二十三 丘の上で 二

「その者の話、聞いてはなりません」


 お妃様です。お妃様が鏡の隣にすっと立ち上がりました。威厳に満ち満ちています。


「そうか、その方が黒幕か。我が君を唆して毒をもらせたのだな」

「な、何を言う。ベレンテル様も乗り気だったのだ。お前が病気になれば政治の実権は我が森の国が握れる。この国の富をしゃぶり尽くせる。さあ、ベレンテル様、お妃様を成敗致しましょう」


 ベレンテル候がお妃様に向かって言いました。


「妃よ。そなた、私が毒リンゴを食べさせていたのを知っていたのか?」

「はい、存じておりました」

「なのに、食べ続けたのか?」

「……、はい」

「何故だ?」


 お妃様の目に涙が浮かびました。ベレンテル候はハッとしました。


「おわかりに、、、なりませぬか?」


 万感の想いを込めた眼差し。

 ベレンテル候の琴線をかき鳴らします。ですが、動揺した候は「わからぬ。わかる訳がないではないか!」と叫んでいました。

 お妃様の唇が震えました。悲しみを湛えた瞳から涙がスーッと一筋流れて行きます。お妃様は息を深く吸いました。一歩前に出ます。悲しみがまるでマントを落とすように消えていました。


「妾はこの国の女王。我が民を守るが務め。妾に毒を盛りこの国を蹂躙せんとする輩を許すわけには行かぬ。そなた達こそ、我が国から出て行け」


 大音声で宣言します。三国一の美女、絶世の美女と称賛された威厳と美貌に溢れたお妃様がそこに立っていました。病気で痩せ衰えた弱々しい女性の姿は微塵もありません。

 ベレンテル候と大使、周りを囲んでいた部下達も圧倒されます。


「うう、くそ!」


 大使が短剣を投げました。所詮かよわい女一人、何を臆する事ある、とばかりに投げられた短剣はお妃様の前に飛び出した鏡に寄って阻まれました。


「いい加減にしろ! 私は魔法の鏡でね、いろいろな能力も持ってるんですよ。こんなことも出来るんですよ」


 一郎は大使が『「さあ、お妃様を成敗致しましょう、そうすればこの国はあなた様の物、、、』と言った場面を鏡の表面に再現して見せました。


「この映像は、この国の全ての鏡で再生しています。その気になれば、森の国の王がお住まいになる城の鏡にも再生してご覧にいれますよ」

「うう、くそ、魔物め、そんなのは嘘っぱちだ!」


 大使が喚きながら打ち掛かってきます。鏡に向かって二度三度振り下ろされる剣!

 その時でした。

 ベレンテル候が剣を振り上げ大使を刺し殺しました。


「べ、ベレンテル様!」


 驚きに見開かれた目。開いた口からゴボゴボと血が溢れ、大使は絶命しました。

 ベレンテル候はお妃様の前に跪きました。


「許してくれ。妃よ。大使の換言に乗り、馬鹿な夢を見てしまった。そなたは私の為に毒リンゴを食べ、わざと病気になっていたのだな。やっとわかった。そなたが王国への忠誠を捨て自身の命までも差し出して私を愛してくれていたのだと」

「あなた……」


 ベレンテル候とお妃様の元に人々が駆けつけてきました。


「お妃様を救え!」

「我らの女王陛下をお救いしろ!」

「女王陛下! 今、参りますぞ」


 七人の小人達が、村人達が、町の人々が、ツルハシや鍬(くわ)、鍬(すき)、ホウキを持ってやってきます。門番の姿も見えます。馬に乗った騎士達が一早く駆けつけてきました。槍を持った兵士達が大使の部下達を囲みます。

 侍従長が進み出ました。


「お妃様、ご無事で何よりでした」

「うむ、役目ご苦労。森の国の大使が乱心したが、我が君が成敗してくれた」


 お妃様は集まった人々に向かって言いました。


「我が君は大使の換言により、妾に毒リンゴを食べさせた。妾は病いになり侯は政治の実権を握り我が国に混乱をもたらした。しかし」


 言葉を切って辺りを見渡すお妃様。


「ベレンテル候は改心し、真の敵である大使を切り捨て、妾を救った。妾に毒を食べさせたは重大なる罪、しかし、我が命を救ったのもベレンテル侯。誰にでも魔が差す事はあるもの。よって妾は我が夫を許そうと思う。妾の処断に反対の者はおるか?」


 辺りがシンとなりました。群衆の中から声が響きました。


「女王陛下万歳!」


 次々に万歳の声が広がって行きます。


「女王陛下万歳!」「万歳!」


 ベレンテル候が立ち上がってお妃様の隣に立ちます。


「皆の者、私は皆の前で誓う。我が命を我が妻、女王陛下に捧げ、永遠の忠誠を誓う!」


 お妃様がベレンテル候を見上げにっこりと笑いました。


「ベレンテル候、万歳!」

「女王陛下、万歳!」


 万雷の拍手の中、王国に平和が戻ったのでした。

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