六 お城の前で
翌日、一郎は屋台を調べて驚きました。
昨夜、門番にラーメンを作ったのですから、一杯分の材料が無くなっている筈です。ところが、棚は満杯のままなのです。麺もスープも煮卵も焼豚も総て揃っています。しかも、鍋の蓋を取れば、お湯がぐつぐつと沸騰しているではありませんか!
一郎の屋台はいつでもラーメンが作れる魔法の屋台になっていたのでした。
翌日、一郎は門番の母親にラーメンを振る舞ったり家事を手伝いながら、夜を待ちました。
日が暮れると、一郎は屋台を引いて城門の前に行きました。チャルメラを吹きます。
門番が走って出てきました。仲間の兵士が一緒です。
「おう、親父、待ってたぜ! 昨日と同じラーメン、三つな」
一郎は早速、麺を沸騰した湯に入れました。丼を三つ並べスープを注ぎます。湯切りした麺を丼に入れ、焼豚やネギ、煮卵をトッピングします。
「親父、器用だな。二本の棒だけで物を掴むなんてよ」
「いえいえ、特別器用な事など。私の生まれ育った所はこれが普通でございましたから」
ニコニコと答えながら一郎は、屋台の軒先に座った兵士達の前にそれぞれラーメンをおいていきます。皆、自前のフォークとスプーンを持って来ていました。
「うーん、これは美味い。このスープは何のスープだ? 実に美味い」
兵士達が感嘆の声を上げながら、美味そうにラーメンを食べていきます。兵士達の様子に人が集まって来ました。一郎はラーメンをどんどん作りました。皆、一郎の作ったラーメンを食べて幸せそうです。誰が持って来たのか、ワインを飲んでいる兵士もいます。誰かが焚き火を始めました。
「これは何の騒ぎですか?」
聞き慣れた声がしました。侍従長です。一郎は懐かしさに声をあげそうになりました。
「これは侍従長。ささ、こちらにどうぞ。なんでも、ラーメンという食べ物だそうですよ」
食べ終わった兵士が椅子をすすめます。
「ほう、なかなか美味しそうな匂いがしてますね。私も同じ物を一つ」
一郎は胸が詰まって泣きそうになりました。ですが、まずはラーメンです。一郎は慣れた手付きでラーメンを作って侍従長に出しました。ふと、美味しいと言ってくれるだろうかと不安になりました。ですが、そんな不安は杞憂に過ぎませんでした。
「これは美味い。このような物、食べたことがありません!」
「しかも安いんですよ。これ一杯がなんと三ルブル!」と門番が叫びます。
「ほう!」
侍従長が嬉しそうに食べて行きます。焼豚を食べる度に、麺をすする度に、賞賛のため息をつきます。一郎は侍従長に思い切って言ってみました。
「侍従長様、あの、お妃様にラーメンを差し上げたいのですが」
「うーん、それは難しいな。しかし、お妃様から訊かれたらお前のラーメンがとてつもなく美味しいと勧めておこう」
と侍従長は約束してくれました。
材料がなくなったのでその日は店じまいになりました。どうやら、魔法の屋台では一日五十食までしか作れないようです。
一郎は屋台を引いて帰りながら、自分が生まれたのはいつ頃だったのだろうと思いました。記憶を辿ってみましたが、よく思い出せません。あの時、世界中のラーメンを一瞬で検索したのを覚えています。どのラーメン店が美味しいのか。まるで飢えたように世界中の情報を検索したのでした。
「せめて、月の満ち欠けを覚えていたらなあ」
一郎は空を見上げて独り言を言っていました。取り敢えず、毎晩、城門の前で商売をしようと思いました。
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