無気力な孤児らを前にして

 ミーンは、彼女の屋敷のすぐ外の、畑のそばの大きな建物の中に、俺達を先導して入っていく。

 俺達二人はその後についていった。


 その孤児院の玄関前で掃き掃除をしていたのはそこのスタッフ。

 ミーンは彼らと、挨拶と軽い会話を一言二言交わし中に入る。

 そんな彼らからは、やはり怪しげな目で見られた。

 そう見られるのも当たり前か。

 朝っぱらから全身を隠す黒っぽいローブを頭からかぶってれば、誰だってそんな人物には注意を払う。

 ましてや子供を守る立場であればなおさらだ。


 こっちは別に構わない。

 何の被害もなければな。

 それにそんなことより……。


「お、おぉ、いるなぁ」


 気の抜けたレックスの声が聞こえた。

 中に入ると広いロビーが目に飛び込んでくる。

 そこにずらっと子供達がいるが……。


「……あんまり変わってないな」

「……そう言われりゃ、そうかもな」

「変わってない? 何が?」


 ミーンが俺達の言葉の真意を聞いてきたが、理解できないのは当たり前か。

 その生活を想像もしたことがなかっただろう。

 今現在も、寝食を別にしている時点で推して知るべし。

 それに、いろんな種族がいるが、男女問わず痩せた体格、ボロボロの衣服はみんな共通。

 そして俺達を見てもほとんど変化のない、無気力そうな表情。

 今しがた玄関先では、怪しまれる目で見られたこの姿を見ても、だ。

 フードを脱いだ。

 久々に頭部全てを空気に触れされた。

 肩まで届く長い髪は、我ながらうっとおしい。

 が、仕方がない。

 子供らの反応を待つ。


「青い……」


 という声が二つ三つ出るばかり。


「お、おい、ヒーゴ。いいのかよ」

「構わない。『混族』という言葉が出るなら考えるけどな」


 子供らは、この世で使われる『混族』の意味どころか、その言葉すら知らないようだ。

 ある意味俺にとっては新鮮な反応であり、意思疎通が難しいところもありそうな予感もする。


「ヒーゴ=カナックだ。自立できるようになるまで指導してくれ、とこいつに頼まれてやってきた。……レックス、自己紹介は自分でしろよ」

「お、おぉ。レックスだ。よろしくな」


 いつもの軽口が出てこない。

 俺もそうだが、そして多分レックスも、過去の自分を見てる気がしてるんだろうな。

 ミーンは驚いて俺の方を見ている。

 見惚れるような顔はしてないはずだがな。


「……ここでいつから生活してるか分からんが、ここに来てから殴られることはなくなったって奴は手を挙げろ」

「なっ! 何を馬鹿な事言ってるのよ! あるわけないでしょう!」


 ミーンがいきなり大声を出した。

 だがそれは関係のない話だ。

 こいつは四六時中子供らについて回ってるわけじゃないだろうしな。

 思った通り、全員が手を挙げた。

 本当か嘘かは分からんがな。

 だが、手を挙げる気はあるし、反応することができるだけ、表情程心はまだ無気力じゃないのは分かった。


「普通の奴は一日に飯を三度食う。ここにきてからそれが毎日できる奴は手を挙げろ。毎日じゃない奴は挙げなくていい」


 全員が手を挙げる。


「ちょっと! 私達が虐待してるのを疑ってるの?!」

「うるせぇな。黙ってろ。……食事は毎回お腹いっぱいになるまで食えてるか?」


 一斉に首を横に振る。

 まぁ予想通りだ。

 ミーンは……信じられないという顔で、口は半開き。

 ここに来るまでの習性や習慣が、そう簡単に変えられるわけがないだろう。


「ど、どういうこと? 毎日ご飯はたくさん食べられてるんじゃないの? ちょっとっ! 誰かいるー?!」


 やれやれだ。

 やっぱりこのお嬢さんの考えは、俺達から見ればおままごととそんなに変わらないレベルだ。

 こいつらに喜んでもらえるに違いないという行為をすると、間違いなくこいつらは喜んでくれる。

 ミーンはそう思い込んでる。

 ミーンが思っていることとは異なる事実に、目を向ける気も起こさないし目を向けるつもりもない。

 だから思ったことと違う現実を目にして慌てて、その原因は他にあるだろうと考え、探しに行く。

 今のミーンの行動はその象徴だ。

 何のことはない。

 壊魔討伐計画を立てる連中と変わらないってことだ。


 玄関の扉が開いて、ミーンが再び姿を現した。

 その後ろには、さっきまで玄関前の掃除をしていた者達だ。

 彼らは皆一様に青い顔をしている。

 俺が視界に入ったのか、みんなこっちを睨みつける。

 残念だったな。

 顔の、いや、体の青さでは敵なしの俺には誰も敵うまい。

 そんな風に俺を睨みつけたところで、俺の青さは薄くはなりはしない。


「ねぇ、みんな。もう一度聞かせて? えっと……みんな、毎日ご飯をたくさん食べてるんだよね? それで……足りてないの?」


 そのミーンは子供達の前で、そんな彼らを睨んでから向き直り、そんな質問をした。

 だが質問の仕方が悪い。

 子供達からは何の反応もなかった。

 それもそうだ。

 どう答えたらいいか分からないんだろう。


「質問の仕方を変えたらどうだ?」

「質問の仕方?」


 俺はミーン達から子供らの方に向きを変え、改めて質問を出した。


「飯を食いたいのを我慢して、手を付けない料理が少しでも多くなったら、ここの大人達から喜んでもらえると思った奴は手を挙げろ」


 ミーン達は、驚いた表情のまま凍り付いたように見えた。

 俺の質問には、全員が手を挙げた。


 俺の頃も、今のこいつらも、時代が変わっても考えてることは同じってことだ。

 関わる大人達の考えは変わったかどうかは知らないが。


「ど……どうして……、どうしてみんな、お腹いっぱい食べてなかったの?」

「いや、質問する前に気付けよ。みんな体が細いじゃないか」


 俺のボヤキにスタッフ全員が反応し、俺を一斉に睨んだ。


「ちょちょ、ちょっと待った。そんな顔するからみんな遠慮しちまうんじゃねぇの? その怖ーい顔が、いつどんな理由でこっちに向けられるか不安だったんだろうよ。……それともそれが本音か?」


 自ら口にした最後の一言に、レックスは逆にそんな彼らを睨んだ。

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