翌朝、俺達の職場と初対面

 翌朝。

 久々に、安眠を約束するような寝具の中での目覚めは……。


 はっきり言って落ち着かない。

 丁重なもてなしに慣れてないということもあるが、ミーンの見通しが甘いんじゃないのか? と不愉快を通り越して怒りを感じることがあった。


 眠りにつくまでの間、遠くからかすかに聞こえる何かの声。

 間違いなく屋外からのもの。

 推測するに、魔獣の類だ。

 夜行性の魔獣が近くにいる。

 孤児受け入れを引き受けておいてそんな場所に孤児院を作ったというのが、その扱いにぞんざいさを感じざるを得ない。

 しっかりとした睡眠ができなかったのは、もやもやとした気持ちを抱えたままベッドに入ったせいだろう。

 寝巻は用意されていたが、平常時の気分をこれ以上壊されそうな気がしたので、今まで通り着のみ着のままベッドに入ってた。

 そんな落ち着かない気持ちにさせる条件のせいか眠りが浅く、日が昇る前の外の明るさで目が覚めた。

 窓からその建物を見た時に驚いたのが、夜中ははっきりとは分からなかったが、その農地の広さ。

 いや、狭さだ。


 確か五十人の子供達を引き取ったとか言ってたな。

 農地からとれる食料は、彼らの二日か三日分程度じゃないのか?


 まだ誰もが眠っている時間だろう。

 玄関は戸締りされたままに違いない。

 今日の仕事を言い渡される前に、現場を下見する必要がありそうだ。

 部屋は二階。

 窓から飛び降りても差し障りはない。


 世界の半分が壊れているというのに、それを感じさせない華やかな庭園。

 色とりどりの綺麗な花がこの屋敷の庭全体を飾っている。

 噴水まであるとは、このご時世には似つかわしくない過剰な装飾としか思えない。


「よお、早起きだな」

「……レックスか」

「おぅ、お前が地面に着地した音で目が覚めた」


 馬鹿言うな。

 そんなでかい音を出すかよ。

 というか、もしそうなら着地する前まで寝てたことになる。

 ベッドから出て、おそらく同じように窓から飛び降りてきたんだろう。

 こんなわずかな時間でそんなことができるわけがない。

 普通に、同じ頃に起きたとか言えばいいものを……。

 お茶らけることに命を懸けてるとしか思えない。


「……で、お前は何でここにいるんだ?」

「朝から冷てぇなぁ、おい。おそらく考えてることはお前と同じだよ」


 レックスはそう言うと、高い壁を軽々と飛び越えた。

 あいつもあいつで畑の様子が気になったんだな。

 俺はあいつみたいな跳躍力はない。

 が、俺の体の半分を形成している魔物の力を使う。

 その種族はスライムだ。

 体を変化させ、壁にへばりついて登る。

 そして飛び降りて目に入ってきた光景は、やはり思った通り決して広くはない畑。

 しかも採れる野菜の種類も……二種類程度。


「……土、痩せてるかもな」

「同じ作物をずっと植え続けてれば、そうなるな」


 俺たち二人だけですら、農地の広さはこの二十倍は必要だ。

 ましてや、俺達の食料はそれだけじゃ賄えない。

 だから釣りや魔獣などを狩りに行く。

 子供とは言え五十人分じゃ、まず無理だ。

 どんな生活をしているのやら。


「おはよう。ここにいたのね。部屋に行ってみたらいなかったから、どこに行ったのかと……」


 背後から突然声をかけてきたのはミーンだった。

 タイミングがいい。


「ちょうどよかった。お前に聞きたいことがある」

「何かしら?」

「子供達は今どこにいる?」


 ミーンは傍の大きな建物を指さした。

 まぁそれは予想通りだな。

 小さい方は気になるが、別に知りたいとも思わない。


「あそこの……ミーナス孤児院って名前だけど、そこで生活してるわ。孤児院の名前だけど、それがある都市名をつけてるの。けどここは私の住まいの敷地内だからね。私の名前を変えてつけてるの」


 名前なんてどうでもいい。

 問題はそいつらの食生活だ。

 あれから二十年以上経ってるのに、劣悪な環境は全く改善されてないのか。


「自給自足を目指してるけど、子供達だけだとどうしても限界があるから、食べ物で足りない時は買い物で済ませちゃうけどね」

「ちょっと待ったミーンちゃん。その金はどうやって捻出するんだ? 食費なんて馬鹿にならねぇぞ?」

「お金の使い方って三通りあるのよね。浪費、消費、投資。私の……というか、財閥のお金の使い方はすべて投資。子供はいつまでも子供じゃいられないのよね。だからここを卒業した後は、うちの事業を手伝ってもらおうってこと」


 なるほどな。

 子供の頃から自分の事業で働く者達と顔見知りになり親しい間柄になれば、事業側は何も知らない人を雇うよりもいくらかは人となりを知ってる者の方が雇いやすい。

 つまりそんな年齢になるまで孤児院で面倒を見るということだ。


 子供のうちに身売りをさせる俺達の頃とは……。


 ……今は昔を振り返ってる場合じゃない。


「将来設計はともかく、その前にくたばるようじゃそれこそ浪費だろう。数ある事業もその顧客の絶対数が減ってるはずだ。世界情勢を考えれば、投資も先行き不安になるだろうよ」

「ところでミーンちゃん、よくここに来れたね?」


 レックスがいきなり話題を逸らす。

 ここって、どういうことだ?


「門、閉まってんだろ? まだ日が昇り切ってないし。早起き?」

「早起きって言うか、起床時間だから。みんなの様子を見とかないと。子供だから朝起きたら具合が悪くなってたってこともあるから」


 それなりに面倒は見ているのか。


「あ、みんなに紹介するのに丁度いいわ。二人ともついてきてくれる?」

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