本業よりも自給自足の作業の方が忙しい 2

 俺達が望む、依頼の仕事とは。

 決して漫談や漫才じゃない。


 傭兵だ。

 この仕事を始めて、かれこれ二十年くらいになる。

 冒険者達じゃ手に余る魔族や、騎士団や軍隊をもってしてもなかなか斃せない壊魔討伐の依頼を中心にして請け負っている。

 が、その報酬は自ずと高くなる。

 混族なら誰もが、壊魔を斃す能力に特化している。

 とは言っても、命に危険がないわけじゃない。

 戦闘になれば武器を消費することもある。

 レックスも、俺ほどじゃないが、戦場では活躍する。

 この口さえなければ何も言うことはないんだがなる


「それにそんなことないぜ?」

「何がだ」

「東の林の中、馬車っぽいのに乗った男女二人がいる」


 そして、これだ。

 日常でも戦場でも、誰かがどこにいるのが分かる探知能力の高さ。

 この能力があるから、ウザくても頼りになる……ならざるを得ない。

 そして、ただの出まかせを言う時との違いが明確だ。

 いつもこいつはにやけたりおどけたり芝居がかったりと、ふざけた顔をしている。

 だがすぐに見分けがつく、こんな真剣な顔つきで口にする内容は、例外なく本当のことだ。


「ほう……。あぁ、はぐれ壊魔もいるな。その林を越えた海辺。上陸しそうだな」

「壊魔見つけるのは、お前には敵わねぇな」


 誰がどこにいるか、その察知能力の制度や範囲はレックスには敵わない。

 だが壊魔に限り、それ以外の存在が明確に把握できると、そこを中心とした索敵能力の範囲内にいればどんな距離でもその存在を発見することができる。

 レックスの能力と併せれば、その範囲はさらに広げられる。

 いわばレックスの能力は、俺の能力のブースターとも言える。


「ま、何にせよ、放置したままじゃ馬車の連中と遭遇するのも時間の問題だわな。……乗るか?」

「こっちと関わるかどうかは不明だ。が、何しにここにきたんだか」


 壊魔がそいつらを襲いに来るとは限らないし、そいつらが俺らに用事があるとも思えない。

 自分の身に降りかかる火の粉は自分で追い払うのは当たり前ではあるが、そいつらのために壊魔をどうにかする気はない。

 レックスに言わせれば、ずっと林の中にいてどこかに移動する気配も見せてないという。

 まぁ大方の予想は出来る。


 そいつらはどこから来たのか。

 間違いなく、残ったたった一つの大陸、ランザイドから海路を伝って来たんだろう。

 飛行能力を持っている魔族や壊魔はいる。

 だから正面からあたるような空路でここに来ることはまずない。

 その海路だって、比較的安全なルートしかなく、どんなルートでも危険はある。

 しかし必ず危険な目に遭うとも言い切れない。

 だがそんなリスクを負ってまでここに来る理由はというと……。


「そりゃお前、あれだろ」

「言わなくても分かってる。俺が目当てだろ」


 世界中から忌まわしく思われ続けてた、壊魔と共に現れる魔族の血が混じった『混族』。

 壊魔を斃す切り札とまで評されたが、その評価も妬みの材料にされた。

『混族』のくせに、という言葉が必ずついていた。


 世界のほとんどが壊魔で埋まっている。

 情報によれば、残ったランザイドにも壊魔は押し寄せようとしている。

 だが壊魔は増える一方というわけではない。

 破壊する目的や標的を失うと、壊魔は互いに破壊しようとする習性もある。

 だからおそらく、ランザイドは逆にある意味防衛にはそんなに苦労はしないとは思う。

 だが、そんな状況でもここに来るまでには相当なリスクはあるはずだ。

 そのリスクを負ってまで、忌まわしい『混族』の俺を亡き者にしようとやってきた可能性もある。

 数多く殺された同胞の仇を討ちたい者は、生き残った者達の中にいるだろう。

 けれどもその仇である壊魔を斃す力なんてあるわけがない。

 その血を引いている『混族』を、その代用とするつもりなんだろう。


「おいおい、男の方はともかくも、綺麗なねーちゃんなら譲れねぇぞ? つーかヒーゴ、お前、本職の事忘れてねぇか?」

「本職……あぁ」


 壊魔討伐の依頼か。

 五年も傭兵の仕事から遠ざかり、農業漁業狩猟やってりゃ流石にな。


「まさかお前にツッコまれるとはな。だがその報酬が高額っつーことで踏み倒されたこと、何度あった? こっちが損をした金額がどれくらいか数えたことはあるか?」

「……今まで食った食パンの枚数は覚えちゃいるが、金額となったら……損した合計金額なんざ、桁がでかすぎてその単位だって分かんねぇよ」


 俺だって分からんよ。

 取り返そうにも、その依頼主達すべて、壊魔にやられて死んでるし。

 高額な報酬を払うつもりでいた依頼主は、大企業のトップとか国のトップとか、そんな連中だった。

 そして『混族』の言い伝えを頑なに信じてもいた。

 いつか我々を裏切って壊魔の味方に付くんだろう、と難癖をつけて、報酬の受け取り場所から無理やり追い出されたりもした。

 俺の代わりにレックスだけ行かせたこともあったが、二人揃わないと渡す気にはならん、とか言われたらしい。

 二人で向かったら、今度は受け渡し期限切れで、報酬授与の契約は無効なんてことも言われた。


「……文明や社会が崩壊しかけてるこの世界で、俺達に仕事を依頼して報酬を出せる奴なんて、もはや天然記念物ものだ。依頼人だとしてもまともに報酬を払えるとも思えん。故に俺達に依頼しに来たとは考えづらい」

「だからと言って、壊魔を放置するわけにもいかねぇだろ」


 知らないうちに、タダで危険を遠ざけてくれた。

 そう思われるのは癪でならない。

 しかしレックスの言うことももっともだ。

 こっちの農地を破壊しにくることはないが、巻き込まれて被害を受けることは十分あり得る。


「レックス」

「なんだ?」

「乗客は一名様だ。壊魔は一体なのは確かだが形状が把握できてない。ルートは最短で。行き先はその先の林を抜けた岩場」

「あいよ」

「それからそのねーちゃんの目は気にすんな」


 相手との戦力差があったり、自分の役目を終えると、誰かにいいところを見せようと手や気を抜く癖がある。

 壊魔相手なら、そのしわ寄せはこっちに来るってことくらいは考えてもらいたいものだ。


「奇麗なねーちゃんのいない生活なんて……」


 そんな生活をして、トータルで四年分は超えてるぞ。

 何をいまさら。

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