傭兵ヒーゴ=カナックは笑わない

網野 ホウ

プロローグ

 その世界には七つの大陸があった。

 そのうちの一つ、ウールウォーズ大陸は、数多くの巨大な物体に襲われ壊滅の危機に瀕していた。

 その巨大な物体は壊魔と名付けられ、この世界に存在する種族の中では魔族の一種に位置付けられた。


 この大陸に存在していた国々が次々に壊滅させられ、残った国はこの大陸の名前の由来となった、この帝国のみ。

 その国も終わりを迎えかけていた。

 壊魔の襲撃に抵抗するための研究を続けてきた施設が、その地域一帯もろとも倒壊するところである。

 責任者をはじめ、所属し勤務していた研究員全員が退避もしくは死亡しており、残された命ある者はこの被験者二人だけとなった。


「わ……私……一体……」

「お、目が覚めてくれたか。しばらく休んでほしいとこだが、とりあえずこっからずらかろうぜ。ここ、崩れ落ちそうだ。急がねえと巻き沿い食らっちまう」

「ま……待って……。か……彼は……、あの子はどこなの?」


 横を向いて手術台の上で横たわっていた女性はゆっくりと起き上がる。

 起こしてくれた人馬族の男に向かって、麻酔から覚め切っていないたとたどしい口調で尋ねたが、男は沈痛な表情を浮かべただけ。


「……今すぐあんたに会わせられない。だが生きてる。無事だよ。あいつもこっから逃げ出そうとしてる。合流する前にここから逃げ出さないと会うこともできねぇ」


 男の重い口でその女性は何かを察したか、悲しそうな表情を浮かべたがそれも一瞬。

 おぼつかないながらも、男の手を借りて手術台から降りた。

 その瞬間、轟音が響くとともに天井が崩れ落ちる。


「わっ! やべぇっ!」

「氷結!」


 女性が右手を上げると、落下する数々の天井の瓦礫に氷がまとわりついた。

 それが接触する物体に急速に伝わって広がり、氷漬けのアーチが出来上がる。


「あ……あんた、水系統の魔法、使えたのか……。いや、それどころじゃないな。今は逃げないと。あ、あんたにゃこれが必要だろ?」

「あ、ありがと……」

「いつもならいつまでも見ていたいプロポーションだが、やっぱ何より自分の命が一番大事だからな」

「え? あ……」


 女性は彼に言われて、初めて自分が一糸まとわぬ姿だったことに気が付いた。

 人馬族の男は、それでも原形をとどめていたローブを拾い、彼女の体にかけた。

 誰でも見も知らぬ他人に素っ裸を見られたくはないだろう。

 しかし彼が彼女にローブをかけたのは、それよりも重大な理由があった。

 そしてその女性も、その理由に心当たりがある。

 気になることはたくさんあるが、その差し入れを素直に、そして有り難く受け入れた。

 それは自分の肌の色。

 比喩などではなく、事実全身真っ青なのである。


 この世界に住む者はどんな種族でもあり得ない要素。


 この世界の住民を一まとめに呼ぶときは、人族じゃない者も入れて、みな人と呼ばれる。

 そして魔族と人との間に生まれた者の中には青い肌を有する子供が生まれる時がある。

 魔族の血を引く者ということで忌まわしい存在とされ、蔑称の意味で混族と名付けられた。


 実際彼女は家族、一族とともに迫害を受けた経験がある。

 そんな半人半魔の血を引く者は、この世で今や彼女一人のみとなった。


 彼女は、受け取ったローブで自分の肌を全て隠した。

 礼を言う彼女の表情はすこしだけ和らいだ。

 しかしフードを被った彼女の顔に影がかかり、男にはその表情を見ることはできなかった。

 が、男の方もそれどころではなかった。

 彼女の様子を見て、自分の姿を少し気にかけた。

 人馬族の特徴であるその下半身すべてを、似たようなロープで隠していたのである。


 それを確認すると人馬族の男は、女性の言う「彼」に話題を移さないように避難を促した。


「出口はあそこよね? なら……」


 落下物は彼女の魔術によって、壊れそうにないトンネルに変わっていった。


「水系じゃなくて氷結魔法、か」

「え、えぇ。接触する物全て凍るから、なるべく触らないでね。広めにするから、触ろうとしない限りそんなことは起きないと思うけど……」

「お、おう。とにかく急ごう」


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