和な世界がよみがえるって信じてるっ。でもその世界に住む人がいなきゃ、誰も幸せになれないでしょう!」
朝っぱらから感情爆発させて、何が言いたいのやら。
綺麗なお嬢さんが荒れてるぞ。
何とかしろよレックス……って、レックスも呆気に取られてこいつを見てる。
どうしようもないな。
「『混族』だからって何よ! この人達はね、報酬を踏み倒されても、依頼人から裏切られても、それでもこの世界のために壊魔と戦い続けてきたのよ?! 過去にどんなことがあったかまでは知らないけど、それだけでも信頼を得るに十分じゃない! それを、ライナスもそうだし……みんなもよ?! なんで毛嫌いするわけ?!」
「ミーンさんよ、そんなことより、こいつらの朝飯はどうするんだ?」
俺の呟きを聞いて、ミーンはようやく怒りを納めた。
青年が世界に訴えたいこと、じゃあるまいし。
「とりあえず、俺達は山の方に行ってくる。あの畑の野菜だけじゃこいつらはとても満腹にはならんだろうよ。買い置きがあったとしてもな」
「……間に合うわよ、十分すぎる程」
「でもこいつらは遠慮して、無理にでも余らそうとするぜ? ……レックス」
「おぅ、大物一匹仕留めりゃ十分だろ。腹空かせて待ってな、チビども」
この建物は山を背にしている。
昨夜の獣の叫び声はそっちからだ。
「狩って戻るまで……四十五分くらいか? 合わせて一時間半くらいありゃ食卓に出るだろ」
「ま、待って!」
これから何かしようってときに、こうして呼び止められるとやる気が削がれる。
全くもって好きじゃない。
やる気をへし折ってどうする気だ。
「何か言うことがあるのか? 急がないと朝飯の時間に遅れちまう」
「イルーナ山脈には、そりゃ魔獣とかはたくさんいるけど」
「いるなら問題はないな」
「ここを出た孤児達で編成してる自警団も巡回してるから……」
昨日聞いた話の、就職先の一つってわけか。
「心配するな。俺達の逃げ足だってなかなかのもんだぜ?」
レックス……言いたいことは分かるが、言い方をもう少し変えてくれ。
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