依頼人、ご令嬢との初対面

「……あ、あの……」

「何でしょう? お嬢さん」


 近寄りながら声をかけてきたのは、エルフ族の女。

 何と言うか……荒れた大地に相応しくない、カラフルでアクセサリーなんかをやたらつけてるような着飾った装いだ。

 無視すればいいものをレックスの奴は……。


「えっと……下半身がかなり太めの人馬族の……レックス、さんと……猫背の……混族のヒーゴ=カナック、さん……でいいのかしら? 私はミーン=アルカンヌ、と申します。こっちはライナス=ジーブル」


 随分遠慮のないお嬢さんだ。

 猫背と言われた俺もレックスも、その体を他人に見せたくないからこそローブを羽織ってる。

 確かに背中が異様に膨らんでいるの俺の背中は、混族特有の青い肌すべてをローブで隠すことはできるが、流石にこれは隠しきれないのは分かってる。

 分かってはいるがな。

 事情を知らなきゃ、目立つ身体的特徴でしかないだろう。

 だが事情を知らない奴らからも、できれば触れてほしくはない。

 それにこの体型は、治そうとしても治らない。

 前かがみになってるわけじゃない。常に姿勢は正しくしている。

 それでも背中の膨らみは消えることはない。消す気もない。

 そうなった事情も話す気もない。


 それはさておき、こいつの装いと連れの獣人の格好は……いかにも執事って感じがする。

 まだ残っている国家君主か王家王族あるいは貴族の……いや、待て。


「アルカンヌ……って、かつて世界に名を轟かせた財閥の一つと同じ名前だな?」

「えぇ、そうよ。自分で言うのもなんだけど、アルカンヌ財閥総帥の一人娘で後継者。ここに来た理由は、私が受け持つ事業の手伝いの依頼に来ました。お話しを聞いていただけます?」


 獣人男の方はともかく、このエルフ女の話し方はどうもひっかかる。

 端からこっちが依頼を了承することが決まってるような物言いだ。

 世の中自分の都合よく物事が進むとは限らないことを知らないくらい世間のことを知らないか、もしくは箱入り娘か。

 待てよ?

 今こいつ、自分の事業って言ってたな。

 世界がここまで荒廃するところまでいかなかった頃は……。


 アルカンヌ財閥っていったら、他の財閥とは比べ物にならないほどいろんな事業を展開していたはずだ。

 壊魔や魔族との戦争に用いる武器から子供らへの教育の充実まで。

 俺達に仕事の依頼をしに来たということは、壊魔討伐が中心のはずだ。

 こんなお嬢さんが、そんな戦場のことを知っているとはとても思えない。

 それに、この大陸がおしまいになった頃には、安全な出産などと銘打った事業まで始めた、などと言う噂も耳にした。


「そんなこと言ってもな、後ろの黒づくめの……ワーウルフか? のお兄さんが、ずーっとこっちに怖い顔を向けてる。心当たりもないし、このままお帰り願いたいな。それで彼の虫の居所も収まるだろ」


 初対面の者から怒られる理由はないはずなんだが。

 この理不尽さは納得いかない。


「……! ライナスっ! 控えなさい! ……ごめんなさいね。うちのライナスが……」

「いや、いいから早く帰りません? 話聞いても満足してもらえる返事はしませんよ?」

「ヒーゴ、なんでお前が執事みたいな返事するんだよ」


 単純計算で、この世界の人口は七分の一くらいにまで減っただろう。

 難民がランザイドに流れ着いてきたとしても、世界人口の半分がそこにいるとは考えづらい。

 それほど人口が減っても、俺達への依頼の報酬の話でこじれて嫌な思いをしたくはない。


「話ぐれぇは聞いてやろうぜ。なんでそこまで嫌がるんだよ」

「んじゃお前一人で引き受けろよ。今日の分の収穫作業はまだなんだぞ?」


 作業を中断したのは、最終的には壊魔来襲のせいだし、それに気付いたきっかけを作ったのはレックスで、そのおかげで農場は荒らされずにすんだ。

 だがそれとこれとは話は別だろう。


「……その仕事をお願いしに参ったのですが」

「「その仕事?」」

「ええ。その農作業の仕事です」


 やはりまともな依頼じゃなかった。

 自給自足の生活ができる程度の知識と技術しか持ってない。

 商売になるようなレベルじゃないと言い切れる。

 なのに、以来の仕事はそっちの方ときたもんだ。

 やはりこの女エルフ、どこかずれちゃいないか?

 依頼を受けたら、こいつが俺達の上司ってことになる。

 頭の中身がずれた上司なんて、手足になって働くことになるこっちは真っ平ご免だ。


「……お二人のこと、実は調べさせていただきました。この地で数年間、他の誰とも交流せずに生活してこられたようですね」


 俺らのことを調べるのは、それはそっちの勝手だな。

 俺らが一々、止めろとか続けろとか、指図できる立場じゃない。

 やりたいのなら勝手にやればいい。


「それでも、何もないこの地域でずっと生活してこられたのです。幾種もの農作物を育てたその技術や知識を、こちらで引き取って育てている子供達に教えていただけないでしょうか? もちろん魔族などの襲撃からも守ってもらえたら、と思いますが」


 聞き流す程度で話を聞くと、その決定権はこっちに預ける言い方だが、やはり断られるなんて考えてもなさそうな言い方をしてる。

 本業はあくまで傭兵だ。

 その仕事も要求するということは、そのおまけの方がメインの仕事にすり替えられることもありそうだ。


「……報酬を一応聞かせてもらおうか」

「……お二人に依頼する仕事は、農地拡張と作物の栽培、収穫。そして子供達へのその技術の伝達と保安。報酬は、三食と休養時間、数日ごとに一日の休日。期間は食料が今の五倍くらいを安定して確保できるまで。給金は日当金貨一枚。これでいかがでしょう?」


 ……はい?

 本当にさらっと流したな。

 保安?

 そしてその前に、魔族との戦闘の可能性もある話もしなかったか?

 その報酬が、いわば三食昼寝付き止まり?

 しかも期間が、今よりも多く食料が確保できるようになるまで……。

 寝ぼけてるのか? この女。


「えーと、ミーンちゃんって言ったっけ?」

「ちゃん付で呼ばれるいわれはまだないような気がするんですけど」


 ごもっとも。

 だが問題はそこじゃない。


「報酬、何かと間違えてない? 日当は最低でも、金貨一千枚くらいはもらわないと」


 壊魔は国の兵や冒険者達で斃すのは至難の業だ。

 精鋭な兵達が至近距離、中距離、遠距離それぞれ五十人くらいずつで、何とか一体斃せるといった感じだ。

 それくらい壊魔の耐久力は高い。

 つまり俺達で百五十人力ってことだ。

 レックスは睡眠をとることで回復できるが、その特殊な能力の使用回数に限度はある。

 だが俺の方は特に問題はない。

 だから一日で壊魔を斃せる数は五十を超える。

 つまり単純計算をすると、彼ら一人の七百五十倍。

 必要経費なども考えれば、一千枚でも足りないのではないだろうか?


「それは傭兵としての報酬でしょう? 私どもの依頼は、農作業の補助と支援、そして子供達の安全確保なんですけど、流石にそれだと高すぎかと思います」


 いきなり値切りの交渉に入ってる気がしないでもない。


「壊魔や魔族が襲ってきたら戦闘に入るが、その際に武器の消耗とかがあったらどうするんだ?」

「それは当然必要経費でしょう? こちらが負担するのは当たり前じゃないですか」

「俺達のことを調査したって言ったな? 報酬を踏み倒された件数はいくつか答えられるか? この件を引き受けたら、それがさらにプラス一になると思われるが?」


 壊魔だけ、しかも数える程度の個体数が相手なら肉弾戦で済ますことができる。

 しかしそれでは限界がある。

 だから魔力がこもった飛び道具や刃物、そして戦場に相応しい装備品が必要になる。

 どれも消耗品だ。

 大量に使えば経費も掛かる。

 自腹を切るなんてとんでもない。

 自ら戦地に赴くならともかくも。


「以前からお二人が銀行に多額のお金を預けていたとします。ですが今、この時代において、引き出しに応じられる銀行はどこにあるか。また、そんな高額の報酬を受け取ることができたとして、どこに安心して預けられるか。それを考えると、そのあてはほとんどないのでは? もしあったとしても、そのお金で何かを買いたいと思っても、製造が追いつかない世の中だと思いません?」


 痛いとこを突いてくる。

 金の蓄えは、実はある。

 魔族はこの世界の経済には興味はないし、壊魔は自然を破壊することはない。

 どんな冒険者でも足を踏み入れることがない、人里離れた山奥に洞窟を作り、そこに報酬の金全額を置いておいた。

 俺達の狙いは当たった。

 得た金に被害はなかったものの、必要な物資を売ってくれる生産者や業者も、減少する人口に比例して減っていった。

 当然入手しづらくなる。

 仕事を引き受ける上で避けて通れない話の一つは報酬の件。

 だが、物不足の時代が到来すると、金の価値も低くなる。

 こいつの言わんとしていることは理解できるし納得もできる。


 なるほど傭兵として依頼を受けるよりは、間違いなくもらえる真っ当な報酬ではある。

 それに財閥は冒険者の装備から軍備まで、製造販売まで手掛けていたはずだ。

 俺とレックスが見下されない限りはその値を吹っ掛けられたりはしないだろう。

 どのみち今よりも装備品は楽に手に入ることは間違いない。


「……その依頼、気に食わないことが起きたらすぐにでも辞める。それでもいいなら引き受けても構わない」

「おいおいヒーゴ。俺達傭兵にとっちゃ、口約束だろうが仕事前の契約は絶対だろ?」

「その口約束の前の段階だ。傭兵の仕事の時は、敵は誰だ、戦場はどこだ、期間はいつまでだって話はその口約束の中に出て来ただろう? 今はそれさえも出てこない。追加情報が何も出ないまま現地に到着して、話が違うとなったら口約束もくそもなかろうよ」

「ご心配なく。畜車と船の中で詳しい話をお聞かせします」

「「船?」」


 畜車ってのは、馬車に似たようなものだ。

 馬車は車を馬に引かせている。

 馬に限らず、他の動物や魔獣に引かせた車のことをいい、この世界じゃごく一般的に使われている車両だ。

 だからそっちには何の疑問も持たなかったが、船となると状況は変わる。


 港がなければ接岸できないし、港の方にも誰かがいないと上陸は難しいはず。

 壊される前なら隣町にならあったと思ったが、港の方にも誰かがいなきゃ接岸は難しいんじゃないか?


「えぇ。あれも船と呼びますよね? 海面を滑るように移動する……」


 ホバリングしながら移動する船か。


「あぁ、でかいタライみたいなもんだな」

「タライ……ですか」


 執事の男の声、初めて聞いたな。

 まぁそれはともかく、その男はやや呆れた顔をしてるが俺もだ。

 なんだそのレックスの例えは。

 まぁ何にせよ、それなら港がなくても陸上でも移動できる場所があれば上陸には問題はない。

 砂浜ならそこら辺にもあるしな。

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