五 鏡と間《はざま》の女神
目の前に女神がいます。一郎は女神に問い掛けました。
「女神様、教えて下さい。お妃様は私が転生した後、グリム童話のような恐ろしい魔女になってしまったのでしょうか?」
女神は沈黙しています。
「お妃様は、とてもお優しい方でした。決して、若さや美しさに嫉妬して、理不尽な殺人をするようなそんな人ではありませんでした」
それでも女神は沈黙しています。
傍にラーメンの屋台があります。若い頃、ラーメン作りの修行していた頃、使っていた屋台です。何故ここにあるのでしょう? きっと孫娘が
巨大な女神はカッと口を開くと長い舌を出してラーメンの丼を持ち上げるや、あっというまに食べてしまいました。
「美味い! これは、美味い。ふむ、そなたの真心よくわかった。その目で確かめるが良い!」
一郎は「ありがとうございます」と言いましたが、女神に届いたかどうかは、わかりません。言い終わる前に
気がつけば、一郎は城門の近くでラーメンの屋台を止めチャルメラを吹いていました。辺りには雪が積もっています。
「おい、お前、ここで何をしている? これはなんだ?」
城の門番が横柄に訊いてきます。
一郎は問われるままに、ラーメンを作って売っていると言いました。
「ラーメン? それはなんだ? なんだか、うまそうな匂いがするが」
一郎はとりあえず、門番にラーメンを作りました。ラーメンを作る道具も材料も総て揃っていたのです。これも女神の配慮でしょうか?
「なんだ? この棒は?」
一郎は箸について説明しました。自身で使って見せますが、初めての人が箸を使うのは容易ではありません。門番は「もういい」と言って鉢に箸を突き立て麺をかきこみます。
「おお、これはうまい!」
門番が驚きの声をあげます。
「ちょっと待ってろ」
門番は走って番小屋に向かいました。何かを手に戻ってきます。フォークとスプーンでした。門番はフォークとスプーンを使って「うまいうまい」と言いながら器用にラーメンを食べて行きます。スープ一滴も残さず食べた門番は満足そうな笑みを浮かべました。
「親父、いくらだ?」
一郎はどうしようと思いました。一杯三百円で売っていましたが、こちらの値段でどの位になるのかわかりません。
「おい、幾らだ?」
「あ、あの、三百円です」
一郎は取り敢えず言ってみました。
「ほう、三ルブルか、安いな」
門番は銅貨を三枚カウンターに置きました。一郎は驚きました。まさかレートが自動変換されるとは思ってもいませんでした。
「お前、明日も来るのか?」
「はい、どうぞご贔屓に」
「そうか、楽しみだな」と門番が嬉しそうに持ち場へ帰ろうとします。
「あ、あのう、こちらのお妃様はとても美しい方だと聞きましたが」
「おう、そうとも。我らの女王様は三国一の美人ぞ。その上お優しくてな。いつも我らの事を考えてくださる」
門番はよほどお妃様が自慢なのでしょう。一郎が尋ねなくても、お妃様の近況を教えてくれました。
「普段は公務にお忙しいが、お暇な時は、昔の魔法の研究をされていると聞いている。城の地下に古い図書室があるのだそうだ。今は魔法の鏡を作っているらしい。お前、お妃様に会いたいのか?」
門番がにやにやと笑いながら一郎をからかいます。ここで一郎が会いたいなどというと、「身分を考えろ」などと言って一喝するつもりでしょう。
「いえいえ、そんな滅相もない。私のような下賤の身が、お妃様にお会い出来るなどと思ってもおりません。ただ、そのように美しい方なら遠くからでも一目拝みたいと思いましてね」
「お前、身の程をわかっているじゃないか。まあ、そのうち、拝めるだろうよ。お妃様は時々城を出て狩りに行かれる。運が良ければ見られるかもな。じゃあ、またな。俺、持場に戻らないといけないから。ラーメンうまかったよ」
立ち去ろうとする門番を一郎は引き止めます。
「あ、すいません。あの、この辺りに宿屋はないでしょうか?」
「え? お前、泊まるところががないのか? だったら、俺の家に泊まっていけよ」
「あの、お城にですか?」
「いやいや、俺は門番だからここの番小屋に寝泊まりしているけどよ、俺の家は町外れにあるんだ。お袋が一人で暮らしているだけだから遠慮はいらないぜ」
こうして一郎は門番の家に厄介になることになりました。
その夜、屋根裏の粗末なベッドの上で一郎は天井を見上げていました。
(何か引っ掛かる。なんだろう? さっき、何か言っていた。お妃様は魔法の研究をしているとかなんとか。確か何か作っていると)
一郎はハッとして飛び起きました。
(鏡を作っていると言っていた。魔法の鏡を。もしかしたら、お妃様に最初の一杯を差し上げたのは私だったのかもしれない! いや、きっとそうに違いない)
一郎はこの発見にすっかり興奮してしまいました。
(私は、私は過去に転生したんだ! お妃様にファーストラーメンを差し上げたのは私だったんだ!)
「おおおーー!」
眠っていた門番の母親は一郎の雄叫びにびっくりして目を覚ましました。
「狼だ! なんて近くで吠えてるんだろう、怖い怖い」
とガタガタ震えながら粗末な藁布団を頭の上まで引っ張り上げたのでした。
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