十三 一郎、再び

 一郎は夢を見ていました。幸福な夢でした。

 お妃様が現れて「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰じゃ?」と言います。


「もちろん、お妃様でございます。白雪姫が十六歳になるまでは」


(いえいえ、違います。あなた様は私にとって唯一世界一美しい方でございます)


と心の中で思うのですが、思いとは裏腹に口では白雪姫の言わなくてもいい情報まで付け加えてしまっています。


(これはアニメの台詞だ。そうとも、アニメの台詞を思い出しているだけだ。違うんです、お妃様、あなた様が世界で一番美しいんです。ずっとずーっと、誰よりも)


 目の前にお妃様の顔が見えました。一郎は思いの丈を込めて言いました。


「世界一美しいのはあなた様でございます」

「ふむ、このラーメン屋はお追従が上手のようじゃ」


 一郎はハッとしました。棺の上に起き上がります。


「こ、ここは?」


 一郎は慌ててあたりを見回します。目の前には確かにお妃様がいます。ですが、なんだか様子が変です。


「一郎さん、覚えていますか? 私を?」

「お城の侍従長様!」

「そうですよ。さあ、立って。あなたはガラスの棺の中でずっと寝ていたのですよ」


 一郎は自分が横たわっていた場所を改めて眺めました。記憶が戻って来ます。


「確か、誰かに襲われて……。そうだ、私の屋台は? 屋台はどこに?」

「屋台ならあるよ」


 小人のデルサムトップが言います。


「こちらは?」


 侍従長が言いました。


「一郎さん、こちらは七人の小人のチームリーダー、デルサム・トップさん。あなたをガラスの棺に入れて助けてくれた人です。あなたは一度死んだんですよ」

「初めまして、あんたからは魔法の強い匂いがしていたからな。ガラスの棺に入れれば、なんとかなるんじゃないかと思ったんだ。俺達はあんたのラーメンが食べたくてよ。ちなみに屋台は俺たちが直しておいた。いつでも、作れるぜ!」

「え、本当ですか! ありがとう、ありがとうございます」


 一郎は目に涙を浮かべて、デルサム・トップの手を両手で強く握りシェイクハンドしました。


「いやいや、結局、最後にあんたを目覚めさせたのはお妃様だよ。礼ならお妃様に言ってくれ」

「おお、そうでしたか! お妃様、起こして下さってありがとうございます。私はあなた様に以前にも一度助けられているのでございます」


 一郎は跪いてお妃様に御礼を言いました。さらに事情を説明しようとしたその時。


「これは、何の騒ぎかね」


 ベレンテル候の声が響きました。皆が深々とお辞儀をするなか、候がゆっくりとこちらに向かって歩いてきます。豹の毛皮をあしらった黒いマントを羽織り金糸で縁取りされたチュニックを着た長身のベレンテル候は、一際輝いて見えました。

 一郎はベレンテル候を見てびっくりしました。六十年以上あちらの世界で生きてきましたが、こんなに美しい男を見た事がありませんでした。濃い栗色の髪、バランスの取れた体、姿勢、人を魅了せずにおかない低い声。美丈夫という言葉が一郎の心に浮かびました。

 もし誰かが魔法の鏡に「世界一美しい男は誰だ? 四十歳限定で」と聞いたとしたら、即座にベレンテル候と答えた事でしょう。

 お妃様の顔に甘やかな笑みが浮かびました。


「お父様!」


 白雪姫が飛び出します。父親にギュッと抱きつきました。

 雲が動いて陽が陰りました。

 お妃様の笑顔が一瞬強張ったように見えましたが、見間違えたに違いないと一郎は思いました。暖かな日が戻った時、お妃様は和やかな笑顔を浮かべていたからです。


「白雪や、今、帰った」


 娘の肩を抱きながらベレンテル候が言いました。二人の笑い声が辺りに響きます。


「何やら声がしたのでね。随分、楽しそうじゃないか。何かのパーティかね?」


 白雪姫が嬉しそうに父親を見上げます。


「あのね、森の小人さん達とティーパーティをしていたの。そしたら一郎さんが目を覚まして」

「一郎さん?」


 お妃様が笑顔を浮かべて候に近寄り腕をとりました。


「あなた、お帰りなさいませ。まずは、城に戻り休みましょう。お疲れのご様子じゃ」


 お妃様は小人達の方を振り返り言いました。


「楽しい一時であった。いずれまた、会おうぞ」


 皆、平伏してお妃様一行を見送ります。

 一郎はお妃様に話したい事が山ほどあったのですが、話せませんでした。

 デルサム・トップに「あの方は?」と尋ねます。


「ベレンテル候。お妃様のご夫君にあらせられる」


 一郎はびっくりしました。


「お妃様はご結婚されたのですか?」

「ああ、したよ。二~三ヶ月前だったかな、森の国の第三王子と」

「まさか、娘さんがいるとか」

「ああ、一緒にいた少女が一人娘の白雪姫さ」


 一郎は思わず地面に膝をつきました。


「おいおい、あんた、大丈夫かい?」


 デルサム・トップが一郎を支えます。一郎は衝撃に打ちのめされていました。

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