プロローグ その2

 その部屋は地下にあった。

 女は術の発動は出来ても、まだ足取りはおぼつかない。

 外に出るには階段を上る必要がある。

 男は下半身の馬の背に女を乗せ、二人は何とか地上に出ることに成功した。


 だが一難去ってまた一難。

 いや、一難どころではない。


 その建物の地上の階層はすべて倒壊していた。

 この二人や、ここに出入りした者達なら誰の目にも入っていた、研究所の名前が書かれていた看板も木っ端みじん。

 しかし破壊されていたのはその建物ばかりではない。

 その地域一帯どころではない。

 目に入るすべての建築物が破壊されていた。

 のは、その男の想像をはるかに超え、その被害ははるか遠くの範囲にまで及ぶ。

 そしておびただしい死体の数。

 この研究所に勤務していた者達ばかりではなく、辺りの住民達もみな息絶えていた。

 地上の空気に漂う血の臭いが二人の鼻を突いた。


 天災地変によるものではない。

 最低でも高さ五メートルは超える金属製の物体が五つ、その付近に存在していた。


「……やっぱり壊魔の仕業か」

「……私……」

「止めとけ。今は逃げる一手だ」


 忌まわしく思われている青い肌を持つ混族は、それでもこの世界の文明社会の中で生きることができた。

 理由は、一般の魔族とは格段に違う強さを持つこの壊魔を討伐する能力を持っていたため。

 どんなに文明が発達しても、壊魔には太刀打ちできないままだった。

 混族達は逆に、壊魔を斃すことができることで、この世界の文明文化の中で生活できるものと思うようになった。


 彼女は既に意識ははっきりしている。

 しかしそれと同時に全身に痛みを感じ始め、それは体に自由を与えなかった。

 無理やり眠らされていたのは、全身に何かの手術を受けさせられたため。

 それは思い出せたものの、体のどこをどう手を加えられたのかは思い当たらない。


 壊魔を斃した経験なら、彼女にもあった。

 その壊魔らに今現在、町だけではなく、国まで蹂躙されている。

 だからこそ本能的に立ち向かおうとしたのだが、体が言うことを聞いてくれない。

 傍から見ていたこの男にも、それは十分に理解できた。

 しかし壊魔に対する混族の力も決して万能ではない。

 その姿は、顔や関節のない物体なのである。

 壊魔の力や性質を知らないままでは、楽に勝てる相手ではない。


「破壊しつくしたって感じだ。このまま静かにこの場から去れば、今は何とか生き残ることができるはず。すべては体調が戻ってからだ」


 それにしても、と男は視線を壊魔に移した。


 一つは巨大なばねのような形。

 一つは、巨大な座椅子に見える。

 一つは風車の、回転する羽根。

 一つは巨大な独楽。

 一つは簡易な構造のラッパ。


 この五体は、いきなり跳ね上がったり転がったりして、周囲をさらに破壊しながら移動していく。

 その仕組みや体の構造がどうなっているのか全く不明のまま。

 そしてこれらを攻撃しようにも有効打をすぐには見つけられない現状では、男の言う通り退くしかない。

 それに壊魔も辺りを破壊尽くしたことを知れば、他の文明社会の地に向かうため、ここを離れることになる。


 壊魔五体すべて内陸の方向に移動し始めた。

 蛇行一つせずに真っすぐに向かう五体は、その場から逃げようとする二人には全く気付いてない様子。


「……逆方向は確か海岸よね? 多分壊魔達はそこには行くことがないはず。とりあえず、そこに生活拠点を作るしかないわね。彼らへの反撃はそれから。けど……」

「あ……あぁ。あー……っと、その前に、俺はレックスってんだ。お前がさっき言ってた彼ってのは、ひょっとしてヒーゴって名前じゃねぇか? ヒーゴ=カナックっつってたっけ? 確か人族だったな」

「え? よく知ってるわね。えぇ、そうよ。私、あの子を探してたんだけど……。あの錬金術研究所があの有様じゃ……。あ……私はセイル=パーナー」

「……いや。……あいつは、多分……」


 ヒーゴという男を案じ、焦りを感じ始めるセイル。

 レックスはその男の消息を知っているようだったが、その人物の話をすることにためらいを感じていた。


 斯くして、この世界に存在する七大陸の一つ、ウールウォーズ大陸は、そこに存在する大自然を残したまま、人々が築き上げた国々とその文明すべてが壊滅した。

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