七 一郎、襲撃される
お妃様にラーメンを差し上げる日は意外に早くやってきました。
一郎の願いが通じたのでしょう。
その夜、西風が吹いたのです。みなさんもご存知の通り、西風はいたずら者です。一郎のチャルメラの音色とラーメンの美味しそうな匂いを巻き上げ城の奥深くへと運んだのでした。
いつものように屋台の前ではラーメンをすする者、順番を待つ者、一郎の手際の良さを見物する者、皆の様子を肴に酒を飲む者が集まっていました。そこへ、門番がやってきて、一郎に言いました。屋台を城の中庭に入れお妃様にお出しするラーメンを作るようにと。
一郎は狂喜しました。やっとやっとお妃様にラーメンをお作りできる。
中庭に屋台を停め、いざラーメンを作ろうとしました。手が震えています。寒さからでしょうか? いいえ、緊張からです。一郎はふぅっと息を吐きました。
(しっかりしろ、一郎。お妃様に最初の一杯、ファーストラーメンを食べて頂くのだぞ! いつも通りにやるんだ!)
自分自身を叱咤して、一郎は思い込をめた一杯のラーメンを作り上げました。
侍従の差し出した銀の盆にラーメンを置きます。侍従がスープが冷えないようにドーム型の蓋、クロッシュを上からさっとかぶせます。
侍従の後ろ姿を見送りながら一郎はこれで私が生まれると感慨深く思いました。
一郎は中庭でラーメンを作り続けました。
城にいた物見高い人々がお妃様が食べたというラーメンがどんな物か、話の種にと食べに来たのです。ラーメンの材料はあっという間に無くなってしまいました。
一郎は食べられなかった人に頭を下げ、店を畳んで城を後にしました。
一郎は屋台を引いて帰りながら、嬉しくて仕方ありません。お妃様のおかげであちらの世界に転生し、大好きなラーメンを腹一杯食べられる人生を過ごせたのです。
鏡だった頃の
お妃様の為なら死んでもいいと思った時でした。
一郎は頭に強い衝撃を受けました。
「この野郎、二度と城に来んな!」
一郎の後ろから尾けて来た者がいたのです。一郎を殴り、蹴り、屋台を壊しに掛かります。
「やめてくれ!」一郎は悲鳴を上げました。
「頼む、屋台だけはやめてくれ。か、金ならやる。屋台が無いとラーメンが作れないんだ!」
「作れなくしてやるんだよ!」
男は一郎を殴りつけて転ばすや、屋台を横倒しにして斧で散々に打ちこわしました。
騒ぎを聞きつけた街の人が警吏を呼んで来ました。警吏の「こらー」という声に暴漢は一郎の金を拾って逃げて行きました。
集まった人々が一郎を助け起こします。しかし、一郎は気絶したままです。人々は一郎を戸板に乗せて門番の家に運びました。
医者が呼ばれ、一郎の傷の手当てをしてくれました。
医者は一郎の傷を見て、これは危ないと思いました。門番の母親を呼んでにそっと耳打ちをします。「もしかしたら、このまま死んでしまうかもしれない。この人の身内がいるなら早く呼んだ方がいい」と。
母親は驚きました。息子から紹介された大切な客人です。しかも、彼の作るラーメンはとてつもなく美味しい物でした。母親は一所懸命看病をしました。
翌日になっても、一郎は目覚めません。近所の人が母親を手伝います。門番も一郎の様子を見にやてきました。
「おふくろ、どうやら一郎さんを襲ったのは城の料理長が雇ったならず者らしいんだ。俺らの仲間が料理長とならず者が話しているのをたまたま聞いたらしくてよ」
「ええ! なんだって!」
母親は驚きました。このままではいけない、このままでは息子も一郎の仲間と間違われてならず者に襲われるかもしれない。ここには置いておけないと母親は思いました。
しかし、瀕死の一郎を動かす事は出来ません。
「どうしよう、また襲ってきたら? 私らも仲間と思われて乱暴されるかもしれない」
「大丈夫だよ。俺たちに手出しは出来ねえよ。もし、襲われるような事があれば、正体はバレてるんだ。みんな知ってるぞって言えばいい。そしたら大人しくなるさ」
母親は少し安心して横になっている一郎を見ました。青ざめた顔、浅い呼吸、とても苦しそうです。瀕死の病人を理不尽な暴力を恐れて放り出しては人の道に外れる、精一杯看病しようと腹を決めたのでした。
そして数日が過ぎた頃……。
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