二 深緑色のドレス
それは、隣国の大使との謁見の為、深緑色のドレスに着替えた時のことでした。
隣国は森の中にある国、お妃様は隣国への敬意と友情を示す為に深い緑色のドレスを選んだのでした。そのドレスはいささか古いドレスでした。上半身がフィットした、ハイウエストで切り替える、専門用語でいうならばコタルディという裾の広がったドレスでした。
侍女達がお妃様にドレスを着付け、美しく着飾ります。
お妃様がドレスの裾を持ち上げ一歩踏み出したその時でした。
バチバチバチバチーン
お妃様の背中のボタンが弾け飛んだのです。
そうです、お妃様は太ってしまったのでした。
これは一大事です。お妃様は慌てました。とりあえず身頃が収まるドレスは最近作ったオレンジ色のドレスしかありません。しかし、オレンジ色は森を焼き尽くす火の色と同じです。大使に戦さを連想させてしまうかもしれません。
お妃様は深緑色のドレスを取り上げました。どうしても、何があってもこのドレスを着なければなりません。お妃様は、侍女にはドレスの背中に当て布をしてサイズを調整するように命じ、侍従長には大使との謁見時間を延ばすように命じました。
「何故じゃ、何故このように太ってしまったのじゃ」
と自問しながらも、お妃様には答えがわかっていたのです。
原因はラーメンでした。お妃様は謁見の間へ向かいながら、二度とラーメンを食べるまいと心の中で誓っていました。
お妃様は背中の当て布をマントで隠し、コルセットを締め上げてウエストの肉を背中に逃がし、いささか濃い化粧をして大使と謁見しました。お妃様と会った大使はお妃様を絶世の美女と絶賛、お妃様の痩せ見せスタイルは大成功したのでした。
滞りなく謁見を終えるや、お妃様は鏡の間へ行き「もう、ラーメンは食べぬぞ!」と鏡に向かって宣言しました。
「太ったのだ、妾が! 美しい妾が醜く肥え太るなどありえんのだ。ラーメンじゃ、ラーメンを食べたのがそもそもの原因じゃ」
ラーメンではなく、運動不足が原因なのですが、やはり食べ過ぎはよくありません。
「そんな、お妃様! ぜひ、これからもラーメンを食べてください!」
鏡が懇願します。
「ええい、うるさい、食べぬと言ったら、食べんのじゃ!」
「そんな!」
鏡が泣き出しました。わあわあと泣き声が辺りに響きます。あまりに泣き続けるのでお妃様は鏡が気の毒になりました。優しく鏡に言いきかせます。
「妾は美しさを保つ為、太るわけにはいかんのじゃ。ラーメンはうまい。知らず知らず食べ過ぎてしまうほどうまいのじゃ。すまんの」
「でもでも。お妃様、お願いです。私の話をきいてください。私は自分ではラーメンを食べられません」
お妃様はハッとしました。鏡がラーメンを食べられない。まさにその通りです。何故、今まで気がつかなかったのでしょう。鏡の表面が悲しみのアイスブルーに染まっています。
「どんなに好きなラーメンでも、私は鏡、食べる事が出来ないのです。ですから、ラーメンを食べた人の顔を見るのが、それはそれは楽しみで。美味しいラーメンを食べた後、人は満足そうな、幸せそうな顔をします。美味しいラーメンであればあるほど、食べる前と食べた後の表情は違います。私まで幸福な気分になれるのです。どうか、私の生きがいを奪わないでください」
お妃様は悩みました。かと言って、鏡の生きがいの為に、ラーメンを食べ続けて太るわけには行きません。城の者に食べさせようか、とも思いましたが、お取り寄せのラーメンはレートの関係でお高いのです。皆に食べさせていては、いくらお金があっても足りません。
お妃様は「すまんな、もう決めたことじゃ」と言って鏡の間を後にしました。
怒りが収まったお妃様は鏡を気の毒に思いました。自分のミスでラーメンお宅の鏡をこの世に生み出してしまったのです。罪悪感が胸の内を走ります。お妃様は自問自答しました。
「どうしたらよいだろう? どうすれば、あの者を救うことが出来る?」
そして、お妃様は閃いたのでした。
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