第4話 復刻ボトルで思い出すのは

「でも、男なんて最初は皆そんなもんだぞ?」

「そうなの?」


 カルピスを半分くらい飲んだピンクは、ずらしたお面をきちんと直して俺を見た。


「そ。俺も昔はよく泣いてたみたいだし。まぁ、俺は全然そこまでじゃなかったと思うんだけど、姉ちゃんが言うんだよな。もう毎日泣いてたって」

「えぇ~? おにいちゃんが?」

「そうは見えないだろ? だから、そのレッドもそのうち俺みたいになるって。そんできっと、ピンクを恰好良く守ってくれたりするから」

「そうかなぁ?」

「そういうもんだって。大事にした方が良いぞ、男友達は」


 と言うと、ピンクはふるふる、と首を振った。


「ともだちじゃないよ、弟なの」

「なぁんだ、弟なのかよ、レッド。仲良いんだな、お姉ちゃん」

「うん、だいすきだから! ――あっ!」


 急に大きな声を上げて、ピンクが岩からぴょん、と降りる。


「きこえた! 泣いてる!!」

「え? 弟か? 俺全然聞こえないけど」

「ピンクシャイニーはお耳がとってもいいの! わたしにはきこえたもん! よんでる! 行かなくちゃ!」

「さすが姉ちゃんには聞こえるんだな、弟のSOSは」


 そういや昔、俺が近所の悪ガキにからかわれてたりすると、どこからともなく姉ちゃんが現れたっけ。その悪ガキ、どういうわけか姉ちゃんには弱いんだよ。いま思えば、あいつ、姉ちゃんのことが好きだったんだな。


「おにいちゃん、わたし、行くね。ジュース、ありがとう」

「弟の分もやるよ。ほら」

「いいの、これ、はんぶんこするから! なかよしはんぶんこなの!」


 と、ペットボトルをちゃぷちゃぷと振る。

 そして、林の方に向かって、叫んだ。


「いまいくよ―――――っ! よ――――うっ!!」


 何?


「ちょ、おい、弟の名前、『よう』って言うのか?」

「そうだよ? じゃあね、おにいちゃん」

「ちょ、待っ……! じゃあ、お前の名前は……!?」


 しかし、俺の声はそのソーダみたいなシャツを着たピンクの戦士には届かなかった。しゅわしゅわとはじける炭酸みたいなその裾を翻し、弟が待つであろう林の中へと消えてしまったのである。


 偶然、だろうな。

 『よう』ったって、『ようへい』かもしれないし、『ようた』かもしれない。


 そう思って、再び岩に腰掛ける。


「つ、着いたぁ……」


 ぜえぜえと息を切らし、汗だくの姉ちゃんがやっと石段を上りきって来た。


「おせぇな」

「この階段、傾斜おかしくない?」

「それいま気付くか? 昔からだろ。ほら、飲めよ」


 よろよろと岩に腰掛けた姉ちゃんにカルピスを渡す。もう温くなっていて、姉ちゃんと同じく、ボトルはびっしりと汗をかいている。


「ふわぁ~生き返るぅ~」


 ごくごくと喉を鳴らすその横顔を見つめる。

 さっきの子と同じような、ソーダ色のワンピースだ。丈がちょっと短すぎるということで、下に白いハーフパンツを履いている。


「あ、よく見たら、これ、復刻ボトルね」

「何? あ、ほんとだ」


 首を傾げる俺に差し出してきたボトルをよく見ると、確かにいまのデザインとは少々異なる。といっても、昭和時代レベルの昔でもなく、ちょうど俺らが小さい頃に売ってたデザイン、というか。うん、確かに昔はこんな感じだった。信じられないのは、どうやら昔の濃縮タイプのカルピスは瓶に入っていたらしい、ということだ。しかも紙まで巻かれて。瓶はまだわかるとしても、なぜ紙? そんなに高級品だったのか?


 まぁ、そんなことはどうでも良いか。


 ちょっとさびれた神社をちらりと見、昔懐かしいデザインのカルピスを見て、ちょっと感傷に浸っていると――、


「そういえばね、私が小さい時なんだけど」

「うん」

「よく陽とヒーローごっこしてたじゃない」

「ああ、してたしてた」

「でね? 今日はほら、私が置いて行かれちゃったけど、昔は私の方が足速かったからね? 陽のこと置いてっちゃったことがあって」

「うーん、あったかも、だけど……」

「あったの。それでね? 一人でここに着いちゃったの。そしたら……」


 そこで姉ちゃんは、うふふ、と笑って、俺の胸をつん、と突いた。

 

「とっても恰好良いお兄さんに会ったのよ」

「えぇっ!?」


 ちょっと待てよ。

 それってさっきの……?


「さすがにどんな服着てたとかそんなのは覚えてないんだけど、一緒にヒーローごっこもしてくれてね? で、カルピスくれたのよ」

「お、おう……」

「恰好良かったのよね」

「そ、そうなのか……?」


 そんな、まさか。

 だけど、そんな偶然あるか?


「いま思えばね、その人が私の初恋だったなぁ~って」

「は、初恋ぃっ!?」

「そ。まぁ、年上で恰好良く見えただけかもしれないんだけど、でもさ、優しくて、おっきくて、面白くてね。私の中でずーっと残ってるのよ、その人が」


 おい、まじかよ。

 それもう絶対勝ち目ねぇやつじゃんか。

 

 仮にそれがいまの俺なんだとしても、そうじゃないとしても、だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る