第3話 本当のお顔は、ナイショ!
「遊んでくれてありがと、おにいちゃん」
「どういたしまして」
お面の女の子は、小走りで俺に追いつき、ぺこりと頭を下げた。長い髪は汗でしっとりとしている。今日も暑いもんな。
「喉渇いたろ、1本やるよ」
と、コマツの袋の中からカルピスのペットボトルを渡す。俺は後で姉ちゃんから一口もらえば良いし。
「いいの? ありがとう! あ――……、でも、知らない人からものをもらっちゃいけないってママが……」
「別に。俺、知らないやつじゃねぇよ。この辺の子だろ? 俺もこの辺に住んでる。そのうち知り合う予定が前倒しになっただけだ」
「まえだお……? なにそれ?」
「難しかったか、子どもには。うーんと、そうだなぁ、いま一緒に遊んだろ? だから俺はもう友達。な? 良いから、飲んどけ、熱中症でぶっ倒れるぞ」
「ネッチューショー……?」
「ああもう、良いから。飲め飲め。それとも嫌いか、カルピス? アレルギーとか?」
「カルピス、だいすき!!」
「そうだろそうだろ、子どもはみんなカルピスが好きだもんな」
……まぁ、俺も好きだけど。
「座って飲め。ほら、あそこの岩んトコ」
「うん!」
いそいそと岩によじ登り、ちょこん、と腰掛ける。本当はタオルとかハンカチとかでも敷いてやりゃあ良かったんだけど、姉ちゃんでもあるまいし、そんな気の利いたもん持ってるわけがない。
「ねぇ、あかないー」
小さな手で、キャップをぎゅうぎゅうと掴んでいるが、どうやら無理らしい。ていうか、掴んだって開かねぇって。そう思いながら、キャップを捻ってやる。うん、まぁ、幼児にはちょっときついかもしれないな。
「ありがとうー。おにいちゃん、やさしいー」
「まぁな。ていうかさ、飲む時くらいお面外せば?」
「だめ、本当のおかおはナイショなの!」
と、口元だけ少し浮かせて器用に飲み始めた。
そうだ、光の使者シャイニーファイブは一般人に正体がバレるときっついペナルティーがあるんだった。といっても昔の番組だからな、お尻ぺんぺんとか、その程度のやつだったけど。
「そういや俺も昔はヒーローだったんだぞ」
ごくごくと喉を鳴らし、ぷは、と口を放したのを見計らって、そんなことを言うと、お面幼女はたぶん、そのお面の下の瞳も輝かせているだろうと思われるくらいの弾んだ声で「ほんと!?」と言った。
「俺はレッドな。……っじょぉ~ねつのっ、ほのおぉっ! レェェッドシャイニー!!」
まだ身体が覚えている決めポーズと共に、今日イチの声を響かせる。レッドシャイニーはさすが『情熱の炎』と謳うだけあって、ひたすら熱血野郎だったのだ。
「うわぁ! じょうず!! カぁッコイイっ!!」
ピンクが足をばたつかせながらぱちぱちと拍手する。
ふん、俺が本気を出しゃあこんなもんよ。
「ていうか、仲間は? ひとりでシャイニーファイブやってたのか? あと赤と青と黄色と緑がいるだろ」
「ううん、いないの。わたしと、レッドだけ」
「何だ、2人でやってたのか。そんで、レッドはどうした?」
きょろきょろと辺りを見回してみるが、それらしきお面小僧は見当たらない。
「はぐれちゃった」
「はぐれちゃった、って、おい。大丈夫かよ」
「だぁいじょうぶ! わたしとレッドはキセキのキズナでつながっているから!」
小さな手をぎゅっと握りしめて高く上げ、だからきっとー、であえるーるるるー、とピンクは歌い出した。これは『光の使者シャイニーファイブ』のオープニングテーマだ、その後、タイトルをバックに5人が「シャイニーファーイブ!」と叫び、5色の爆発が上がるのである。
まぁ、番組内ではそうなんだろうけどさ。
はぐれたといっても、最初からここで遊ぶつもりなのだとしたら、すぐに現れるだろう。ここは迷うほど広いわけでもないし、道が入り組んでいるわけでもない。きっとそいつはちょっとトロいんだろうな。置いて行かれたんだろ、どうせ。
「レッドはね、レッドなのに、ちょっと泣き虫なのよね」
「それはレッドに向いてねぇなぁ。えっとほらグリーンの方があってるんじゃね? グリーンはいつも泣いてたろ」
癒しの風を操るグリーンシャイニーは、すぐに泣くというスーパー繊細なお坊ちゃんである。ただ、そいつの場合、泣けば泣くほど強くなるというか、癒しの効果しかないはずの風が、すべてを吹き飛ばさんばかりの台風になったりするんだけど。
「だって、グリーンはいやだっていうんだもん。レッドの方がカッコイイし」
「うーん、まぁ、それは確かにな」
男ならやっぱり主役を張りたいものだろう。いや、脇役が好きだってやつもいるんだろうけど、俺は絶対レッドだな。一番恰好良いし、見せ場も多い。リーダーだったし。他の5人ヒーローではレッド以外の色のやつがリーダーだったりもするけど、それでも主役はレッドだから。
「おにいちゃんみたいにカッコよくできないし」
「まぁ俺は……おと……たくさん練習したし」
危うく「大人だし」って言うところだった。俺、大人じゃねぇわ、まだ。
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