十一 お妃様の説得

 ある日、お妃様は執務室で仕事をしていました。


「お妃様、白雪姫の家庭教師が目通りを願い出ておりますがいかがいたしましょう?」


 お妃様は書類から目を上げて、侍従長に言いました。


「白雪姫の家庭教師がどういう用件じゃ?」

「はい、辞職を願い出ております」

「なんと、給金が足りぬのか? それとも、結婚か? だとしたら目出度いが」


 侍従長がゆっくり首を振りました。


「白雪姫様が授業をすっぽかすようでございます」


 お妃様はびっくりしました。侍従長は信頼のおける真面目な人です。嘘をついたり、人を落とし入れようと根も葉もない話をお妃様に告げ口したりするタイプではありません。とても信用の出来る人です。その人が「白雪姫が授業をサボっている」というのであれば、それは事実でした。


「なんと! 白雪姫が義務を怠っているとは。家庭教師を通しなさい。ぜひ、話し合わねば」


 執務室に入ってきた家庭教師は三十代後半のグレーのドレスを着たいささか堅苦しい感じの女性でした。一礼すると家庭教師は切々と訴えました。


「白雪姫様は今日もお城を抜け出してしまわれたのです。昨日、あれ程言って聞かせたのでございます。勉強をして、より徳の高い淑女を目指さなければいけないと。ですが、聞く耳を持たないのでございます。姫様はいつもいつも抜け出して」


 怒りのあまり声を震わせて家庭教師が言います。


「私は、私はもう姫様に学問を教えられません。学問というのは基礎が大事でございます。順番に覚えていかなければ次に進めません。こんなに抜け出されては、姫様にお教えするのは無理でございます。私の愛する学問がこのように蔑ろにされるなど、私には、もうもう、耐えられません。いとまを頂きたいと存じます」


 お妃様はしばらく考えてから、家庭教師に言いました。


「どうか、辞めるなどと言わないでおくれ。私から姫に言ってきかせよう。決して授業をさぼらぬようにと。学問を大切にするようにと」


 お妃様は家庭教師を慰め、褒め、引き留めようと言葉を尽くしました。

 家庭教師はとても優秀な女性でした。七ヶ国語を操り、各国の歴史、習慣に明るい人で、とても博識な女性だったのです。優秀な人材を手放すわけには行きません。

 家庭教師は不満をきいてもらい、少し気持ちが落ち着いたのか、お妃様の説得に心が動かされたのか、迷いながらも


「では、もう少し、もうしばらくの間、こちらにお仕えさせて頂きます」


 と答えたのでした。

 夕方、お妃様は森から帰ってきた白雪姫に会いに行きました。


「そなた、授業をサボってばかりだそうだな」


 お妃様は単刀直入に切り出しました。

 白雪姫は慌てました。新しく母親となった人はこの国の女王陛下です。普通の母親ならたとえ罰が与えられても、夕食を抜かれるくらいでしょう。ですが、白雪姫のお義母様は女王陛下なのです。どんな罰が与えられるのか、検討もつきません。もしかしたら、何十年も地下牢に閉じ込められて、苦手な書き取りを死ぬまで何百回も書く事になるかもしれません。白雪姫はゾッとしました。


「ご、ごめんなさい。お義母様。でも、でも、これには理由わけがあるんです」

理由わけ?」

「そうです。きいて下さい」


 白雪姫は森で七人の小人に出会い友達になった事、自分が行かなければ、キイチゴのパイを等分に分けれらず、喧嘩になると話しました。


「そのような事、最初から七人分の小さなパイを作ればいいだけではないか。何を言っておる」


 白雪姫にとっては青天の霹靂へきれきでした。そんな解決方法があったとは、白雪姫は考えつきもしませんでした。


「ああ、そうか、そうですね。素晴らしいです。さすがです。……、ですがお義母様、小さなパイ皿がありません」

「それくらい妾が届けさせよう。そなたが森に行く理由はわかった。行かずにすむ解決方法もわかったな。これで授業をサボってまで森へ行く理由はあるまい」

「でもでも」

「まだ何かあるのか?」


 白雪姫は下を向きました。

 お妃様は心の中で、ちょっとだけ、ため息をつきました。ですが、そんな様子は顔に出さずに、白雪姫に言いました。


「そなた、勉強は嫌いか?」


 白雪姫は黙っています。お妃様は考えました。どうしたら、白雪姫に授業に興味を持たせる事ができるでしょう。


「そなた、幸せになってほしい人はおらぬのか?」


 唐突な質問に白雪姫は思わずお妃様を見上げました。


「あの、お義母様とお父様に幸せになってほしいです」


 お妃様はニッコリしました。


「そなたは優しい子じゃの。他には」

「七人の小人さん達にも幸せになってほしいです」

「ふむ、七人の小人は鉱夫だと言ったな」

「はい、そうです」

「鉱山から金が取れなくなったら小人達はどうなると思う?」

「わかりません」

「では、病気になって仕事が続けられなくなったら?」

「きっと、食べる物が買えなくて飢え死にすると思います」

「そんな小人達を、そなたはどうやって助ける? それとも見殺しにするか?」

「もちろん、助けます。食物を持って行ってあげて、病気が治るようにお医者様を連れて行きます」

「永久にか?」

「永久に?」

「小人達が死ぬまで、そなたのペットのように面倒を見るのか?」

「いいえ、違います。また働けるようになるまで助けるのです」

「では最初の質問に戻るが、金が取れなくなって、仕事がなくなったら? 病気が治っても坑夫として働いても金が取れず収入の道を絶たれたら、そなたどうする」


 白雪姫は一所懸命考えました。ですが、いい解決策は浮かびません。


「えーっと、わかりません」と白雪姫は下を向いて答えました。


「だから、勉強をするのじゃ」

「え?」

「本の中に解決方法があるかもしれぬ。知識を得て、自分で考え、問題を解決して、愛する人々を幸福にする。それが、学問の目的なのだ。そなたが授業をサボると言う事は将来救えるかもしれぬ友人を不幸なままにしておくという事じゃ」


 白雪姫は衝撃を受けました。七人の小人達が路頭に迷う様が頭の中にありありと浮かびます。白雪姫は激しく後悔しました。家庭教師の言ったような徳の高い淑女になどなりたいとは思いません。ですが友人を助ける為なら必死になって勉強したいと思いました。


「お義母様、私、間違っていました。これからは一所懸命勉強します」


 こうして白雪姫が授業をサボる事は無くなりました。夜も昼も部屋に籠って本を読むようになりました。しかし、成長期の少女が籠ってばかりいてはいけません。お妃様は白雪姫と一緒に森へピクニックに行く事にしました。

 

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