第二章 お城の人々

九 ベレンテル候

 森の国の第三王子は、王子の持っている領地にちなんで、ベレンテル侯と呼ばれていました。

 ベレンテル侯とお妃様は国と国の同盟の為、結婚する事になりました。候は結婚式を上げるためにお妃様の国にやってきました。侯は風の噂にお妃様が絶世の美女と聞いていました。お妃様に実際に会った事のある大使に到っては、これ以上はない形容詞を使ってお妃様を褒め讃えていましたし、肖像画を見る限りでは、確かにこれほどの美女はいないだろうと思いました。

 ベレンテル候は他国に婿入りすると森の国の王位継承権を失ってしまいます。たとえ二人の兄が亡くなっても、王位にはつけないのです。また、お妃様の夫になってもお妃様が女王様なのであって、ベレンテル候は王様にはなれません。

 しかし、たとえ王になれなくても、一国の主になれなくても、これほどの美女、絶世の美女、傾国の美女と言っていいほどの女性を妻にできるなら王位など惜しくは無いと思いました。

 ですが、実際に会ってみると、お妃様は絶世の美女というよりも、いささか小太りの、普通よりは美しい容姿の女性でした。期待した程ではなかったのです。

 ベレンテル侯はとてもがっかりしました。

 王になる望みを捨ててまでやってきたというのに、これではあんまりだと思いました。

 ですが、お妃様は気立てがよく、多少太ってはいましたが輝く黄金の髪は頭上の王冠より輝いていましたし、ベレンデル候を見上げる青い瞳は明るく澄んでいて六月の空のように美しかったので、候はこの結婚を悪く無いと思ったのでした。



 或る日、ベレンテル侯が馬に乗り麦畑を見回っていると遠くから子供が「やあ、女王様の旦那さんだ!」と叫びました。親が慌てて口を塞ぎましたが、ベレンテル侯の耳には届いてしまいました。

 お付きの者達は子供の言った事ですからとベレンテル侯を慰めようとしました。

 しかし、侯は「元気な男の子だな。子供はああ出なければな。そう、思わぬか?」と気にする風でもなく皆に同意を求めたのでした。

 それからしばらくして、候がお城の庭を散歩していると、カエルが


「ゲコゲコ、女王様の旦那さん」

「ゲコゲコ、女王様の旦那さん」


 と鳴きました。候は振り返ってお付きの人に「今、何か言ったかね?」と尋ねました。

 「いいえ、何も言っていません」とお付きの者達は応えました。

 翌日、候が馬で森に狩に行くとカラスが飛んできて、


「カアカア、女王様の旦那さん」

「カアカア、女王様の旦那さん」


 と鳴きました。候は振り返ってお付きの人に「今、何か言ったかね?」と尋ねました。

 「いいえ、何も言っていません」とお付きの者達は応えました。

 その夜、寝室の窓辺で猫が、


「ニャアニャア、女王様の旦那さん」

「ニャアニャア、女王様の旦那さん」


 と鳴きました。候はベッドの上に起き上がって隣で眠っているお妃様の寝顔を眺めました。月明かりの下、お妃様の黄金の髪がまるで王冠のように柔らかな光を放っています。


 王冠


 それは、候が決して戴くことのない物でした。


「そうだ」


 候は独り言を言いました。


「あなたの為にリンゴを取り寄せよう」と。

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