第20話 牛鍋屋にて
結局小一時間ほど待たされて、オレ達の前に牛鍋が登場した。
「お待たせしましたー」
目の前に出された鍋の中を見てみる。見た目は普通だな。まあ、味の方は期待できないが、ともかく食べてみるか。鍋から小皿に移して2人とも食べ始める。
「う、うまい」
「うみゃあ」
オレとコタロウは、あまりのうまさに我を忘れガツガツ食いだした。
鍋の中身はシンプルに牛肉と豆腐と長ネギだけだ。だが、どれも信じられないくらいウマイ。
牛肉は、うっすらとサシが入ってて上等な肉だと分かる。火の通し方も完璧でほうばると肉の旨みが口いっぱいに広がり、溶けていくようになくなる。
ネギは決してフニャフニャではなく適度な歯ごたえを残しながら、しっかりとツユを吸って味が中まで浸み込んでいる。
そして豆腐もまたうまい。ちょっと硬めの木綿豆腐は両面をしっかり焼いてあり、煮崩れしていない。噛むと中までツユが浸み込んでいるが、豆腐の原料である大豆本来の旨みもしっかり残っている。
「いかがですかー?」
店主がやってきた。
「すごくうまいよ。」
「うみゃあ」
「ははは。そりゃ良かったです」
次は割り下を少し飲んでみる。醤油と酒とみりんで構成されているが、どれも上質なものを使っている。そのバランス取りも絶妙だ。そして上品な甘さがあるな。
うん?隠し味にコンブを使っているのか?グルタミン酸の旨みたっぷりだ。そして全体的に甘ったるくならないように、味に清涼感があるのは…
「店主、これは?」
「はい、砂糖は和三盆を使っております。コンブはオシャレマンベ産のラオウコンブです。最後にショウガをひとかけ入れて味を引き締めました。」
こんなうまい牛鍋食えたら、“我が生涯に一遍の悔いなし”だ。
「ご飯も持ってきますね」
「あ、はい」
と次におひつに入ったご飯を持ってきた。おひつを開けるとぴかぴかに光った銀シャリが…
「南さかな沼産のコシピカピカです。精米したてを羽釜で炊き、ふっくらさせるため最後にわらを一掴みくべました。炊けたらしっかり蒸らし、余分な水分がつかないよう、頃合いにおひつに移してます。」
茶碗によそって食べるが、牛鍋とのコンボは凶悪でオレ達は夢中で食べ進める。
そして、あっという間に鍋もおひつも空になった。
「ごちそうさま、とても美味しかったです。」
「にゃあ」
「ありがとうございます。」
とても美味しかった。前世で取引先の社長に連れて行って貰った浅草の名店よりもはるかに美味かった。なのにこの店はなぜこんなに流行ってないのか。それとも他の店もこんなにうまいのか?オレは疑問に思ったので聞いてみる。すると店主がぽつぽつと身の上話を始めた。
「じつは…」
この店主、元は高級料亭で板前をやっていたそうだ。腕もよく、資金も貯まったので1年ほど前に独立開業しようと一念発起する。開業に当たり和食店をするか迷ったが、今流行りの牛鍋屋にすることを決意した。
開国から10年、今や空前の牛鍋ブームで牛鍋屋が乱立している。しかも、どの店にもお客が大勢押し寄せている状況だ。味には絶対の自信があったので、うまくいくはずだったのに…
「確かに牛鍋屋多いですよね。どの店もお客さん多かったし、コタロウの入店断られちゃったくらいだもんな」
「私は、飲食店の経営を甘くみていました」
確かに最初は、お客もそれなりに来た。ところがこの店主、今まで板場で料理しかしていなかったため、お店の運営の事が全く分かってなかった。段取りの悪さから、随分待たされた客はカンカンになり、
「てやんでい。おとといきやがれ、コンチクショー」
と料理も食べずに出ていく。
「あそこの店は、いつまで経っても料理が出てこない」という噂が広まりあっという間に閑古鳥が鳴くようになったそうだ。
「EDOっ子は気が短いんですよねー」
それはよく聞く話だな。江戸っ子をあんなに待たせたらそりゃー怒るだろうな。
とここでオレはある考えが頭に浮かぶ。
「コレってこれをあーしてこうすればうまくいくんじゃ…あ、でもアレがないとムリか」
一人で考え事をしていたら、コタロウが店に置いてある植木鉢の植物の匂いをクンクン嗅いでいる。
「コタロウ、なにしてるんだ?あれ?これって」
おれは店主に話しかける。
「あのーコレってタマネギですよね?」
「え?これはクロヤナギですが。」
あーこちらではそんな名前なんだ。それにしても何故、こんなもの植木鉢で店に飾ってあるんだ。観葉植物じゃあるまいし。
「開国した時に異国からこのクロヤナギが入ってきまして、物珍しさから私も買ったのですが割と栽培が簡単で、今では裏の畑に沢山作っているんですよ」
あ、そう言えば昔はタマネギって観賞用の植物だったらしいな。
「よし。コレはいけるぞ」
オレの中でパズルのピースが全て埋まった。
「店主、この店を大繁盛させる起死回生の策があるんだけど」
「なんですと?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます