十四 町の噂

(どうしよう。白雪姫だなんて、童話の通りになってしまうのだろうか?)


 ですが、少女はどうみても十二歳位、十六歳になるまで後四年あります。


(きっと、きっと、何かの間違いに違いない。お妃様が、あのお優しいお妃様が忌まわしい魔女になどなるものか!)


 ですが、一郎は見てしまったのです、間近で。

 お妃様の顔が一瞬強張ったのを。

 白雪姫がベレンテル候に抱きついた瞬間浮かび上がった暗い影。



 一郎は空を見上げました。雲が広がって行きます。陽が陰り急に寒くなってきました。秋の日が終わり、間も無く冬がやって来るのでしょう。

 一郎の身体は何ヶ月も横になっていたのですっかり弱っていました。

 デルサム・トップや小人達は一郎を自分達の家で休ませようとしましたが、あいにく小人達の家は一郎には小さ過ぎました。そこで、小人達は門番の家に一郎を連れて行きました。

 門番の母親は一郎を見て手放しで喜びました。一郎の身体が弱っていると知ると喜んで世話を引き受けたのでした。

 一郎は門番の家で暮らしながら、自身の記憶を辿ってリハビリを行いました。ちょっとづつ足を動かしマッサージをして身体を慣らして行きました。二週間もすると普通の生活が出来るようになったので、一郎は早速屋台でラーメンを作りました。世話になったお礼にまずは門番とその母親、門番の家のご近所の人達にラーメンを振る舞います。森へ出掛けて行って小人達にもラーメンを振る舞いました。小人達は大喜びです。


「美味い!」

「美味いよー!」

「さすが、レジェンドラーメン!」

「なんていう美味しさだ」


 小人達が異口同音に褒め称えます。一郎も健康になってもう一度ラーメンを作れる嬉しさを、食べられる楽しさを噛み締めていました。ですが、一郎はお妃様に会って、以前自分が鏡だったこと、転生してあちらの世界でどれだけ幸せな人生を送ったか、どれほどお妃様に感謝しているか話したいと思いました。

 一郎は「白雪姫様やお妃様に会えないだろうか。ぜひお礼がしたい」とデルサム・トップに言いました。

「姫様やお妃様にかい。うーん、そいつは難しいな」

「ティーパーティにいらっしゃるのでは? その時にお会い出来ないでしょうか?」

「いや、あれから来てないんだ。元々、白雪姫様がお城の授業をサボって俺らの所に遊びに来ていただけだからな。だけど、まあ、そうだな、姫様の事だ。また、何かの機会に来るかもしれない。ああ、そうだ。良質の宝石が取れたらお城に持っていかなきゃならないんだ。その時になら会えるかもな」

「だったら、ぜひ、連れて行って下さい」


 デルサム・トップは快く承知してくれました。

 後は宝石が取れるのを待つばかりです。ですが、宝石はいつ取れるかわかりません。一郎は以前と同じようにお城の門前でラーメンを売ってお妃様に会える機会を待とうと思いました。

 門番にこの話をした所、


「それはやめておいた方がいいよ」と門番。

「え、どうして?」

「城の料理長があんたを妬んでまた襲撃するかもしれないだろう」

「そうだよ、一郎さん。店を開くなら別の場所にした方がいいよ。そうだ、市場の近くがいいよ。そうしなよ」


 と門番の母親が言います。一郎は門番達の勧めで市場の近くに屋台を出そうと思いました。

 ちょうどいい場所がないかと探したら、市場の近くに古い空き家がありました。近所の人に聞くと誰も住んでいないとの事です。一郎はその家を借りる事にしました。一階に屋台を置いてラーメン屋を、二階を住処にすればちょうどいいようです。門番と母親に長い間世話になった礼を言って、一郎は引っ越しました。

 一郎のラーメン屋はすぐに評判になり毎日たくさんのお客さんが来るようになりました。何と言っても一日五十食の限定品です。限定品に弱いのは何処《いずこ》も同じ現象でした。



 一郎はラーメンを作りながら、客の話を聞くとはなしに聞いていました。


「お妃様の具合がお悪いという話を聞きましたか?」

「ええ、聞きました。この頃、公務にお出ましになられませんからね」

「もしかして、オメデタ?」

「え? オメデタ?」

「いえいえ、具合が悪いときいています」


 一郎はぎょっとしました。お妃様の容体を詳しく聞こうと口を開きましたが、客はベレンテル候の話を始めていました。


「それで、ベレンテル候が政務をお取りになっていらっしゃるのですね」

「ええ、お妃様もよくやっていらっしゃいましたが、やはり男が仕事をすると早いですな。それに公平だ」

「いやいや、公平さという点ではお妃様の方が上ですね。ベレンテル候はいささか森の国の商人に甘い」

「身びいきか?」

「ただの身びいきなら良いのだが……。やはり、お妃様には早く良くなって頂きたいものです。それに、ここだけの話ですが」

「何かあったのですか?」

「大した事ではないのです、白雪姫の家庭教師、ほら、お妃様が探し出した、とても優秀な女性なんですが、ベレンテル候から森の国の仕来り《しきたり》を詳しく教えておくようにと指示があったそうですよ」

「それは母国を忘れないようにする為では?」

「いやそれが、もしかしたら、白雪姫様の嫁ぎ先を森の国の貴族にと考えているのではと」

「それはそれは、我らの国と森の国がより強く結ばれますなあ。実に喜ばしい」

「しかし、持参金を我らが税金で賄うとなると」

「おお、なるほど。持参金と称して、我が国の宝を根こそぎ持って行くとか? 或いは領地を」

「それは一大事ですな。そう言えば、白雪姫様の誕生日に南リーガイルの森をプレゼントしていたな、候は」

「え? 領地をプレゼントしたのですか?」

「そうなんですよ。まだ、十二、三歳の少女に」

「それは、困りましたなあ」

「その上、森の小人達に宝石をたくさん探させているようですよ」

「ほう、花嫁の冠を作らせるつもりでしょうかね? まさか、ご自分の王冠とか?」


 冗談のつもりで言った客は、はっとして相手を見ました。相手もまたはっとして。


「いや、ないないない」


 と異口同音に言い合ったのでした。


 一郎はそんな客達の噂を話半分に聞いていました。

 噂とはいろいろ尾鰭がつくものです。大抵は的外れな話になるのですが、お妃様の体調が良くないというのだけは、嘘でありますようにと祈ったのでした。



 或る日、とうとう、一郎が会いたいと思っていた人がやってきたのです。

 春の初めの頃でした。


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