第3話

「どういうつもりだ、エルキッサ・マンガラ!」


 花屋敷の二階にミジョアの甲高い怒鳴り声が反響した。


「あんなところに忍び込みおって、さては俺の寝首でもかく気だったか。浅ましい、全くもって賊の所業だ。すぐさま実家と学校に報告して全面的に塩の供給の停止をって………やかましい!」


 ついさっきウッキウキで作動させた小鳥の置物を、叩き壊す勢いで黙らせる。ミジョアは再び正面に向き直ると、ソファで三角座りを続行する黒髪の少女を見下ろした。 


「………なんとか言ったらどうなんだ、エルキッサ」


 散々手こずらされた挙句ようやく引きずり出すことに成功したエルキッサは、それでも口を開くつもりはないらしくむっつりと膝を抱えたまま。ただ単にクローゼットからソファに場を移しただけといった風情だ。


「ふん、話す気がないのなら唇が同化するまで口をつぐんでいればいい。野蛮な傭兵一族の考えることなど知れたものだ。大方、試験の結果に納得がいかず未練たらしくここまで文句を言いに来たんだろう。はっ、これだから魔法しか能のない輩は―――いいか、エルキッサ!」 


 ガンマンが銃を抜くように、ずばっとポケットから封書を取り出してミジョアは言う。


「これが何かわかるか? 許可書だ。俺は学校から許可を受けてこの花屋敷にやって来たんだ。いいか? 学校が! この俺を! 首席と認めたんだよ! それでも文句があるのか? 万一あるのなら筋が違う。そんなことは俺ではなく学校に言え。その程度の道理もわからないおつむだから貴様は―――んん? なんだそれは?」


 エルキッサはまだ喋らない。一言も発しないままミジョアの弁舌を黙らせた。懐から同色の封書を取り出してみせることによって。いや、同じなのは色だけではない。薔薇の花押が押されているところも、思わず鼻を近づけて匂ってみたくなるところもミジョアの持っている封書と瓜二つ。それどころか、


 個室使用許可書

   エルキッサ・マンガラ 殿

   本日より花屋敷の使用を許可する。


         一年生学年主任 マリア・ハルパル

 

 中に書かれている文言まできっちりと一緒である。


「こ、こ、こ…………これはどういうことだ!」


 怒りで声が震えた。この期に及んでもまだエルキッサは喋らない。物憂げな視線を小鳥の置物に逸らすだけ。そんなことは、私ではなく学校に聞いてくれと言わんばかりに。


「くそっ、確認するぞ! ついて来――うわぁっ」


 扉を蹴り開けようとして反対に弾き飛ばされた。


 呪文の詠唱を失念した。花屋敷の扉は力では開かない。そんな基本中の基本すら失するほどミジョアの頭は茹だっていた。


 ありえないことが起きている。尻餅をついたままミジョアは床板に爪を立てた。許可書が二枚発行されただと? そんな馬鹿な話があってたまるか。花屋敷の使用権が与えられるのは学年首席ただ一人、そんなのは百年も前から決まっていることだ。だからこそ学年首席は羨望される。全生徒の至高の目標と定められる。家の誉とされるのだ。おいそれと数を増やしていいはずがない。自分だけだ。花屋敷に住む権利があるのは実力的に考えても………。


「……ラ・マリエ」


 なかなか立ち上がろうとしないミジョアに代わって、エルキッサが開門の呪文を唱えた。しかし、紅蓮の魔女は少々魔力の加減を誤ったようだ。


ドバン、バタン、ガラガラ、グルン、バスンッ、ジャッ、キンッ、バカンバカンッ、ギーコギーコ、ズガガガッ、スゴゴゴ、パンパカパーン………ピヨピヨピヨ。


 ビックリ箱を開いたように寝室中の魔法装置が一斉に作動した。たった一言の詠唱で部屋中がカーニバルだ。


 ………どんな魔力をしてるんだ、こいつは。


 きょとんとした顔で紙吹雪を浴びるエルキッサを、ミジョアは空恐ろしい思いで見上げていた。

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