財閥令嬢からの依頼とは
「窮屈そうに座るのね。レックスは仕方がないにせよ」
畜車に乗り込んだ俺は前かがみで座席に座る。
ミーンはそんな俺を見て、思わず口から出たんだろう。
ここに限らず、椅子に座る時は必ず重心を前に傾ける。
レックスは人馬族だから、人型のための椅子には座れない。
ボックス席一つだけの客席の間の床の上にレックスは座る。
それでも俺とレックスは、ミーンと向かい合う形で畜車の座席に座ることができるほど、客車の中は広かった。
彼女は一瞬戸惑いの色を見せたが、それ以外は何の変哲もない様子。
俺と初対面の相手は、みんなそんな態度をとる。
青い顔ってのは、それだけ見慣れるはずもないものだろうからな。
ってことは、彼女に真正面から顔を見られたのは初めてか。
「……んんっ。……じゃあ早速説明するわね」
僅かに乱れた心の中を取り繕ってる態度が見え見えだ。
まぁ別に気にしないがな。
車中ではミーンの抱えている事情の話を聞いた。
数年前までランザイド大陸では毎日、上陸しきれないほどの難民がやってきたという。
しかし壊滅した六つの大陸から逃げ出せた人らを、全員受け入れることはできなかったと。
そりゃそうだ。
あっという間に食糧不足になるだろう。
問題の根本の壊魔らをせん滅すればそれで解決。
しかしその力は持ってないはずだ。
一日がかりで一体か二体くらいは倒せるだろう。
だが押し迫ってくる壊魔相手には、防戦するのが精一杯だろうな。
難民は、浅瀬などではなく、深い海溝沿いにやってきたらしい。
そこら辺は生きる人の知恵ってところか。
壊魔なら水に浮かぶことはない。
海のど真ん中で襲われる心配はないからな。
それでも犠牲者はいたそうだ。
飛行可能な魔族に襲われたとか。
「ランザイド大陸内国連合で、上陸を許す対象の基準を決めたのよ」
「線引きがないと、我も我もとやってくるだろうしな」
「そう。その対象は二つ。まず、道具なしの手作業で何かを生産できる者。いわゆる技術職人ね」
「なるほどな。受け入れる側が損ばかりしてりゃ、受け入れられる人数も減る。受け入れる側も得になることがなきゃなぁ」
なるほどな。
受け入れる側に何の利益もなけりゃ、受け入れる意味はない。
けどすべて手作業で何かを作り上げる者って、そんな奴いるのか?
「非常事態じゃなければどうかしら? 普通の引っ越しよね? 引っ越しして、その先で私達の生活を守ってくださいって言う人、いると思う?」
「まぁいねぇな。引っ越し先なら人は多いし、ここより商売繁盛できそうだって考えるよな」
傍から見て、レックスはミーンと普通に会話をしている。
まともに会話すりゃ、お望み通り綺麗なねーちゃんとお近づきになれるというのにな。
今まで傭兵の仕事をしてきた中で、俺への印象は「不愛想」が圧倒的に多かった。
まぁ全身を隠すようなローブを四六時中身に纏ってて、喜怒哀楽も激しくなければそう思うか。
それに比べればレックスの方は愛想がいい。
というより、お調子がいい。
言い方を変えれば取っつきやすいってとこか。
だがそれよりも、こいつはウザい、という声が多数だ。
残念なことに、こいつにはその声が聞こえてないらしい。
で、もう一つは何だ?
「もう一つは、保護者なしという条件を満たせる子供達ね」
「普通なら親と一緒に保護するもんじゃね?」
「そうなると子供達全員を受け入れられなくなる。どうしても食糧問題が、壊魔への防衛よりも先にやって来るわね」
「……で、その条件を満たせた子供らはいたのか?」
思わず口を出してしまった。
別に空気が変わったわけじゃなかったが、俺へのレックスの視線が気になる。
「もちろん。自分のことを顧みなかった親御さんたちの子供ね。それと、粗雑に扱われてた孤児達全員」
「全員? たくさんいたんじゃねぇの? よく引き入れられたな」
「そんなんでもないわよ。。……連合とはいいながら、国がいくつもあるからね。どの国も引き入れてくれたわけじゃなかったし、それについてはそれぞれが責任もって受け持つことってことになったのよ」
「で、そっちは何人引き取ったんだ?」
「ヒーゴ、お前ぇ、顔、強張ってんぞ? 声もいきなり低くなって怖ぇしよ。まるで取り調べじゃねぇか。ミーンちゃん怖がってるぜ? ごめんな。俺達も孤児だったんだよ」
こいつ、勝手に何過去話語り始めるんだよ!
「おい、口が軽すぎるぞレックス。まだ正式に依頼を受けちゃいない」
「この仕事、信頼を得るのも大事だろ? それに……ほっといたら俺らと同じ道辿るぞ?」
言葉に詰まる。
俺達のような、まともな人生から足を踏み外す道には進んでほしくはない。
「……話の途中だったな。引き取った子供らは何人くらいなんだ?」
「他の国はどうかはわからないけど、千五百人。三百カ所にその施設を作ったの。五十人ずつに分けて生活してるわ」
一つの町じゃなく、いくつかの都市……国内合わせて三百か。
指導者がまともなら悪くはないだろうが……。
「その子らの安全を守るってことだろ? 結構なことじゃないか。なぁ、ヒーゴ」
「三百カ所も渡り歩くなんて勘弁してほしいところだが?」
「そんなわけないでしょう? いくら自給自足の生活ができると言っても、あなた達だって体は一つしかないんだから。お願いしたいのは私が面倒を見てる一か所だけ。自活できる方法をあの子たちみんなが身につけてくれれば、その子らと私で他の施設の子供達に伝えることができるし」
体は一つ、か。
……まぁ、いいさ。
日当は金貨一枚って言ってたしな。
銀貨一枚あるいは銅貨百枚あれば、毎日ちょっと贅沢して過ごすことはできる。
その銀貨十枚分だ。
調子がいいことを言ってるが、レックスの言うことも筋が通ってるし、そう思えば妥当な額か?
それに何より……。
「けどずっとこんな綺麗なお嬢さんと一緒に仕事ができるなんて、俺も幸せもんだよなぁ」
今までの会話を続けてれば、初対面の時の印象からかなり上方修正させてたはずなのにな。
どうして自分から評価を下げに行くのだろうか、この男は。
見てて面白いから注意する気は起きないが。
「ずっと、って訳にはいかないわよ? 私だって子供達の世話ばかりしてればいいわけじゃないし、お父……総帥の仕事の手伝いもあったりするもの」
「え……」
レックスが目を見開いている。
え、じゃなかろうに。
財閥の事業グループに入ってなきゃ、自ら後継者とは名乗ることはないだろうが。
抱えてる事業だって、世界に名を轟かせるくらい高い知名度だぞ?
「当たり前だろう。いろんな事業を抱えてる財閥ってことくらいはお前だって知ってるだろうが。俺だって社名とか一つ一つ覚えてるほど詳しくはないが、仕事関係だけでも数多いだろうが」
俺達が戦場で世話になっている武器防具や道具、農場で毎日扱う道具や肥料なども製造し、それらを売る店舗も世界中に展開していたはずだ。
こいつにあてがわれている事業も一つや二つなわけはないだろうが。
全くこの男は随分気楽なことだ。
「……そこで契約の話がまた出てくるが、親父さんから引き抜かれたらどうする?」
「「え?」」
ミーンはともかく、なんでレックスまで聞き返すんだ。
「後継者って言うくらいだ。総帥ならお前の上司とも言えるだろう? お前が雇った奴をこっちに人事異動させるって言われたらどうするんだ?」
雇い主を二股にかけることは許されない。
そして雇いたがる者がこいつと上司になり、権力か何かで強引に人事異動させるなら、契約も変更することになるだろうし、仕事の中身も変更される。
総帥が俺達を傭兵として雇う際、費用倹約するために、まず先にこいつに俺達と接触させるということもあり得る。
「いくらお父……総帥でも、私が先にあなた達の居場所を突き止めて、こうして依頼の話をしてるんだから、私に優先権があるに決まってるでしょう。もっとも総帥からの依頼と両立できるなら、あとはあなた達の判断に任せることになるでしょうけど」
箱入り娘ってわけでもなさそうだ。
それなりに道理は弁えてるようだが……。
「お嬢様。到着しました。このまま乗船します」
御者の席に座っている執事の声が聞こえてきた。
窓から外を見ると、見たことがある砂浜がそこにあった。
農場から、俺達なら歩いて往復できる距離。
何度か来たことのあるその砂浜の上で、わずかに浮上して待機している船がそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます