三 間《はざま》の女神

 お妃様は鏡の魂を転生させられないだろうかと思いました。

 うまくいけば鏡は人に転生して、ラーメンを味わえる人生を送れるでしょう。

 お妃様はお城の地下室にある古い図書館に行って魂を転生させる方法がないか探しました。鏡の作り方もここで学んだのです。

 図書館の奥の奥、とある魔法書にそれは書いてありました。転生させるには世界と世界のはざまを統べる女神を呼び出すと良いようです。

 お妃様は聖なる土地を探し、清らかな泉の前に祭壇を作りました。

 準備が整った朝、お妃様はお城の庭に降り、咲いたばかりの白バラを集めました。バラのとげを自身で抜いていきます。バラのとげは硬くお妃様の手はすぐに傷だらけになってしまいました。

 夜になり新月が夜空に登りました。お妃様はお付きの者たちと共に鏡を携えて祭壇に向かいました。神に仕える者達が祈りを捧げる中、お妃様は鏡を祭壇に置きました。


「お妃様、うまく行くでしょうか?」


 鏡が不安そうに訊いてきます。


「うまくいくかどうかはわからぬ。妾にとっても初めてのことだからな」

「そんな、殺生な」


 鏡が泣き言を言います。

 お妃様は魔法書に書かれた通りに祈りの言葉を読み上げて行きます。

 泉の上に光が集まり始めました。そして……。

 巨大な女神の顔が現れたのです。皆、畏れおののき地にひれ伏しました。


「私を呼び出したのは?」


 女神の声が直接頭に響いて来ます。

 お妃様は事情を説明して、鏡を人に転生させて欲しいと頼みました。女神はしばらく考えた後、「泉の側に神殿を建て末長く私を崇めるなら鏡を人に転生させましょう」と言いました。


「約束致そう。必ずやこの地に白い大理石を使ってあなた様の像を作り、神殿を建てると誓おうぞ。誓いの印に、この白バラを捧げましょう。白バラの花言葉は『固い約束』。この白バラは朝一番に咲いた清らかな物、トゲは全て妾が抜いた」


 お妃様は傷だらけになった両手を見せました。

 女神がうなづきました。お妃様の真心を女神は認めたのでした。白バラの花束がゆっくりと持ち上がり泉に落ちて行きます。

 

 同時に。


 鏡が轟音と共に砕け散り埃となって舞い上がり雲散霧消うんさんむしょうしました。

 後には銀色のスプーンが祭壇に残るばかりです。

 女神と鏡が消えた祭壇の前でお妃様は呆然としていましたが、やがて、祭壇に残った銀のスプーンを取り上げ「あの者はうまく転生できたであろうか?」と独りごちたのでした。

 後に、お妃様は女神との約束通り、泉の側に神殿を建て女神の像を安置、巫女を置いて末長く崇めさせたのでした。




 お妃様は城に戻り、改めて姿見の自分を見つめました。丸みを帯びた顔、かすかにたるんだ頬、くびれがなくなってしまったウエスト。太くなった二の腕。


「これでは魔法の鏡を作る意味はないの」


 お妃様はため息をつき、自身の美しさを諦めたのでした。二度と魔法の鏡を作る事はありませんでした。美しくなくなったのです。鏡に尋ねても、どこか知らない女の名前を告げるだけでしょう。

 お妃様は自身の美しさを諦め、鬱々としながらも国を治めて行きました。


 そんな或る日。

 森の国の三番目の王子からお妃様に手紙が届きました。

 ぜひ結婚を前提にお付き合いくださいと。

 お妃様は侍従長に尋ねました。


「この申し出、どう思う?」

「悪いお話ではないと存じます。三番目の王子様は大変、お人柄が良いと評判であります。確か、奥方様を亡くされて、お子様が一人いらっしゃったかと」


 お妃様は手紙に添えられていた絵姿を見ました。好感の持てる顔をしています。

 侍従長が続けます。


「お妃様は国内統一の為、御年十四歳の折、当時齢よわい六十歳の前国王に嫁がれました。お子様をお作りになる前に王様が亡くなられ、以来お妃様はたった一人で、この国を治めていらっしゃいました。ご結婚されてお幸せになってもよろしいかと」

「妾の幸せは二の次で良い。我が国の民が幸福にくらせれば良いのじゃ。……、森の国としては、我が国と同盟を結びたいのであろう。我が国としても後継者は必要じゃからな」


 お妃様はこの申し出を受ける事にしました。

 森の国の三番目の王子様は、半月ほどしてやってきました。

 一人の娘を伴って。

 黒檀のような髪、雪のように白い肌、血のように赤い唇を持った、白雪と呼ばれる美しい少女でした。

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