第24話 再び松田屋へ

「シュウのアニキちわーっす」3人から挨拶される。

「あ、こんにちは」


自分で言うのもなんだが、オレの見た目は一般的な日本人だ。大人しくて目立たないタイプだと思う。そんなオレが3人の輩に囲まれている。


コレ現世だと、絶対にカツアゲされている構図なのだが。


「シュウのアニキー。今日はどうしたんですか?昨日受けたクエストの準備とか?」

「あー。それね。それは、あのー。えーと」


これどう答えたら正解なんだ?なんて答えても面倒な予感しかしないんだけど。



「シュウ君、お待たせ。討伐依頼の成功報酬とアイテムの買い取り終わったわよ。報酬が200万と女郎グモの念糸が100万で締めて300万ね」


とそこへ最悪のタイミングでアヤ姉がやってきた。



3人は驚愕の表情でお互い顔を見合わせる。そして



「SUGEEEEEEEEE!! さすがアニキっす。まじリスペクトっす。」

「女郎グモを瞬殺っすか。オレの見込んだ漢は違うぜ」

「オレ感動して涙出てきた」


とか言って騒ぎ出した。オレは会話に普通に横文字入ってて(開国10年でこんなに横文字浸透してるってヒノモト国民順応力あり過ぎだろ)って思ってしまう。



するとタクヤが、「アニキ。是非武勇伝をお聞かせください」とか言い出す。

他の2人も「うんうん」と頷いている。


これなんて答えればいいんだろ?って思いながら、アヤ姉から(一人前の冒険者として自分でなんとかしなさい)と言われた事を思い出した。



「よし」



オレはアイを呼び出しコッソリと解決方法を聞く。すると



『(お前たちが一人前の冒険者になったら教えてやる)といいなさい。あくまでも毅然とした態度でです』


なるほど。さすがです。



「あー。キミタチ」

「はいっ。おい、お前ら!アニキがお話しするぞ静かにしろ」



しーーーーん



話しにくいなあ。オレは一言ごほんと咳払いをしてから、



「えーっとね。教えないって言ってるんじゃないよ。教えないって言ってる訳じゃなくてね。ただね、すこーしだけね。ホンの少しだけどね。まだ早いんじゃないかなあ。って。ホラ、キミタチも将来有望な若者たちだからね。もっとこう、なんて言うか成長して欲しいっていうかね。」


しどろもどろになりながら、なんとかコイツらを怒らせないようにそして傷つけないように気を配りながらこれだけ言うと、タクヤが



「なるほど。オレ達が成長するまで待っててくれるって事ですね。わかりやしたアニキ、オレ達が一人前の冒険者になったらまた聞きに来ます。その時は教えてくれますよね?」



コイツ、あんな説明でオレの言いたい事全部理解しおった。



「よーし。これからはアニキ指導の下で頑張るぞー。ヤス、ヒデ、やるぞオレ達」

「早く一人前になってアニキに認めてもらいたいっす」

「オレも頑張るっすよー」


え?今なんかさらりと爆弾発言してない?オレ、キミタチとこれ以上関わり合いになりたくないんだけど。


3人はオレをキラキラした目で真っ直ぐに見つめてくる。



どうやってこいつらから逃げ出そうかと思っているが、オレはNoと言えない気弱な元日本人だ。この期待に満ち溢れた視線を跳ね返すだけの強いメンタルも、ここをうまく切り抜けるだけの高い会話スキルも持ち合わせていない。何も言えず黙っていると、すっかり満足したタクヤが、


「あ、アニキ、そろそろお昼なのでご飯食べに行きませんか?オレ、いい店知っているんですよ」

と言い出す。これもどうやって断ろうかと思っていたら、


「アニキ、“ギュウドン”ってヤツが食える店なんですよ」

「え?牛丼??」


驚いて聞き返す。すると3人が口ぐちに


「はい。オレ達も行ったことないけど、すごい人気らしいです。」

「なんでも、とても美味しくて大人気だとか」

「大行列ができてるって聞きました」



「え?その店の名前は??」




3人は口を揃えて 「はい。松田屋って店っす」






松田屋まで来てみると、すごい行列が出来ていた。100人以上は、並んでいるだろう。現世の大人気ラーメン店よりもよっぽど並んでいる。一体なぜ、こんなすぐに評判が広まったんだ?



ところが、オレの疑問はすぐ解決した。



「今日の瓦版に載ってたんすよ」

「ん?瓦版?」

「これっす」


見せて貰うと大きさは現世の新聞と一緒だ。一面に大きく「ユウザン先生の料理論評」と書かれている。横にそのユウザン先生らしき人物の写真が掲載されているが、視線だけで相手を射殺せそうな厳しい顔の人物だ。


「このユウザン先生は、神の舌を持つと言われる料理評論家でヒノモト国経済にも影響を与えることのできる料理界の重鎮っす。どんなにうまい料理でも絶対褒めたりしない、とても厳しい先生っすよ。」とタクヤが教えてくれた。


タクヤから借りた瓦版に目を通すと「EDOの料理界に激震を与えた風雲児。その名も“松田屋”」という見出しから始まっている。コラム風の記事の様だ。読み進めて行くと、


「私は、常日頃からヒノモト国料理界の将来を憂いておる。開国から10年、経済的には豊かになったかもしれぬが、ここ暫らく才能と情熱にあふれた料理人をとんと見なくなったからだ。

特に嘆かわしいのは、昨今の牛鍋ブームである。ここ数年、牛鍋を出す料理店は増え続ける一方であり、どの店も客足が途絶えることなく繁盛している。

ところが店側は、その状況にあぐらをかいてなんの努力もしていない。牛肉という未知なる食材を並みならぬ知恵と努力によって、牛鍋という料理に仕上げた先人たちの功績をなぞっているだけである。これこそ、浅慮と怠惰の極みであろう。

そのような事を考えつつ、歩いていると町のはずれに“安い 早い うまい”と書かれたのぼりが見えた。私はフッっと笑みをこぼした(何をバカなことを。“安いと早い”これに“うまい”が同居できる訳ないではないか)

大して期待もせずに酔狂で入って見る事にした。すると店主が出てきたので質問してみる。

『店主、ここは何の店だ?』 

『はい。牛丼の店でございます』

『なに?牛丼とはどんなものだ』

『はい。どんぶりご飯の上に牛鍋のようなものをかけて一緒に食します』

『なるほど、面白いそれを持ってきてみろ』

『はい。あの、サイズはいかがしましょうか?』


言われて、手元の品書きを見てみる。

並盛   400イェン

大盛り 600イェン

特盛  900イェン

と書いてある。

『このユウザンにこんな安いものを食わすのか?』

するとこの店主、私の顔をじっと見つめて

『食べて頂ければわかります』と抜かしおった。

『よし、ではこの並盛を1つだ』

『はい、ご一緒に生卵はいかがでしょうか?』

『ぬ?』

『この牛丼と一緒に森レグホンの生卵を溶いて一緒に食すと素敵に合いますが』

『わかった、それも一つだ』

『ありがとうございます』

すると店主のヤツがすぐに戻ってくる

『お待たせしました』

『なに?早い。早すぎるぞ』

目の前に牛丼なるものが提供されたので、私はよく見てみる。なるほど丼に牛肉が乗っているな。

ふん、いつも私が食しているものに比べて、大分安い肉のようだ。それを薄く切っているな。

うん?この半透明なモノはなんだ?

『店主、これは一体なんなのだ?』

『はい、クロヤナギでございます』

なんだと?ふん、口では偉そうなことを言っても実際の料理ですぐに馬脚を現しよったわ

『こんなゲテモノなぞ食えるか』

すると店主のヤツ

『お気に召さなければお代は結構でございます』と言う。

ふん、騙されたと思って一口だけ食ってやるか。と箸で口に運んでみる。

『?!』

なんと言うことだ。この私があまりの美味さに一瞬我を失うとは。

飯と牛肉とクロヤナギ、それに適度にしみ込んだツユ。これが混然一体となって口の中で調和する。どれ、もう一口。やはりうまい。と、ここでそれぞれの素性を確かめてみる。

まずは飯だ。なかなかいいコメを使っているな。南サカナ沼産コシピカピカだろう。

それをうまく炊いているな。牛肉も本来持っている獣臭さをツユと一緒に煮込むことにより、完全に消しているな。そしてクロヤナギであるが、ゲテモノだなんてとんでもない。半透明になるまで煮込まれたクロヤナギは甘みがしっかりあって肉と最高に合う。そして意外なことに少しあるクセがまた、食欲を誘うのだ。

 どれどれもう一口、と、ここで店主が

『お客様、この生卵を溶いて一緒に食してください』

(何をバカな。せっかく完璧に調和の取れているこの料理の味がぼやけてしまうではないか)

いや、もはや何も言うまい。私は思い直し、卵を溶きいれて一緒に食してみた。

『クワッ』

思わず目を見開いてしまった。今日は驚くことばかりだ。完璧な調和は全く崩されることなく、更に卵の濃厚な風味で全体が信じられないくらいまろやかになった。

私は我を忘れて丼の中の牛丼をかきこんだ。

『ふう、堪能した店主』

『ありがとうございます』

それにしてもこのユウザン汗顔の至りである。ヒノモト国料理界の将来を憂慮していた自分の行動はどうだったか?安い牛肉や食したことのないクロヤナギに偏見を持っていなかったか?いつの間にか自分自身、今の立場にあぐらをかいていたようである。

『店主、色々と料理にケチをつけて済まなかった』私は立ち上がって深々と謝罪をする。

『いえ、そんな。こちらこそ自分の作ったものをとてもおいしそうに召し上がっていただいてありがとうございました』

どこまでも天晴な漢であった。負けて悔いなしである。

そこで、最後に一言言いたい

『この松田屋の牛丼を食わずしてEDOの食を語るなかれ』」





ユウザン先生のコラム長っ!

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