令嬢の些細な我がまま

 ランザイド大陸に到着したのは予定通り夕刻。

 しかし目的地は大陸という大雑把なものではなく、アルカンヌ財閥が存在する大陸の中の一国。

 大陸一国土が広く、人口やいろんな物の生産力が高いブライン王国の首都エイバーン。

 船が到着した砂浜がある都市の二つ隣の都市だそうだ。


 流石大都市。

 移動手段は背に小屋を一つ括り付けることができるほどの大きな飛竜。

 陸路ならどれくらい時間がかかるか分からない。

 ましてや日が沈み、暗くなる時間帯。

 そんな中でほとんど時間をかけずに長距離を移動する手段としてはこの上ない便利さだろうな。

 操縦士は執事のライナス。

 その小屋にはミーンと俺達の三人。

 その時間の短さゆえに、ゆっくり話をすることはできない。

 飛竜が着陸した場所は、高い塀に囲まれたミーンの屋敷の敷地内。

 着陸前にしか見ることはできなかったが、その塀の外には畑があって、建物が二棟あった。

 俺達はまず、敷地内の屋敷の方に案内された。


「ようこそ、我が屋敷へ。明日から作業に入れるように、今のうちにさっさと契約確認しましょう?」


 ライナスが意味ありげな目つきをこちらに向ける。

 が、こっちは知らないふりをする。

 面倒事はご免だ。

 彼女の執務室に入り、契約の細かい項目を詰めていった。


「ところで期間の話なんだけど」


 随分馴れ馴れしい話し方になったもんだ。

 期間は絶対にはっきりとしておかなければならない項目の一つだ。


「うちに永久就職する、というのはどうかしら?」


 部屋の中の空気が固まった気がした。

 時計の針の音がやけにうるさい。


「な、何か変な事言った?」

「えーと……ミーン……ちゃん?」

「だからちゃん付けされる言われはないんですけど?」

「永久就職っつったら、プロポーズとか結婚とか、それを遠回しな言い方をした一つだと思うんだけど……」


 再び耳障りな時計の針の音が耳に飛び込む。

 さっさと早くこの場から去り、睡眠時間に入りたい。

 何と無駄な時間だろうか。


「そ、そういう意味じゃないわよ! アルカンヌ財閥の私の受け持つ事業で働いてみないって聞いてるのっ! なんで結婚話になるのよ!」

「初対面相手に就職案内ってどうかと思うんだよな、俺」

「初対面かもしれないけど、いろいろお話ししたじゃない。私だってそれなりに人生経験積んでるのよ? あなたたちの大体の人となりくらいは分かるわよ」


 天真爛漫じゃなくて天然か?

 本当に分かるなら、この執事をすぐにクビにしそうなもんじゃないか。

 そいつの顔を見なくても、今どんな顔をしているか分かる。

 こっちを睨んでる気配がする。

 だがこのお嬢様は一向に気付いてないようだ。


「おかしいこと言ってないと思うわよ? 傭兵だっけ? まともに料金支払える依頼人が、今のこの世界にいると思う? 企業やお金持ちはどんどんいなくなっていく。仕事にならないんじゃない?」


 自給自足の生活は、食生活だけは不自由はあまり感じることがない。

 が、他の面では確かに金がなければ不便なこともある。

 傭兵を引退した後ならそんな生活も悪くはないかもしれない。

 ……まぁ俺達の身の上のことはともかくだ。

 こいつは時々一理あることを言う。


「んじゃ、ミーンちゃんは大家さん。俺達はミーンちゃんの用意した部屋で下宿生活。ついでにミーンちゃんの仕事の手伝いで家賃稼ぎ。自立できるくらい金が貯まったら期間終了、なんてどう?」

「金が貯まったらってお前……。その気になりゃこの国で豪邸買って、何もしなくても生活できるくらいの金は持ってるだろうが」

「ん? あ、あぁ……そう言えばそうだったな。テヘ」


 可愛くない……。

 むしろぶん殴りたいそのやっちゃったっていうような笑顔。

 やっぱりこいつはウザすぎる。


「まぁそんな感じでも構わんか。どうせ子供らに、俺達が知ってる農業技術とかを教えればいいんだろう?」

「それとできれば勉強も」

「おい」


 向こうではそんなこと一つも言われてなかったぞ?


「それとできれば、子供達に自分の身を守る方法とか、魔物に襲われた時の対処法とか」

「おい」

「私にも教えて?」

「おい」


 依頼の追加なんざ最悪だ。

 報酬の契約はもう決定させてしまった。

 追加分の報酬も貰わなきゃならんが……。


「ちょうどいい感じなんじゃねぇの?」


 この綺麗なお嬢様と離れたくないからって、何か適当な理由をつけるつもりか、こいつは。


「よく考えてみろよ、ヒーゴ。日当が金貨一枚だ。そりゃあ傭兵の仕事の報酬と比べりゃとんでもなく低い額だけどよ、一般人の日当ってば銀貨一枚、もしくはそれを越えるかってとこだろう? その十倍だぜ? 大勢に何かの指導をするなら真っ当な金額だと思うぞ?」


 言われてみればそうだな。

 状況に感情が振り回されてたってところか。

 学校の先生のつもりで生活してれば問題ないか。


「……いいだろ。とりあえず契約はこれで完了だな」

「お疲れ様。ちょっと遅いけど夕食を準備させるわ。その後で空き部屋に案内するから、きょうはそこで休んでちょうだい。明日からは向こうで生活してもらうから」


 向こう……。

 畑があった場所の建物のことだな。

 暗くて良く見えなかったが、規則正しい感じで同じような植物が多く生えていた。

 種類は分からなかったが、間違いなく畑だろう。

 そして建物と一言で言うが、何となく兵舎に似た感じの建物と、それに比べると五分の一くらいの狭い建物。

 外見からのイメージだが、大きい方は集団生活に適した建物というか。

 となると狭い方はどうでもいいが、つまりこいつが引き取っている孤児達がそこで生活していて、俺達はその孤児達と一緒に生活する、ということか。

 ……特に何かを教えるものを持ってるわけじゃないし、誰かに何かを教えるような立派な経歴を持ってるわけでもない。

 効率のいい教え方を知ってるわけじゃないし、そもそもそんなガラじゃない。


 せいぜい好きにさせてもらおうか。

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