第2話 そこに現れた、正義の味方

 梵天通りを少し行ったところにある『梵天仲町神社』は、年末年始に多少活気づく程度の小さな神社だ。苔まみれの石段を上るとすぐに鳥居がひとつある。


 姉ちゃんは何だか上機嫌で、ふんふふんふと適当な鼻歌を歌っている。

 俺の手にはコマツで買ったジュースが2本、姉ちゃんの方には駄菓子がごちゃごちゃと。その、駄菓子の部分が今回の『童心ポイント』なのだろう。神社でお参りをした後、石段の下で食べるのだそうだ。


 何だそりゃ、と思わないでもなかったが。


「ぃよっし、神社まで競争しよう! 昔、よくやったよね?」

「はぁ? 競争? 走んの?」

「当ったり前じゃん!」

「いや、どう考えたって俺の方が速いからな?」

「わかんないじゃん! 昔は私の方が速かったもん!」


 そんなのいつの話だよ、と呆れていると、ひゅん、と姉ちゃんの長い髪が俺の横を通りすぎていった。見れば足元は小洒落たサンダルなんかじゃなくてスニーカーだ。しまった、最初からそのつもりだったか!


 そうなるとサンダルの俺はかなり分が悪い。とはいえ、高校生男子をなめてもらっちゃ困る。言っとくが俺の体育の成績は5だ。体育だけは良いんだ、昔から。


 案の定早くもバテてきたらしい姉ちゃんのスピードが落ちてきたところで、さらりと抜かし、そのまま石段を駆け上がる。馬鹿だなぁ、ここから勝負を仕掛けりゃ良かったのに。


「ぃよっとぉ、ゴール!」


 俺が勉強以外で負けるわけねぇだろ、と思いながら鳥居をくぐる。

 石畳の脇にある大きな岩の上に腰かけて、姉ちゃんの到着を待つことにした。いまごろひいひい言いながら上っているはずだ。ここの石段、傾斜がエグいんだよな。


「しかし、確かにちょっと懐かしい気分になるなぁ」


 昔と変わらない景色がある。あれからもう10年以上経っているはずなのに、全然変わっていない。数メートル先に見える、例の池を埋めたところは、何の目的があるのか知らないが小学校にあるような鳥小屋が置かれている。そこは元々特に日当たりの良いところでもなかったし、その上、『あの池があったところ』というのが、何かものすごく曰くつきで、悪いものでも出てきそうな雰囲気、というか何というか。


 でも人間、怖いもの見たさ、というのはあるもので。


 鳥小屋ということは、鳥でもいるんだろうか、と、ちょっと覗いてみることにした。姉ちゃんがいたら絶対に嫌がるだろうから、チャンスはいましかない。


 

「……何もいねぇじゃん」


 小屋の外から中を覗き込んでも、やっぱり何もいない。鶏はもちろん、ひよこの一匹すらも。そりゃそうだ。いたらもっと騒がしいはずだし。


 と。


 小屋の奥で、何かが光ったような気がした。こんな薄暗いというのに、何が何に反射したのだろう。そう思いながら、その辺りを目を凝らして見つめてみる。


 何か落ちてる。銀色の……何だろう。


 掛け金を外して扉を開け、中に入る。ベタなホラーだとうっかり鍵が閉まって――なんて展開になるので、そうならないよう、扉を足で押さえながら。手をめいっぱい伸ばすと、指先が、それにちょんと触れた。

 つまみ上げてみれば、何てことはない、ヘアピンである。プラスチックのひまわりがついた、銀色のピン。デザイン的に子ども向けだろう。


 まさか、亡くなった子の……?


 場所的にそう思わないでもない。

 けれども、池は埋めたんだから、落ちているわけもない。


 元の場所に戻そうかと悩んでいると。


「なにやってんの?」

「――うわぁっ!? ……っんだよ! ――お、おぉ?」


 ちょいちょい、と腰の辺りをつつかれ、思わずおかしな声が出た。


 驚いた勢いのまま振り向いてみると、そこにいたのは、4、5歳くらいの女の子である。薄い水色に、シャボン玉みたいな水玉模様の裾が広がったシャツと、空色のショートパンツを履いている。今日の姉ちゃんのワンピースみたいな柄だな。いま流行ってんのか?


 で、顔にはお面。

 お面……?


「そのお面、どっかで見たことあるな」


 5人戦隊のヒーローの、ピンクだ。なんつったっけ、かなり昔のやつ。それこそ俺らが小さい時にやってた……。


「やさしさの花! ピンクシャイニー!」


 ビシッと決めポーズを取り、そのお面幼女は声を張り上げた。幼児特有の甲高いやつだ。


「あー、そうそう。『光の使者シャイニーファイブ』だ」

「わたしが来たからには、もうだいじょうぶよ!」

「やったやった。懐かしいなぁ」


 すっかり役になりきっているらしいピンクシャイニーは、芝居がかった口調で俺の手を取り、うんしょ、と言いながら引っ張った。別にそんなことされなくても出られるわけだが、ここはひとつ、それに乗っかってやることにする。


「ふぅ、助かったよ、ピンクシャイニー。ありがとうな」

「うふふ、どういたしまして。さぁ! おにげなさいっ!」

「ありがとう! ……でも、どこに?」


 ていうか、何から逃げたら良いんだ?


 すると、ピンクシャイニーは絶対丸聞こえだろうと思われるひそひそ声で、「あっち、あっち」と言いながら林の方を指差すのである。成る程、わかった。

 

 というわけで、やっぱり最後までしっかり付き合ってやらねばと、俺は再び光の使者に礼をしつつ、林の方へ走った。で、数メートル進んだところでちらり、と振り返る。監督、これでOKか? そんな気持ちを込めて幼女を見れば、彼女の方でもまた「オッケーよ」とでも言わんばかりの顔――はお面で隠れてるんだけど、こくりと頷いた。



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