十九 鏡の世界

 一郎はお妃様が映る鏡やガラスを検索、それらを集めて右側の暗闇に浮かび上がらせました。

 同時に国境の様子を検索、それは中央に並べようとしました。しかし、鏡に映るのは兵士達や屋内の様子です。屋外の様子を見ようと水に映った映像を探しましたが、水の表面が凪いでいる時しか分かりません。これでは国境の様子を見られません。どうしようと迷った一郎は鳥の目の表面に映った映像を見てみました。湾曲していますが、これなら補正すればよく見えるようです。

 ですが鳥はいつもこちらがみたい光景を見てはくれません。

 一郎はお妃様に国境に鏡を設置してそれをいつも磨いてくれるように頼もうと思いました。しかし、お妃様がいつ実験室に来るかわかりません。鏡を通してお妃様にコンタクト出来ないかと一郎は思いましたが、何故か躊躇われました。女性が鏡に自分の顔を映している時、それはとてもプライベートな時間です。そこにいきなり乱入するのは些かマナー違反のように感じられました。

 そこで一郎は侍従長が映る鏡を検索、侍従長が身嗜みを整えている時、鏡の裏からそっと話しかけて見ました。


「侍従長様、私の声が聞こえますか?」


 侍従長がびっくりした顔をして鏡を見つめます。


「いや、そんな筈はない。空耳だろう」


 独り言を言って行ってしまいそうになります。


「空耳じゃありません。一郎です。鏡です」

「え?」


 侍従長が鏡を覗き込みました。一郎は侍従長の映る鏡の裏に自分の顔をぴったりとひっつけました。


「おお! 何とこんな所であなたに会おうとは! びっくりしました」

「驚かせて申し訳ありません」

「まあ、魔法の鏡ですからね、あなたは。私の鏡にあなたが出て来ても問題ないでしょう。ところで、あなたの顔が鏡いっぱいに見えるのですが、もう少しなんとかなりませんか?」


 一郎は少し離れてみました。


「これでどうです? 私の顔は見えますか?」

「ふむ、ちょうどいいですね。さっきはいきなりあなたの顔がアップされてギョッとしましたよ」

「あはは、あー、それは失礼しました。ところで侍従長様、私、国境の警備を任されたのですが」


 一郎は国境の砦に鏡を配置してほしいとお妃様にお願いして貰えないかと頼みました。侍従長は一郎の考えに賛成してお妃様に話して見ようと言いました。


「話は変わりますが、あなたはどんな所にある鏡からでも外を見て、コンタクトを取れるのですか?」


 一郎は自分の世界を見渡してみました。暗闇に小さな窓がたくさん空いている世界。どの窓が何の鏡なのか、あるいは金属や水面なのか検索をかければすぐにその窓にアクセスできるそんな世界。


「できると思います」


 侍従長は考えながら言いました。


「ふむ、それは便利ですね。お妃様にご報告申し上げておきましょう。何かあれば、あなたは伝令としても使えるというわけですから。こちらからあなたとコンタクトを取るにはどうしたらいいのですか?」

「実験室に来ていただくのが一番早いかと。どこかの鏡の前に立って一郎と呼んでいただいても、私がその鏡を見ていなければ聞こえないと思うのです」

「なるほど……。そういえば、あなたは金属に映る物も検索できたのですよね。この懐中時計はどうですか? 検索出来ますか?」


 侍従長が小さな懐中時計を懐から出して見せました。

 一郎は侍従長の懐中時計を検索してみました。

 小さな円い輪になった窓が暗闇に浮かびました。


「こちらですか?」


 一郎は懐中時計に顔を近づけ侍従長に話しかけてみました。


「おお、これはいい。良ければこの懐中時計といつもコンタクトしていてくれますか? いつでもあなたとお喋りが出来ますからね」


 一郎は嬉しくなりました。実験室に一人残され、些か心細かったのです。

 侍従長が仕事に行ったので、一郎もまた国境の見回りをしました。見える範囲では特に問題が無いようです。一通り見回った一郎は、ふと、自分の店はどうなっただろうと気になりました。店には以前の持ち主が置いて行った鏡がありました。鏡は高価な品物なので、盗難防止の為でしょう、壁に埋め込まれていました。その鏡にアクセスして見ると店はガランとしています。時刻はお昼時、いつもならお客さんで一杯の時間です。


「何だか、寂しいなあ。誰かにこの店を継いでもらえないだろうか?」


 一郎は独り言を言いました。すると


「え、何か言いましたか?」


 侍従長です。侍従長の懐中時計の輪が間近に浮かんでいます。一郎の独り言が漏れてしまったようです。一郎は独り言を言っていたと詫びて店の状況を話しました。


「では門番に鏡になったと話してみてはいかがです? その上でこれから店をどうするか、相談したらいいのでは? ただし、門番以外に自分が鏡になったと話してはいけませんよ」


 侍従長の勧めに従って、一郎は門番に相談しようと思いました。

 その時、お妃様とベレンテル候の姿が見えました。一郎は自分の声が侍従長に聞こえないように音声スイッチを切ってから二人の様子を映し出している窓を拡大しました。

 王族の私室のようです。二人は軽食を食べています。


「今日は日曜日だからね、リンゴのジャムを用意させたよ。保存用のリンゴはもう無くなってしまったからね」

「まあ、楽しみですこと。ビスキュイに乗せて後で頂きましょう」


 二人は談笑しながら食事を楽しんでいます。痩せてすっかり生気のないお妃様に比べてベレンテル候は相変わらずの美丈夫で生き生きと料理を平らげています。

 お妃様は食欲がないのか、ほとんど料理に手をつけていません。しかし、ベレンテル侯がリンゴのジャムをビスキュイに乗せて差し出すと、お妃様は嬉しそうに受け取って食べるのでした。

 午後の見回りの時間になったのでしょう、ベレンテル候は従者と共に部屋を出て行ってしまいました。お妃様は一人残され、ベレンテル侯が出て行った扉をじっと見つめています。その表情には見覚えがありました。一郎が高校生の頃、憧れていた学校のマドンナが恋をしている時に浮かべていた表情です。お妃様はベレンテル侯に恋をしていると一郎は確信しました。夫婦なのだから当たり前かなと思ったものの、いや、夫婦ならもっと落ち着いた表情の筈、あの表情はもっと情熱的な、一歩間違えれば病的な、恋だと一郎は思ったのでした。


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